レッド・ツェッペリン            / 2000.01.04

私がレッド・ツェッペリンを初めて聴いたのは、
デビューアルバムの発売を告げた、1969年のポリドール提供のFM番組でした。
ブルース寄りのバンドを地味に感じていたので、グルーヴ全開でパワーが桁外れの演奏に、
これこそ聴きたかった音楽だと、高校1年の私は興奮していました。

番組の解説は湯川れい子氏で、
オンエアされたのはGood Times Bad Timesを含む2曲でした。
このときバンド名が「赤い(Red)ツェッペリン号」と紹介されました。
レコード会社が用意した資料が、カタカナ表記だったのでしょうね。
イギリス本国でもライブで歌詞が聞き取りにくいらしい、と言い添えられた逸話も、
きっと同じ資料に書かれていたのだろうなと思います。
翌週に「率いていた(Led) ツェッペリン号」と訂正されたのですが、
Ledの意味が鉛だったと一般に広く知られるのは、情報が溢れるようになってからでした。

私はレッド・ツェッペリンをハードロックと捉えていません。
バンドの音がひと塊になったようなミキシングで力強さを演出していても、
重ね録りした音の配置は巧みで、
その構成に、クラシックの交響曲を聴くような感覚を覚えていました。
アルバムを出すごとに副旋律が複層的になり、音楽のスケールが増していきます。
ジミー・ペイジがこれをプロデュースしていたから、
私にとって最も輝いていたのは、ジミー・ペイジでした。

嬉しいことに、最近リマスター盤のリリースが続いています。
1986年の初CDは、レコードでの押し寄せる勢いがなく今ひとつでした。
1992年のデジタル・リマスターは、ジミー・ペイジが監修したリベンジ版です。
他界したジョン・ボーナムを想ってドラムスが強調されたと解説している記事もありますが、
深読みしすぎではないかと感じます。
レコードには低域ほど溝を大きく刻まなければならない原理上の事情があって、
大音量の低域はモノラルでカッティングされます。
これがレコード特有の迫力を生んでいる要因のひとつでしょう。
つまり、全帯域をステレオ化できるCDからレコードで鳴っていたイメージを取り出すには、
バランスに手を加える必要があって、その作業の結果としてドラムスが鮮明になった、
そう考える方が自然だと思うのですね。
分離と定位が向上し、楽曲の構成の魅力も分かりやすくなりました。

余談ですが、
ヘルベルト・フォン・カラヤン氏が、評価できるロックとして「天国への階段」を挙げていました。
おそらく何気ない一言だったとは思うのですが、
レッド・ツェッペリンをクラシック音楽と重ねていた私としては嬉しい話題でした。




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