デリケートな信号を扱う装置では、シールドが重要です。回路を覆う導電体で電磁ノイズを遮り、信号の純度を保ちます。
安定した電位のアースに導電体を接続すると、シールド効果が確実になります。
一般家屋では、3Pコンセントの接地極がアースです。 電気製品の電源プラグが3P型なら、迷わずそのまま挿すと思います。
細かいことを言うと、3Pコンセントの接地極は、特別に指定しない限り保安接地という種類の接地で、漏電による感電事故の防止を目的としたものです。
保安接地は、電気製品が出す電磁ノイズを遮蔽して、周囲に迷惑をかけないようにするEMI(Electro Magnetic Interference:電磁妨害)対策での、シールド接地先としては有効です。
でも、外部から飛び込んでくるノイズを遮蔽して、信号を損傷から守るEMS(Electro Magnetic Susceptibility:電磁感受性)対策にはベストではありません。
保安接地がイマイチな理由は、系統接地という施工形式にあります。
ブレーカーの回路ごとに配線された接地線は、分電盤の中で一箇所にまとめられています。
この集線点を、1本の接地線でアース棒につないでいるのですね。
電位に注目すると、コンセントの接地極は、大地ではなく集線点と同じになります。
集線点からアース棒に電流が流れなければ不都合は起きないのですが、実際は、冷蔵庫などから出ているノイズ電流の総和が流れます。
エアコンやパソコンの電源スイッチを入れると、これも加わります。
ノイズ電流は、電圧降下によって集線点と大地の間に電位差を生みます。
電位差はノイズ電流に比例して変化するので、集線点にノイズ源があるのと、現象的には変わりません。
つまり、家屋内の電気製品から出るノイズの影響を受けるわけです。
従って保安接地は、ノイズ対策用のアースとしてはあまり望ましくないのですね。
EMSシールドに適したアースを得るには、独立した専用のアース棒を埋設します。
シールドしたい対象が複数の機器で構成されたシステムなら、各機器の接地線を延ばして、専用のアース棒に一点接地します。
これを機能接地と言います。
機能接地では、システムの機器すべてを大地電位に固定できるので、機器間の電位差り変動で信号が歪む現象が起きません。
精密な測定設備などでは必ず採用されています。
施主が建築前に指定すれば、難しい電気工事ではないので請けてもらえます。
ちなみに、機能接地でアースが盤石になると、電気的にフローティングしている信号回路に、周囲の電位状態が容量結合で伝わる余地が残っていると、信号がノイズっぽく揺らぐことがあります。
このエネルギーは小さいので、信号グランドを適切なインピーダンスで筐体、つまりアースに短絡すれば解消します。
複数の機器がつながるシステムでは、信号の中心に相当する機器で、この短絡処理を行います。
オーディオでも以上の理屈は共通しています。
ただし、オーディオでは事情が複雑です。
異なるメーカーの機器を組み合わせることはよくあるし、海外製品が混じることもあるからです。
国内メーカーだからといって、接地に関する設計ポリシーが同じとは限らないので厄介です。
海外製品は、電圧の違いだけではなく、配電方式が日本のそれとは異なるので、メーカーが設計の前提としている接地条件で使用できません。
従って、組合せによっては相性の良し悪しが出る場合があるのですね。
欧米と日本の配電方式を較べると、接地方法が正統的な欧米に対して、日本の配電と接地にはクセがあります。
国産メーカーによっては、日本で問題が起きないよう、接地極のない2極の電源プラグを採用していることがあります。
2極プラグに極性指定のマークが付いているのは、日本の配電方式の弊害を小さくする工夫を内蔵しているからです。
少し説明すると、欧米の単相3線式は、電力を送るための活線2本に中性線1本を加えた構成となっています。
変圧器の低圧側巻線の真ん中から取り出した中性線は大地に接地してあって、負荷電流は流れず、保護接地を兼ねています。
活線2本は、中性線をはさんだ逆相の平衡線路になるので、機器内の電源回路の形式違いによる電位シフトは起きにくく、接地なしで機器を接続しても、筐体間の電位差が問題になるケースは少ないでしょう。
日本も単相3線式ですが、ちょっとトリッキーな方式です。
活線2本だけでなく中性線を加えた、3本で電力伝送しているのですね。
どういうことかというと、活線間の200Vとは別に、中性線を使って100Vも取り出せる、欲張りな方式なのです。
2種類の電圧が使えるので、何となく得したように感じるかもしれませんが、中性線には電流が流れているので、柱上変圧器で接地してあっても、保護接地には利用できません。
だから日本では、受電側が自らの敷地に接地工事をして、保護接地を自前で用意することになっています。
日本の単相3線式に問題があるのは、100Vの片側の0Vに中性線を使っているからです。
筐体を接地していないと、機器の電源回路によっては、大地との間に電位差が現れます。
この電位差は、製品が異なれば同じとは限りません。
機器間に電位差が存在するのは、言うまでもなく好ましいことではありません。
全ての機器を接地すれば良いのですが、接地先が保安接地なら、集線点のノイズを拾ってしまうリスクを背負い込みます。
有名どころの国内メーカーの製品なら、接地なしでの動作を織り込み済みで、前述の短絡素子などの対策を実装しているでしょう。
でも、各社の対策はそれぞれなので、相性の心配は要らないと言い切ることはできないと思います。
そんなことに想いを巡らしていたのは、久し振りの電気工事で、接地の重要性を再認識したからでした。
オーディオでは、アース棒を中心にして、機器の接地線をスター型結線にするのがセオリーです 。
ところが、恥ずかしいことに、設備上の都合とはいえ、MIMESIS 10C+とMIMESIS SR-Preの接地線を1本で共用していたのですね。
今回、設備の変更に伴って、分離しました。
電気工事で生じた音の変化を、機器の調整で手早くいつもの自分の音に戻すと、消え入るくらい小さな音になると曖昧になっていた音像がしっかりしているのが判ります。
それは、耳が音を追いかける箇所だったので判りやすかったのです。
よく聴くと、音量が小さくなっても、演奏全体の陰影が深まり、線香の灰を摘まんだときのしっとりした柔らかいきめ細かさを連想しました。
ステレオを聴いて音像が浮かぶとき、演奏の情景に見合う明るさを感じますが、今回の変化は、暗闇の中で存在を感じるような、質量の気配に喩えるのが近いです。
個別接地により理想に近付いて、そんな気配が加わったのだと思います。
拙宅のオーディオ用電源は機能接地です。これを前提に、日本向けのGoldmundに施されていた、配電方式によるトラブルを予防する対策部品を外して、本国仕様に戻してもらっています。
だから接地の状態に敏感で、少しの違いが音に現れるのかもしれません。
そうだとしたら、オーディオ機器にツケを回している日本の配電方式が余計に残念に思われるのですね。
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