Material Maniac
ここ数回の長編コラム記事作成で燃え尽きた感がある店主ですが、まだまだギター界の常識について物申したい事があります 今回は素材について。 前回記事でサドルやフレットの素材の違いよりもサドルの弦接点の形状による影響の方がよっぽど分かり易いと書きました 同じようにナットもその素材の違いよりも弦溝の切り方による影響の方がよっぽど分かり易いと私は感じています 時々「ナットぐらいは自分で交換しよう」みたいな事を言う人がいます 素人さんが自分でナットを交換して「牛骨材の音はこうで、象牙材の音はこう」みたいな事を言っている人もいますね それ、ちゃんと弦溝切れてます? 素材の違いを評価するにはまずナットの弦溝切りを毎回正確に全く同じに切る技術が必要です そうでないと弦溝の切り方の影響で出音は変わっていまいますから。 これは非常に難しく、ギターの製造、修理合わせて30年やってきた私にとってもナットの弦溝切りは最も難しい部類の作業です 弦の太さに対する弦溝の太さ ナット進入角に対する弦溝の角度 フレットに対する弦溝の深さ これらは微妙な違いで弦本来の振動を得られなくなってしまいますし、その適正な数値はあまりにも微妙で数値化することは困難です 例えば「ネック折れの修理の仕方を教えてくれ」と言われればメールでも説明する事ができます(ホントは無責任に修理方法を教えたりはしませんが)、しかしナットの弦溝切りは文章や言葉では表現出来ません 実際に作業をしながら説明したとしても勘と感覚でやる作業ですので失敗を繰り返し経験を重ねないと身に付かないものなんです ナットの弦溝切り用のヤスリが一般に向けても販売されていますが、私はそれを使いません 試した事はあるのですがどれも弦の太さとマッチしなかったからです ナットの弦溝は弦の太さに対して少しでも広いと弦溝の中で弦が暴れてしまいダルな音になってしまいますし、逆に弦溝が狭いと詰まったような音になってしまいますしチューニングの狂いの原因にもなってしまいますから非常に微妙なんです 私は普通に工具として売られている目立てヤスリ、刀ヤスリ、丸ヤスリをそれぞれ数種類使って弦溝を切っています 丸ヤスリは先に行くほど細くなっていますので無段階で適正な溝幅に合わせられますし、目立てヤスリや刀ヤスリもヤスリ面の場所により微妙に厚みが変わりますので、それを利用して溝幅を合わせています そう云った微妙な作業をいつも全く同じに出来て始めて素材に対する評価が出来るのですが、私はこの仕事をして30年以上になりますが、その間平均して1日1本以上のナット弦溝切りして来て それが出来ているつもりの私でもナット素材による音の違いは感じません と言うかです、フレット上の音と違和感無い様にナット溝切りをするのが本来の私達の仕事だと思うんです 素材によって音が違ったらその時点でアウトなんじゃないでしょうか? ですので少なくとも私はセオリー通りの溝切りをした後に、極力フレット上の音と違和感が無くなる様に最終調整します 音は画像で表せませんので仕上がりの画だけでも… 硬いブラス素材に対してデルリンなど比較的柔らかい素材では音響的特性は違って当然ですが、それが明らかに分かるようでは調整が仕切れていないと言う事になるのではないでしょうか? 例えばあなたが修理店にナット交換を依頼してフレット上の音と開放弦の音が明らかに違って仕上がって来た時、嫌だと思いませんか? それをリペアマンに問いただした時に「ニッケル素材のフレットと牛骨素材のナットでは音が違って当たり前です」と答えられたら納得出来ますか? PGM在籍時の事ですが、当時はムーンブランドの製造を主に行なっておりましたが「ナットとフレットの素材が違うのでその音の差が気になる」と云うクレームが増えた時期がありました PGMでは当然それ以前からフレット上の音と開放弦の音に極力差が出ないようにナット弦溝切りをしていましたし、クレームで帰ってきたギターを弾いてみても問題になるほどの音の差は社員全員感じませんでした 当時は素材ブームみたいな流行があり、それこそ牛骨の音はこうでブラスの音はこう見たいな事が頻繁に雑誌の記事になっていた時期でしたのでその影響があったのでしょう そこで「ええぇい!面倒くさい!」とニッケル素材でナット材を作るようになりました これは説得力があったようでそれ以来その様なクレームはピタっと無くなりました 乳井さんが43×6×3.5(ミリ)の小さなニッケルナット素材を1斗缶いっぱいにして持って帰ってきた時は「これヒットするかも?」と思いましたが、その数年後にヴィンテージブームが始まりルックス的にヴィンテージっぽいオイル牛骨が流行り始めるとニッケルナット材は次第に受け入れられなくなってきます が、どう云う事でしょう ヴィンテージブームになってオイル牛骨仕様が増えたのにフレットとナットの素材違いが原因の音の違和感ってヤツはほとんど言われなくなりました 最近ニッケルナットの問い合わせがありPGMに問い合わせてみたところ「山ほど残ってるよ!」と。 乳井さんが1斗缶で持って帰ってきた時からもう四半世紀は来ると思いますがまだ山ほど余ってるそうです ニッケル素材でナットを作らないと納得しなかった人たちは一体どこへ行ってしまったんでしょう? きっとギター弾くの止めちゃったんでしょうねぇ ではナット素材は何でも同じかと言いますと、そうではありません それぞれに耐久性や弦の滑りやすさなど特徴があります 特に弦の滑りやすさはチューニングのしやすさや狂いを少なくする要素ですので重要です 個人的な印象を上げますと…
当然当店では象牙は取り扱っておりません カーボンと言われる素材はカーボンの粉を固めた物やカーボン繊維を織って重ねたものを加熱した物など色んな物がありますがギターのナット用として販売されているものは大体上に書いたような特徴になります 次にギターを作る素材として最も注目される木材についてですが、これも「アルダーの音はこうでアッシュの音はこう」と当たり前に語られますが、大きく括ってはまぁ私もあると思います ただ、必ず定説通りであるとは思いません これは前職場でミュージックマンスティングレイのジャパンバージョンを組み込んでいた時に実感した事ですが、オーダー物が多かったPGM時代と比べると毎日毎日全く同じ仕様のベースばかり組み上げていると、全く同じ仕様でも一本一本音が違う事に気が付き出します 当時は製造スケジュールに従い毎日約6本を組み上げ、当日の製造は工程がシンプルに済むようにボディ・ネック素材仕様、ブリッジ仕様を6本共揃えて製造していました 過去記事「弦の剛性とサドル進入角」で書いたようにサドル進入角の違いで音が変わる事は試作製作時にすでに経験済みでしたので規定弦高にした時にサドルの高さに個体差が出ないようにネックのジョイント部分の厚みのわずかな寸法誤差をボディ側のジョイントポケットの深さを1本1本変えることで調整していたのですが、そこまでしていても音に関してはどうしても個体差が出てしまいました もちろん大きく括るとスティングレイの音ではある事は間違い無いのですが、細かなニュアンスにはどうしても個体差が出てしまいます やはり木材は天然素材ですので、その比重や密度には個体差があります 同じアルダーでも成長する環境が違えば成長の仕方に差が出ますし、同じ1本の木でも根元と先端では密度が変わります そう云った違いを受けて個体差が出るのです ソリッドボディでも感じる事ができる木材の個体差ですからアコースティックギターなど箱構造のギターの場合はより明らかな違いとして聴く事ができます ですので楽器は実際に手にとって弾いてから買わないといけません あまり音にこだわらない人であれば通販で購入するのもまぁ良いかも知れませんが 「友達のマーチンD-28が良い音してたから同じヤツを通販で買う」 なんて、音目当ての購入を通販でしたりしちゃ絶対ダメです! 運が良ければ想像通りか想像以上の満足が得られるかもしれませんが運が悪ければ最悪な買い物になりかねません 日本は優れた工業製品を高精度で製造する技術があり、国民一般として工業製品とは高精度で当たり前で個体差なんて第三国製の3流品以外無いでしょ?みたいな感覚があるような気がするのですが、ギターはどんなに高精度に製造しても木と云う超アナログな素材を使っている限りは音に関しては木材の個体差の影響を必ず受けてしまいます ですので私は素材にいくらコダワったところでそれをそのまま音に反映する事は難しいと思っています 例えばハカランダ材なんて希少木材はステータス的な満足は間違い無く得ることが出来ると思いますが、音に関しては必ずしも満足行く物と成るかは保障されないと思います ただ、人間の感覚は気持ちに大きく影響されますのでステータス的な満足を得ることでそれ相応の音に聴こえる事も大いにあるとは思いますが… もし、あなたが音に関して並々ならぬこだわりがあるのなら、ブランドやスペックにコダワらずとにかく片っ端からいろんな物を弾いてみて欲しいと思います 楽器店には嫌がられるかも知れませんし、お住まいの地域によっては不可能に近い事かも知れませんが、弾きもしないで楽器を購入する時点で「あなたのそのこだわりって一体何なの?」と私は思うんですよねぇ |