プヤーナの弾いたクープラン       / 1999.12.11

チェンバロを弦楽合奏の添え物と軽く見ていたのは、
交響曲の大きな音響に傾倒していた、若い頃の無知でした。
認識を改めたきっかけは、フィリップスから出たラファエル・プヤーナのレコード。
クープランのクラヴサン曲集からの抜粋で、華やかな音色と上品な雰囲気に心が和みます。
演奏に使われた楽器は、フランドルに工房があったルッカースの1646年製フレミッシュで、
これをフランスのタスカンが1780年にフレミッシュ・フレンチに改修したものを、
録音のためにパリ楽器博物館が貸し出したものでした。

全4巻のクラヴサン曲集は小曲の集まりで、それぞれ舞曲や寓話の標題が付いていますが、
解釈に悩まなくても、当時の文化の残香を感じれば十分だと思います。
標題の象徴性とは対照的に、プヤーナの演奏は情景が浮かぶように絵画的で、
光があふれるように明るくカラフルで開放的でした。

このアルバムの録音はパリの地下室で行われたとのことで、
注意すればそれとわかる、地下鉄が通過するときの地響きも入っています。
音楽的にはノイズですが、低域の再生能力を確認するソースとして使うこともできたので、
当時はオーディオマニアのチェックレコードとして利用されることもありました。
その低音というよりほとんど空気の圧迫感に近い地響きは、CDでも聴くことができます。

平均律が発明される前の音楽なので、情感の豊かさと和声の美しさは格別です。
これは素晴らしいと感銘をうけた私は、奏者が異なるクラヴサン曲集を集めましたが、
チェンバロの響きが綺麗でも整然とした演奏は定型的で楽しくないし、
個性的な演奏はどこか前衛的で心地よさに乏しい。
プヤーナが演奏するクープランが、実は特別だったのですね。

以前、このレコードを初めて聴いた家内は、弾きたい楽器が見つかったと言っていました。
そこで、国産メーカーのチェンバロ教室に通い始めたのですが、
弦を弾いて音を出すチェンバロはピアノとは奏法が異なるので、自宅では練習ができません。
教室に展示されているチェンバロは音に納得できないので、購入したところで練習にしか使えません。
きっと、家内の頭の中では、プヤーナが弾いたルッカース=タスカンが鳴っていたのです。

その後、チェンバロ専門の輸入代理店で出会ったのがマーク・デュコルネ。
フランスの会社だから、クラヴサンと呼ぶべきかもしれません。
展示室に並べられたさまざまなタイプの中から家内が選んだのは、1段鍵盤のフレミッシュでした。
オクターブ幅が477oで63鍵だから、仕様はフレミッシュ・フレンチ相当ですね。
隣にあったフレンチと較べても、余韻に濁りがなく良い音色でした。

チェンバロは木で作られた楽器なので、湿度の影響をうけてすぐに音程がずれます。
それが耳障りなので調律したら、それ以降、調律は私の担当になってしまいました。
私が好きな音律はヴァロッティです。
家内の弾くクープランが、優しく美しく響きます。




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