ジェロントロジー・高齢社会の人間学をテーマにしています     JR列車事故

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         “ 賠償責任 ”

 このブログにも「認知症と拘束」(2014年4月)
のページで記述していますが、最高裁で判決が決定しましたので、
それに関して考え方を述べてみます。

 賠償責任を免れたから、いいとか、監督義務者でなく良かったとか
の問題でなく、私達も含めて多くの問題があると考えます。
 誰の責任ではなく、私達が構成している社会にも大きな責任がある
ように思えてなりません。

 介護保険制度利用時に於ける保証人の問題、受け入れ態勢など。
特別養護老人ホーム等は殆どの施設が、エレベーターは暗証番号、
出入り口は出入自由にできない様になっています

信号


人のイラスト

  
 終の棲家と介護
   今回のJR列車事故の賠償に関する裁判を見て、終の棲家を元気な間に考える必要が
  あります。最後まで自宅で過ごすことを提唱されている先生方にお尋ねします。
  どのような支援者がいれば、自宅を終の棲家にできるのでしょうか。

   今回の事故における介護体制は、妻(85歳要介護1)と長男の嫁(介護の為夫と別居)
  が、91歳の要介護4の夫を介護しています。
  これだけの体制をとり、親の介護に努めている家族は多くはいません。
  それでも徘徊による事故が発生し、監督義務者として賠償責任を問われました。

   現在多くの形態の介護施設ができています。
  介護とはこの世で最も難しく、大変なことだと考えます。最期まで自宅で生活できる人
  がどれだけいることでしょうか。受け入れ態勢を考えるべきと思考します。
   各家庭においてそれぞれの事情があります。お金持ちや多くの支援者に囲まれている
  先生方が、簡単に最後まで自宅が最も良いなどと簡単に話して欲しくありません。
  どうすればいいのかを具体的に話して欲しいものです。
   介護保険適応の施設、有料老人ホーム、サービス付き住宅など今後の自分自身に、
  また、家族に最も適した終の棲家を元気な今こそ考えておきましょう。
 

2.介護に取り組む人ほど賠償責任者
   今回の事故で一番に感じたことは、認知症に病む親など親族を真面目に介護している
  人ほど監督義務者として賠償責任があると受け取れます。
  一審では、妻と長男に監督責任があると言われて、二審では、妻のみに賠償責任がある
  と、裁判官の人達は認知症をどのように理解できてるのでしょうか。
  しかも85歳で要介護1の妻に、不自由な生活を頑張っている長男にまで一審は賠償責任
  がある旨の判決をしています。法律だけでは認知症高齢者は守れません。

   最高裁で、それらが全てないとされましたが、あまり感心した判決文ではありません。
  妻と長男の嫁は、事故を起こした91歳(要介護4認知症)の男性を介護しているのです。
  面倒見ない方が監督責任がないと思われるような判決文には大いに不満です。

   詳しくは判りませんが(写真では)、認知症高齢者が、簡単に線路に降りることが
  できるような写真の記事でしたが、何故このような構造について一言ないのでしょうか。
  踏切でもどのような線路や施設でも認知症高齢者が簡単に踏み込むことができる構造物
  についてもしっかりと指摘してほしいものです。
 

3.認知症と家族
    人間も動物も何時かは一人で生活できない時期がやって来ます。
  それらは急に始まるのではなく、普段から考える必要があります。
  高齢者と子供たち親族などがチームを組んで元気なうちに考えて、
  介護が必要となる前にこころを一致させておくことが大切です。

   介護にはリーダーが必要です。直接介護に携わっていない親族はリーダーを支えること、
  被介護者に安心感を与えるようなムード創り等の役割は沢山あります。
   行政や介護保険に頼る前に親族として多くのことを考えておく必要があります。
  年老いた高齢者を介護すると言うことは多くの人生を学ばせてくれます。親族と行政の
  協力こそが大切ではないでしょうか。
   被介護者が、介護保険を利用しはじめたから家族の役割は終わりでなく、施設で生活を
  始めても在宅で介護保険を利用し始めてもそれからが家族の介護の始まりとなります。
  多くの介護する人達とチームを組んで協力し合いながら、年老いた方々が安心できる環境
  づくりに協力することが大切でしょう。
  
 
4.社会・行政の取り組み
    高齢者施設の絶対的な受け入れ容量の不足は何とか解決しなければ、今回のような
  事故は次々と発生すると考えます。超高齢社会は当然に判っていた筈です。
  急にやってきたのではありません。

   戦後のベビーブームから社会が発展することにより、出生率が低下することは世界的
  に見ても当然のことです。今始まったことではありません。

   現在の福祉は、お金を如何に使わないかとそればかりに頑張っているような気
  がしてなりません。
  すべての国民の義務として必要なお金は福祉に回す必要があります。
  政治的なことはあまり話したくありませんが、
  この国を創り上げてきた高齢者が安心できる国つくりを目指したいものです。

    高齢者施設でも、病院でも利用時には保証人を求められます。
  独居老人はどこに保証人を求めたらいいのでしょうか。

   厚生労働省高齢者支援課がいろいろと言っていますが、
  「正当な理由なく、介護福祉施設サービスの提供を拒んではならない」などなど、
  しかし、これが本当に守られていますか。

   保証人の問題を調べたことがありますが、殆どの業者は保証人を求めます。
  その結果が、不正事件を起こした「日本ライフ協会」のような法人が出て来るのです。
   (この法人を、調査し、採用しなかった経験があります)

   高齢者支援課の言葉「保証人を求めることは問題ないが、いないことを理由に入所
  を断るのは条例違反の可能性がある」(以上神戸新聞より)。
  この言葉で皆様どのように受け取りますか。
  保証人が、いなければ当然に後回しとなるような感じです。

   もう少し高齢者施設の現状を把握して欲しいものです。
  地域の連携と共に介護職員の養成が急務ではなでしょうか。介護施設には、多くの
  地域の住民が協力し、施設を別の世界にしない様に社会の中の住居として、
  多くの人の目と多くの力で、ノーマライゼーションと自己決定の尊重の理念を生かし
  高齢者の安心を構築しましょう。


   施設で働く介護職員の皆様も誇りを持ってください。これからの社会は、介護に従事
  する方々は社会には無くてはならない仕事です。
  もっともっと待遇の改善、環境の改善に国民みんなの仕事として力を尽くそうでは
  ありませんか。

   
高齢社会の問題として、
  裁判で賠償責任がないとか、監督責任がどうのこうのとかの問題ではありません。
  これからの超高齢者社会に於ける課題と考えます。


 (参考)
民法712条 (未成年者の責任能力)
民法713条 精神上の障害により自己の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に
      損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。
      ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときには、
      この限りではない。
民法714条 (責任無能力者の監督義務者等の責任)
      ①前2条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、
      その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、
      その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
      ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなく
      ても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
      ②監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。

                      シニア ライフ アドバイザー 岡島 貞雄


 (参照 2009年8月 後見と保証人                            


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