拙宅のプリアンプとパワーアンプはGOLDMUNDの√SR
シリーズで、上質な部材と凝った筐体構造の採用をやめて倹約につとめた、同社としては例外的に廉価な製品群でした。
前面パネル以外は板金加工で、幅30㎝に奥行き20㎝とコンパクト。
このサイズにしては鉄板が2㎜と厚めなので剛性があり、そのため、機器の置き方や支え方、底板が受ける音圧を調節したときの反応が素直で、見かけによらずよい筐体でした。
これを使う以前から、音を調整するとき、筐体の各部を叩いてメカニズムの落ち着き具合を探る習慣が私にはありました。
人指し指を曲げて関節で軽く小突き、コンコンと響く音の濁り具合と減衰の速度から、機械的に弱くて振動しやすい箇所を推定するのです。
√SR
シリーズは振動モードがシンプルだから、施す調整の再現性も良好。法則性を見つけたのは、そのおかげだと思います。気がついたら、メーカーや機種を問わず、音楽の表情をどの方向にどれくらい変えたのか判るようになっていました。
別の言い方をすれば、スピーカーを鳴らさなくても、コンコンするだけで、ある程度の音作りができるようになったのです。
コンコンしながらココだと感じたら、リファレンスにしているドリス・デイのCDをかけて確認し、誤差があれば再び天板を叩いて修正します。
このときの私は、器械と会話している感じ。
「この曲は、優しさのうしろに芯の強さが欲しいな」
「ちょっとボーカルが若くなっちゃいましたね~」
「シットリした雰囲気を足せば補正できるんじゃないかな」
「こんなトコですかね~」
といった具合。
金属のケースを叩いてオーディオの何がわかるんだと言われればその通りで、常識的には胡散臭い話しではありますが、私はそこから相関を感じ取っていました。
叩いた音の音程と音色は、電源トランスの取付位置による質量の偏りと符合します。
あべこべに、電源トランスの取付位置がわかれば、予測した本来あるべき響きと比較できるわけで、ヘンだと思ったら底板を支えるポイントが拙かったりするのです。
初めて手掛ける機種では、底面に突き出たネジの先端から内部の部品配置を推測したり、雑誌の写真で確認しておくと、カバーを外して実際に見る手間が省けました。
慣れてくると、機器各部の振動分布イメージが、FEM(Finite Element Method:有限要素法)解析のグラフィックばりに思い浮かぶようになりました。
また、実際に影響するかどうか最初はわからなかったけれど、基板の固定部を通して、その付近の振動が回路基板に伝わる様子を分布イメージに加わえたら、調整の精度がよくなりました。
電子部品は構造と製法によっては、振動の影響が心配な品種があります。
何かしら関係しているのでしょう。
基本は、直線状に一定間隔で響き方の違いを聞いて、これを平行移動して繰りかえし、ラスタースキャンするように、相対的な濃淡を頭の中でマップにする方法と、天板の四隅を叩いてざっくりと類型を把握してから細かくみていく方法のふた通りがあります。
何を調べたいかによって、適宜使い分けます。
叩けば振動分布がすぐ脳裏に浮かぶので、手順を意識したことはありませんが、筐体全体の振幅と振動数を俯瞰して、固有振動と分割振動を抑えるのが第1段階といったところ。
偏在をそこそこ平したら、回路基板も一緒に考えるようにして、電子部品にとって有害な振動を減らすのが第2段階。
第3段階は、振動成分の一部を逆に音作りに利用して、いつもの自分の音に仕上げます。
他の人から調整を頼まれた場合は、このあと、持ち主に確認しながら手直しするのですね。
私が体得したワザは、鉄道車両や橋梁の非破壊検査で、ハンマーを使って異常の有無を診断する打音検査の技能と同種かもしれません。
そうだとすれば胡散臭くはないし、ちょっと珍しい特技ということになるでしょう。
ただし、回路基板の振動が音質に関係するという部分は仮説で、いわばファンタジー。
あるとき、会社で後輩が磁界の変化を測定する装置の試作で難儀していました。
モーターによる機械振動のせいでノイズフロアが下がらず、SN比が目標の仕様に届かないと言います。
振動と言っても軽度で、指先にはほとんど感じられません。
オーディオでの技が役に立つかもしれないと、軽い気持ちで手を貸すことにしました。
アナログ増幅とデジタル信号処理の、電子部品の選択とレイアウトを採点しながら、むき出しの回路基板のあちこちを指先でトントンとつついて、振動面での弱点を探します。
基板の指定した位置に固定を追加するよう助言したら、2dB(約1.26倍)性能が向上しました。
呆気なく結果が出たので、私の方がびっくり。
バラックの試作機とはいえ、そこにあるのは曲がりなりにも測定機です。
物理量の検知性能に偽りはありません。
感覚的な判断を定量的な数値に対応づける、これは千載一遇のチャンスでありましょう。
その日は、後輩を指導しながら、合間をみて、かねてからの仮説を検証したのは言うまでもありません。
かくして、回路基板に関する私の予想を裏付ける傾向を確認し、ファンタジーではないことが証明できた、記念すべき1日となったのでありました。
|