暗闇の中の存在感 / 2019.07.05


Wattgate(Au)  デリケートな信号を扱う装置に、シールドは欠かせません。 導電体で回路を覆って、電磁波ノイズを遮断するのがシールド。 電位の安定したアースに接続することで、導電体にシールド作用が生まれます。
 一般的にアースといえば、3穴コンセントの接地極を思い出しますね。 装置の電源コードが3極プラグなら、誰だって迷わず挿すでしょう。 ところが、特別に指定しない限り、そのアースは保安接地という分類で、漏電による感電事故の防止を目的としたものです。
 保安接地は、装置自らが出す電磁波ノイズを遮蔽して周囲に迷惑をかけないEMI(Electro Magnetic Interference:電磁妨害)のシールドとしては十分なのですが、外部からの電磁波ノイズを遮蔽して自分を守るEMS(Electro Magnetic Susceptibility:電磁感受性)のシールドにはあまり向いていません。
 イマイチな理由は、たいてい系統接地という方法で施工しているから。 安全ブレーカーの回路ごとに接地用の電線を引いていても、分電盤の集線点で集約して、アース棒には1本の接地線でつなぐのです。 この方法だと、コンセントの接地極の電位は、大地ではなく集線点と同じになってしまうのですね。
 集線点の電位は、接地線に流れるノイズ電流に比例して大地電位から浮いてしまうため、その変動はノイズと相似形で、いわばノイズ源がそこにあるようなもの。 系統接地をノイズの下水道といったら言い過ぎですが、あながち間違ってもいません。 ここに装置のアースを接続したら、ノイズを招き入れる可能性が排除できないのですね。

MIMESIS 36A+ Earth Terminal  では、EMSシールドに適したアースは、どうやって調達すればいいのでしょうか。 いさぎよく、専用の接地工事を施工して、装置とアース棒を接地線で直結するしかありません。 このような、目的を限定した接地を機能接地と言います。
 装置が複数の機器から構成されたシステムで、互いの信号グランドが導通状態にある場合は、各機器から接地線を延ばして、アース棒に一括接続します。
 この処置によって、すべての筐体が大地電位で安定するので、筐体間の電位差が信号を歪ませる現象もなくなります。 EMSシールドが信号を傷つけないよう外来のイズから守っても、系統接地が原因で信号が変質したら元も子もないので、これはとても大切なことです。

 ちなみに、大地電位で筐体の接地が盤石になると、信号グランドがノイズっぽく揺らぐことがあります。 これは、信号回路の電位がフローティングのとき、周囲の電位状態が容量結合で伝わったもの。 エネルギーは小さいので、信号グランドを適度なインピーダンスで筐体に短絡すれば、実質的に消すことができます。
 複数の機器を有線ケーブルでつないだシステムでは、信号網の中心に相当する機器に、この短絡素子を実装します。 現地の環境に合わせて設定するものなので、短絡と開放が容易に切り替えられるよう設計しておくべきですね。

Pole Transformer  ここまでの理屈は、オーディオでも同じ。 ところが、オーディオの場合は、機能も国籍もさまざまなコンポーネントを組み合わせるので、接地の思想が異なり、相性が問題になります。
 欧米と日本の配電方式が違うからです。 接地方法が正統的な欧米に対して、日本の配電と接地にはクセがあります。 しかも、接地できない環境の家屋で使用されることを考慮して、国内メーカーは製品を開発しています。
 そんな、二重の不利を背負った国産機を接地するとき、注意したい事柄があります。 輸入オーディオをクセのある日本の電源で使うと、何かしらの問題が生じる場合もあるでしょう。 組合せの自由度がコンポーネントの魅力ですが、国内製品と海外製品を組み合わせると、状況の複雑度は増します。

 欧米の単相3線式は、電力を送るための活線2本に中性線1本を加えた構成となっています。 変圧器の低圧側巻線の真ん中から取り出した中性線は大地に接地してあり、負荷電流を流さず、保護接地を兼ねます。 活線2本は、中性線をはさんだ逆相の平衡線路になり、電源回路の形式違いによる電位シフトは起きにくく、接地なしで機器を接続しても、筐体間の電位差が問題になることは少ないでしょう。
 日本も単相3線式ですが、ちょっとトリッキーな方式で、活線2本だけでなく中性線を加えた3本で電力伝送しています。 活線間の200Vとは別に、中性線を使えば100Vも取り出せるので、何となく得したように思うかもしれませんが、中性線には電流が流れるので、接地してあっても保護接地には利用できません。 そこで、受電する家屋の所有者が自らの敷地に接地工事をして、自前の保護接地を用意することになっています。

 日本の単相3線式が、欧米と較べて劣っているのは、100Vの片側が0Vの中性線だからなのですね。
 具体的には、筐体を接地していないと、電源の1次側回路に依存した対地電位が筐体に現れます。 厄介なのは、その対地電位が、機器が異なれば同じとは限らないことでしょう。 機器間に生じる電位差は、言うまでもなく好ましくありません。 全ての機器を接地すればほぼゼロになりますが、接地先が保安接地なら、集線点を経由したノイズ電流が、僅かながら機器から機器へと流れる可能性があります。
 また、接地していないと、筐体と信号グランドの相対電位が不安定となり、前述の短絡素子などで抑える必要があります。 注意したいのは、この対策は、1箇所に施すから電流を流すことなく電位の共通化ができるのであって、システム内の何台もが同じ処置をしていたら巡回電流が流れて、ささやかな弊害が出る可能性があります。
 ところが、接地なしでの動作を織り込み済みの国内メーカーの製品なら、短絡素子をおそらく実装しているでしょう。 ということは、トラブルが起きないよう、短絡素子には直流阻止のキャパシタを直列に入れるべきでは……。

 次々とわいてくる疑問を断つには、コンポーネントの蓋を開けて、実際にどんな回路になっているのかを調べるのが一番。 知識と経験と、メーカー保証を失ってもいい覚悟がないと、手がつけられません。
 でも、面倒なことは避けたいのが人情。 とりあえず接地して、好ましければそこで満足するのが普通ですね。

Ground separation  そんなことを思い巡らしたのは、久し振りの電気工事で、接地の重要性を再認識したから。
 オーディオでは、アース棒を中心に、機器と接地線を1対1でつなぐスター型結線にするのが原則。 ところが、お恥ずかしいことに、設備上の都合とはいえ、MIMESIS 10C+とMIMESIS SR-Preは、接地線1本を共用して誤魔化していたのですね。
 たまたま、部屋の反対側に使わなくなった接地線が余ったので、移設することにしました。 作業は、医療用コンセントを1個追加して、そこに接地線をつなぎ、L2相の100Vを渡り配線しただけ。 給電の順序はかわらず、安全ブレーカーに近い方から、MIMESIS 10C+、MIMESIS SR-Pre、MIMESIS 36A+でした。

 電気工事によってできた音の変化を、機器の設置状態を調整して自分の音に戻すと、差し引きで残ったのは、消え入るくらい小さな音になると曖昧になっていた音像がしっかりしたこと。 それは、耳が音を追いかける箇所だったから判りやすいだけ。 よく聴くと、音量とは関係なく、演奏全体で陰影のコントラストが微増して、その分造形が繊細になっていました。 指先で線香の灰を摘まむと柔らかいように、音のキメが細かくなって、情景がなめらかで自然に感じられます。

 ステレオを聴いて音像が見えるとき、風景に見合った照明の明るさを印象するとしたら、今回の変化は、暗闇の中でも存在を感じるようなもので、喩えるなら質量の気配でしょう。 より理想に近付いた個別接地によって、そんな気配が音像に加わりました。
 拙宅のオーディオは、すべての機器の筐体を接地して使っても問題が起きないよう改造してあります。 日本向けの製品を、本国仕様に戻してあるだけなのですが。 だから接地条件に敏感で、少しの違いも音に現れるのかもしれません。 そうだとしたら、オーディオ機器にツケを回している日本の配電方式が余計に残念で、恨めしく思われます。




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