CDトランスポートのMIMESIS 36A+は、3つのボタンを同時に押すとスタンバイ状態が解除されて、CDリッドが開きます。
わくわくする瞬間です。
ところが、ときどきここで固まってしまい、一切の操作ができなくなることがありました。
正面のメイン表示部はLEDの全セグメントが点いて異常を知らせ、操作部の小窓にはE2の文字が。
E2はインターフェースに関係したエラーを意味すると安田さんに教えてもらいましたが、GOLDMUNDでも原因が分からないので詳細は不明だとか。
従って、背面の電源スイッチを切り、キャパシタが放電するのを待って再投入する、素人っぽい方法に頼らざるをえません。
運良く正常に復帰しても、原因を取り除いたわけではないので不安が残ります。
もしインターフェース素子の不具合で、ICのラッチアップだったら、ダメージが蓄積して、いずれ回復しない故障に至ることも考えられます。
案の定、1箇月程度だったトラブル発生間隔が徐々に短くなって、1週間に縮まった翌日、電源リセットを何度試みても回復しない状態に陥りました。
安田さんに修理をお願いするにしても、症状が再現しない場合に備えて、診断の材料となる情報を記録しておかなければなりません。
それよりも、開いたままのCDリッドを閉じないと梱包ができません。
かくして、自分で分かる範囲で調べなければならない状況に追い込まれてしまったのです。
操作ボタンを組み込んだアクリルパネルを外すと、裏側にプリント基板が固定されています。
初めて見る基板は、外部ROM仕様の1チップマイコン80C552(PHILIPS製の汎用MCU;Micro Control Unit)と周辺デバイス一式、そこにLEDドライバーのMC14489を加えた回路構成で、あとは他の基板と信号をやり取りする配線がMCUのI/Oポートにつながる、簡単なものでした。
回路構成から、E2表示はMCUがMC14489にセットしていると判ります。
トラブル時にE2表示がキチンと出るのは、マイコンが正常に動いているからで、つまり、リセット信号とバスライン周りのICには問題がありません。
これで、調べる範囲はI/O信号の経路だけに絞られました。
次に、他の基板とのハーネス処理を目視で追って、原因はMCU基板に生じたフレッティング腐食のようだと推定。
フレッティング腐食というのは、コネクターやICソケットが振動を受け続けると、電極に微摺動摩擦が起きて金属微粒子が発生し、これが酸化して、形成された酸化皮膜が導通を阻害する現象です。
私が依頼した前回の修理で、安田オーディオラボとの間を往復した宅配便のトラック輸送が災いしているような気がします。
初めてMIMESIS 36A+にE2エラーが起きたのは、その修理から半年過ぎた頃でした。
そのときの症状は、CDリッドが開かず、30秒間だんまりしたあと、E2エラーが表示されました。
トラブルの頻度は3箇月に1回程度だったので、この頃はまだ軽症だったことになります。
冒頭に述べた症状は、E2エラーを調べてもらうための、2回目の修理に出したあとのもので、やはりほぼ半年後に始まりました。
こんな書き方をすると、トラック輸送すると半年後に必ずトラブルが起きる、と言っているようですが、宅配便で輸送したあとはトラブルが半年間消えていた、と読み解くこともできるわけです。
おそらく、トラブルが半年間なかったのは、輸送中の振動で接点が擦れて酸化皮膜が壊れ、一時的に導通が復活して正常に戻っていたのだと思います。
その後、金属微粒子の酸化は緩慢にだけれど着実に進んで、接触不良が再発したのでしょう。
1回目と2回目で症状が異なるのは、接触不良の接点が幾つかあって、振動を受けると金属微粒子の噛み方が変化するので、障害が現れる信号ピンが一定しないと考えれば説明がつきます。
以上が視診とすれば、ここからは触診です。
MCU基板のコネクターは、40極のフラットケーブルを受けるAmphenole製のボックスタイプが1つだけ。
ヘッダーにラッチはないし挿抜も軽いので頼りない感じでしたが、接触品質に問題はないようで、コネクターを装着しなおしてもE2エラーは解消しません。
PLCCパッケージのMCUは、3M製の68極ソケットにはめ込まれています。
正方形の各辺に17極ずつあるピンは、ソケット内壁に並んだ、リン青銅に錫メッキしたバネ性の接触子に押しつけられていますが、平面電極同士の接触なので、ソケットが高品質でも微摺動摩擦は免れないでしょう。
ここに酸化皮膜が本当にあれば、滑り方向の力を加えることで破れるだろうと推測して、バネの可動量に期待してMCUの真ん中を指でグイと押しました。
そして電源を入れると、MIMESIS 36A+は何事もなかったかのように動作したのです。
他の部品を調べるのは中止してアクリルパネルを静かに戻し、しばらくトラブルが再発しないことを見極めた上で、トラブルの原因はMCUとソケットの接点に発生したフレッティング腐食と結論しました。
ただ、このままでは早晩トラブルが再発するので、酸化皮膜を除去したあと、予防処置として導通改善と酸化防止の処理も施しました。
酸化が重症だったのは、輝きを失ったMCUの錫メッキのピンと、白く曇ったPROM(Programmable - Read Only Memory)の半田メッキのピンでしたが、その他のソケットとコネクターの接点も同様の手入れをしました。
接点の手入れが終わったMIMESIS 36A+は、どこかしらフレッシュになった印象です。
実際、ときどき逡巡していたCDリッドが、3つのボタンを押してスタンバイを解除すると、直ぐに開くようになりました。
センサー信号が安定して、異常値を読み込むことがなくなり、リトライ処理が要らなくなったのかもしれません。
音質面でも好ましい作用が認められて、情報には浸透するような深みが増し、低域では解像度が向上しています。
電源を供給するフラットケーブルのコネクターや、マイコン系を中心に10個もあるソケットの導電性が改善して、12MHzのバスライン動作に伴うMCU基板のノイズが少なくなった影響だと思います。
ちなみに、同じPLCCパッケージのピンを使っていながら、マイコン機能が健在なのに、I/Oポートが接触不良になった理由は、80C552が消費電流の小さなC-MOSプロセスの半導体で、ただでさえ入力端子に流れ込む電流が微弱なのに、例えばCDリッドの開閉センサーのように変化回数が少ない信号ピンでは、大きな過渡電流が頻繁に流れることがなく、酸化皮膜の成長を阻止することができないためです。
I/Oポートの出力端子の場合は、回路がオープンドレインなので、信号がアクティブでないと電流がほとんど流れず、同じ理屈で接触不良が起きやすいのですね。
これを回避する方法は、MCUを直接半田付けする以外にないのですが、少量生産の民生機で、検査治具を簡便に済ませたい事情からソケットを採用した事情があるのでしょう。
でも、販売店で貸出を繰り返した試聴用の個体が売却された場合は、相応の輸送歴を持つことになるはずで、保証期間内でもE2エラーが出る可能性があるのが気になります。
蛇足ですが、GOLDMUNDでE2エラーの原因が掴めなかったのは、運送業者が届けたMIMESIS 36は、輸送時の加振によって一時的に導通不良が治まっていたからでしょう。
報告書の結果欄には、「再現せず。外来ノイズによる偶発的な入力信号の読み取りミス」、みたいな所感が記入されたのではないでしょうか。
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