生活雑音と時間の流れ            / 2000.04.30

以前住んでいたマンションの立地は、幹線道路と商店街に挟まれていたので、
昼間は人混みの喧噪が絶えません。
夜は夜で、10階の窓と同じ高さにある遠くの高速道路から、
物流トラックの轟々というロードノイズが風に運ばれてきます。
そんな絶え間ない騒音が不快に感じられることはなく、
物流が円滑にまわって世の中が平和なのを感じてむしろほっとするのです。
騒音に困ることがあるとしたら、
音楽を聴く妨げになるので、ボリュームを上げなければならないことくらいでした。

そんな都会の環境から、郊外の住宅開発地区に引っ越すと、打って変わって別世界で、
聞こえるのは遠くの鳥のさえずりと、のんびりと響く郵便配達のバイクのマフラー音くらい。
馴染んだ騒音がなくなると時間の流れがゆっくりになって、その感覚になかなか馴染めませんでした。
音楽を騒音と一緒くたにするつもりはないのですが、時間を速く進める心理作用は等しく、
オーディオルームの防音ドアを閉めて静寂に包まれるとぴたっと止まる時間が、
CDが鳴ると再び流れ始めます。

新居での私の部屋は2階ということもあって、本格的なオーディオルームではありません。
床と壁と天井は倍以上に強化してあるものの、
防音ドアと二重窓は簡易仕様に分類されそうな代物で、壁紙は普通のグレードです。
大音量で聴きたいと思うことがほとんどなくなっていたので、遮音性はそこそこあればよく、
読書室の静けさが確保できれば十分と、かなり緩い要求仕様でした。
仕事部屋を兼ねるのでデスクや本棚を入れるし、明るく解放的な部屋が欲しいので窓は大きくと、
そもそもオーディオルームに徹するつもりがなかったのですね。

むしろ、本格的な音響施工を積極的に避けようと考えていました。
最大の理由は、オーディオマニアが業者に作らせたオーディオルームを幾つも見せてもらいましたが、
成功例がついぞなかった事実から、これは深入りしてはいけない領域だと悟っていたことです。
過去に訪問した個人宅のオーディオルームには、地下に造られたものもありましたが、
どれも見た目のインパクトはあっても残響過多で、
まるで小ホールのように演奏のディテールが潰れて、私には好ましく思われなかったのです。
もうひとつの理由は、以前住んでいた実家は古い家で、
壁は竹を縄で編んで土を塗りつけた昔の造りで、襖と障子もあり、スピーカーの音は漏れ放題でしたが、
JBLの#4343が実に良い音で鳴っていたことです。
つまりスピーカーの足元がしっかりしていて家屋が張りぼてでなければ、オーディオルームなど不要で、
部屋の使いこなしでどんな音にでも仕上げられる自信があったのです。
だから、残響がちょっと多いめの部屋を作り、機器のセッティングとともに敷物や家具を利用して、
じっくり時間を掛けて具合良い音に近付けていくことにしたわけです。

できあがった仕事部屋兼オーディオルームは、まずまずの出来だったと思います。
これを使い始めてから気が付いた不都合が、実はひとつだけあります。
簡易型ながら防音ドアの気密性は高かったので、音響飽和すると音が歪んでしまったのですね。
このところ大音量で鳴らす機会がめっきり減ったとは言え、音場感と解像力は失いたくないので、
これは許容できません。
幸運にも、対策方法を偶然発見しました。
ドアを少しだけ開けておけば、音圧が抜けて音響飽和しないのですね。
当然、室外に音が漏れるので家族には迷惑な話しですが、簡易型の防音ドアには厚みと質量があって、
少しの隙間があってもそれなりに遮音性能は残しているので、意外に役に立ちます。

かくして、いい加減な志のオーディオルームは、偶然に助けられて上手い具合に展開しています。
防音ドアをきちんと締めなくても、静寂は訪れるし、時間はちゃんと止まります。




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