ドリス・デイで調整 / 2019.03.02


Doris Day - Two on One  ここ20年、私がステレオの調整に使っているCDは、ドリス・デイのLatin For Lovers/Love Him。
 Sony Music Entertainment (UK) Ltd.が出している、Two on Oneと言う、COLUMBIA時代のオリジナルアルバム2枚を収めたお買い得盤シリーズのひとつで、私の場合は、これだけで音を仕上げることができる特別な1枚です。
 古い録音なので帯域は広くないけれど、リマスターリングが抜群で音が良く、素直な録音はバランスが掴みやすいし、今どきの音楽と違ってとにかく歌が上手いので、伝わってくる感情を手掛かりに調整を精密に追い込めるのです。 2曲目で音の性格をあらかた整えてから、6曲目で表情の明暗の偏りを調べ、10曲目で音色に誇張が残っていないか最終確認するといったところ。 もちろん音楽は聴いていますが、自分が思い描く人柄がボーカルに顕れるよう整えるのが肝心で、そんな聴き手の内面に関わる判断ができるのは、愛聴盤だからこそ。

 ところが、盤面をよく見ると細かい傷が沢山付いているではありませんか。 大切にしていたつもりなのに取り扱いが拙かったかもしれないと反省しつつ、万が一に備えてスペアを確保しようと新品を入手したら、2014年に製造されたディスクでした。
 懸念した通り、私が持っているCDとは音が異なり音質が硬めで、これで調整すると、言わばバイアスがずれて他のCDが思ったように鳴りません。 アルミメッキ層の文字やバーコードの配置が変わっているので、きっとスタンパーを製作するマスターリングも2014年版の作業で、つまり別物でしょう。 私が所有していたCDは、システムが最良の状態のときに上手い具合に鳴る、そんな絶妙な音の均衡を偶然持つ個体だったのです。 と言うか、そのCDで調整していたのだから、当たり前といえば当たり前ですね。

Doris Day - Latin For Lovers  Latin For Lovers/Love Himのリリース履歴を調べると、初出は1994年(AU)。 翌年に拙宅にある1995年(UK)製が、続いて1999年(UK)製と2014年(UK)製が出ており、ほぼ定期的に生産されていました。 商品番号が共通なので、カタログ落ちしての再発売ではなく追加生産ですね。
 息の長い人気アルバムですが、国際的な需要が安定しているから、生産拠点は実質的にUKだけで足りているのでしょう。 とすれば、製造年さえ一緒なら、同じ工場で作られた、近い音質のCDが手に入るかもしれません。 そんな読みで、EU圏から中古盤を取り寄せました。

 都合5枚の製造時期は、1995年が3枚と2014年が2枚。 反射層にレーザーカッティングされた2桁の数字は、過去のプレスの方が小さい値なので、スタンパー番号かもしれません。 樹脂層表面に刻印された英数字はおそらく金型の識別記号で、さしずめロット番号と言ったところでしょうか。
 そんな推定に基づいて古い順から並べると、32-C4、41-A0、41-A0、61-A00、85-(刻印なし)となります。 音量が揃っているのでオリジナルマスターは同じだと思いますが、現れるドリス・デイの性格は一様ではありませんでした。

 最も早い生産と予想した32-C4は、音に曇りがなくドリス・デイの立ち姿がリアルで、悲しさを抑えて歌っている箇所ではジ~ンときました。
 続く41-A0は、もともと私が持っていたCDですが、他と比べて音像が緩いのでオーディオ的には一歩譲りますが、歌の表情は豊かだし声に品があります。
 もう1枚の41-A0では、音像はシャキッとしているのに歌声の情感が薄めで素っ気なく、心理的にドリス・デイを遠くに感じました。
 2014年製の61-A00は、音が硬調で声に体温や湿り気が感じられないし、歌に心がこもっていません。
 同じく2014年製の85-(刻印なし)は、音が明瞭で情報量が多いのに、なぜか情緒的な表現の幅が狭く、ドリス・デイがツンとしています。

Doris Day - Latin For Lovers  同じ製造ロット内でも明白な音質差があったのは意外でした。 射出成形のショットを繰り返してスタンパーが徐々に傷むのと、現在のプレス技術では抑えきれない許容誤差の、どちらが音質に影響しているのか私には知る由もありませんが、スタンパー違いに負けず劣らずの差があったのは想定外です。
 乱暴な話しをすれば、熱いビニールの固まりをプレスして作るレコードと、溶かしたポリカーボネイトを射出成形で作るCDで、凹凸を鯛焼き式に写し取る製法の原理に違いはなく、過去にレコードで経験したバラつきに、今またCDで再会したとしても不思議はない気がします。

 私が持っていたLatin For Lovers/Love Himは調整用のリファレンスであり、これに合わせて調整してきましたが、それを越えるプレスも見つかったので、手間暇掛けただけの成果はありました。 でも、システムや部屋を調整していて、イントロクイズ張りに、ああ聞こえればこうする、こう聞こえればああすると、反射的に対策の処置が浮かぶのは、やはり長年の蓄積がある1枚にはかなわず、念のためにスペアを持っておきたいという当初の目論見は適えられてはいません。
 ちなみに、光学面の微細な傷は1995年製のどれもにいっぱい付いていたので、実際はどうも製造品質の問題だったようです。




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