壱岐箱崎村(現芦辺町)の澄月山高源寺の山主が、鱸淵(すずきぶち)で遊んでいると、川童が出て来て尻に手をかけようとした。
谷江川(たにえがわ)と高源寺(矢印)
山主はおおいに怒って川童を捕え、辻坂のエノキに括りつけて、下から火を焚いて焼き殺そうとしたところ、鱸淵から何匹かの川童が出て来て、これから以後箱崎村の人をとりませんからと、命ごいをいた。そこで山主は、証文の認め方を示し、その後に誓文させたという。 また次のような川祭りの目録を教えたということである。
天満大自在天神
心だに誠の道に叶いなば祈らずとても神や守らん
菅原兵部神
ひやうすべが約束せしを忘るるな川立男
氏は菅原
川童神、山神、海神竜神、御神道、牧神、颱風神、田界畠神、
原野神九十九人、殿原九十九人、再田赤坊九十九人、
河和良九十九人、渋江橘公師西源源堯<西海の伝説 山口麻太郎編著 第一法規出版 昭和49年9月発行より>
現在、高源寺の檀家地域である箱崎江角西班では、「川祭り」を旧暦6月の丑(うし)の日に行っている。
樽(竹筒製で大十個、小十個)、皿(わら製で百個)に米の粉餅等を竹で編んだ棚の上にのせ、高源寺から経旗をうけて祭る川祭りが現在も続いている。この項は<九州の河童 純真女子短期大学国文科編 昭和61年1月発行より>
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