ユーリア天の扉の防人
7繭
作:MUTUMI

ユークの眼前には無数の石像があった。数千の石像は皆武器を振り上げ、一点を向いて立っている。石像達は全て苦悶の表情を浮かべ、恐怖に歪んだ顔をしていた。
そんな石像達に包囲された中央には巨大な一つの繭が存在していた。
繭は美しい真珠のような白色でキラキラと輝く光沢があった。繭の中心にはうっすらと人影が見える。
人影は小さく呼吸を繰り返し、微かに胎動していた。

「これが…」
魔王…。繭の中にいるのはアベルトのお父さんだった人?
「これ以上は近付くな。石化の呪いがかかり、石にされるぞ」
繭に近付こうとしたユークを慌ててアベルトが制止する。
「あ、はい」
ユークは頷き、再び繭を見、小さく身震いした。
肌を突き刺すような妖気が繭から流れ出ている為だ。敏感な者ならば、たとえ呪いが無くても卒倒するだろう。

「わかるだろう?もうすぐ孵化する」
アべルトは繭をじっと見ながら呟く。ユークはその言葉に躊躇いながらも同意した。
「アべルト…」
「何だ?」
「孵化した時は帝国はどうやって戦うつもりなのですか?」
そんなユークの問いにアべルトはしばし沈黙し、やおら投げやり的に言った。
「当って砕けろだな。恐らく砕けてグランミア帝国は滅亡するだろう。だが、ほんの僅かでも時間は稼げる」
「…」
「我が帝国にも優れた武人はいる。だが魔王に剣が通用するとは思えん」
「でも…」
ユークは反論しようとして何か言いかけたが、口をつむぐ。反論しようにも反論の材料が何も無い事に気付いたからだ。

「事実だ。お前の方こそどうするのだ?…天の扉の使い方はわかったのか?」
「いいえ…、御免なさい。結局僕は何の役にもたたないかもしれない。僕の中にある天の扉の取り出し方も、使い方もわからないんですから…」
アべルトは落ち込み意気消沈するユークを見、微かに笑った。
「いいさ。結局私はグランミアを救えなかっただけのこと。…ユーリアを血で穢してこのざまだ」
「アべルト」
「父も私も愚かだ。グランミアを滅亡させる王なのだから」
アべルトは自嘲ぎみにそう呟いた。ユークは何だかやりきれなくなる。

誰も、滅亡なんて望んで無いのに。魔王の為に国が滅ぶなんて…、そんなのは嫌だよ。

「…駄目です!そんな風に考えないで下さい」
弱気になっては駄目だよ!魔王には適わないのかもしれない。でも、諦めてはいけないんだ!
「ノートン・ユーク」
アべルトは弱々しく呟く。
「アべルト、僕は諦めません。…僕は魔王からユーリアとグランミア、いいえイサーク大陸全てを守ってみせます!」
「!」
その決意に満ちた力強い言葉にアべルトは息を飲む。
「どんな時にも強く生きると、死んでしまった先代の執務長官さまと約束しました。イサーク大陸を守るって約束しました。」
ユークはアべルトを見上げ、彼のために心を込めて言った。
「アべルト、僕は全力を尽くします。だから、諦めないで下さい。きっとこの国は救われます」

「…。ああ、そうだな」
アべルトは己に言い聞かせるように囁く。
…そうだ。諦めてはいけない。私に出来るだけの事をして、最後まで足掻くんだ。足掻いて、足掻いて魔王を倒すのだ。…それが帝王である私の勤めだ!
「感謝する、ノートン・ユーク。私は自分で魔王に負けを認めていたのだな。…それでは、勝てるものも勝てなくなる」
「ええ」
「戦おう、最後まで」
アべルトはユークを見つめ朗らかな表情で言い切った。
「はい!」
ユークもにっこり笑って応える。二人は魔王に勝つために戦う事をここに誓った。

僕達は全力を尽くして魔王を葬らなくてはならない。でも、それには戦力が不足している。
帝国の騎士さん達の多くはここで石になってしまっている。ユーリアを攻めた時にも多数の騎士さん達が死んでしまったはずだ。
多分帝国には満足な数の騎士はもういないはず。組織だった戦いをするのは無理なんじゃないかな?
アべルトはそんな事は言わないけど、彼がこんなにも弱気になっていたのはそのせいじゃないかな?
でも、どうすればいいんだろう?
ユーリアの騎士達の多くは負傷している。どれだけ皆が無事だったのかもわからない。
ハリー達がグランミアの追っ手を振り切って無事に逃げた保証もない。この国にいるのかもわからない。
でもきっとハリー達は、僕を助けるためにこの国に潜入しているはずだ。
だから…。

「アべルト」
「何だ?」
「騎士団を召集して下さい」
ユークは微かに緊張感を滲ませそう提案する。
「?グランミアの騎士団ならば全軍すでに待機させているが?」
「あ。違います。僕の、ユーリアの騎士団をです」
「!」
アべルトは驚いてユークを凝視する。
「彼等の助けが要ります!彼等なら魔王と戦えます」
「馬鹿な事を。みすみす死なせるつもりか?」
アべルトは眉をひそめ、ユークに翻意を促した。
ここに騎士団を呼べば、魔王と戦い死ぬ事になると思ったからだ。しかし、ユークはきっぱりとアべルトの考えている事を否定する。

「いいえ、生きるために彼等を呼びます。少しでも、戦力は多い方が良いでしょう?」
「しかし…」
「お願いします」
ユークは真剣な表情で言い募る。数分後、
「わかった。どうすれば良い?」
アべルトは苦笑しながら、根負けしてユークにそう聞いていた。
「僕の名でおふれを出して下さい。」
「構わないが、そんな事でよいのか?」
「はい。おふれにはこの城に来るようにって書いて下さい。その際、最後の一文に『暁の騎士達はここに集れ』と入れておいて下さい」
「?」
ユークの言葉にアべルトは不思議そうな顔をする。
「隠語なんです。魔物がいるぞって意味です。多分それで通じると思います」
「そんなことで、ユーリアの騎士達は来るだろうか?」
アべルトは自分達がした事を思い、思わずそう呟いていた。
普通ならばまず、来ない。そんな馬鹿げたことはありえない。
帝国の領内で、ユーリアの執務長官を人質にとっているこの状態で、そんな召集をすれば自分達を誘き寄せる罠だと思うだろう。
けれどユークは笑って言う。

「大丈夫です。僕の騎士達はとっても頭が良いし、とっても頼りになるんです。だからきっと来てくれます」
「ノートン・ユーク…」
「きっとハリー達はこの城に来てくれます」
「そうか」
アべルトは自分の騎士達を信頼するユークを微笑ましく思いながら、そっとユークの手を引いた。
「行こう。ここには長く居ない方がいい」
「はい」
二人は魔王の胎動する繭から離れる。繭は無気味に胎動を繰り返していた。
魔王の繭が孵化するのはもう後僅かだった。


□□□□


パセータの街に灯がうっすらと灯される頃、ハリー達と交代で偵察に出ていたリーネは、一枚の紙を手に走っていた。
街の女性がよく着る、普段ならば絶対着ないであろうドレスを着て、ユーリアの女騎士リーネは道を急いでいた。
下町の角を曲がり、クネクネ続く坂道を駆け上がって行く。階段をのぼり、辻を横断しリーネは仮のアジト、一軒の目立たない家、隠れ家に駆け込んだ。

「大変よ、ハリー。ファーン!」
「は?」
愛剣の手入れをしていたハリーは間抜けな顔をして振り返る。
「どうした、リーネ」
ファーンが突然飛び込んできたリーネを見て、厳しい眼差しをする。
「珍しいな、持ち場を離れるなんてさ」
「城の監視はアベルに任せてきたわ。そんなことよりこれを見て」
リーネは言い、手に持っていた紙を机の上に広げる。
二人は紙を見、顔を見合わせた。
そこにはこう書いてあったからだ。

『ユーリア騎士団を召集する。ユーリア自治区執務長官ノートン・ユーク』

「何だこれ?」
「ついさっき張り出されてね。びっくりしたから、おふれ台からかっぱらってきたんだけど。問題はこの後の文なの」
リーネは言い、指で短い文章をなぞった。

「「暁の騎士達はここに集れ」」
ハリーとファーンは同時に声に出して読み上げ、お互いに目を見開く。
「おい、これって、隠語じゃないか。魔物がいるって意味だろう?」
「ええ。どう思う?これは私達をおびき出す罠かしら?それとも…」
「…」
ハリーとリーネはじっとファーンを窺い見た。ファーンは腕を組み考え込んでいる。
「罠なのか?」
「否。違うだろう」
ファーンはそう言いハリーの言葉を否定した。リーネは驚いてファーンを見る。
「ファーン!?」
「多分本物のユークの命令だ。おかしな事になってきたな」

「…」
ハリーはじっと最後の一文に目をやる。
「暁の騎士達はここに集れ…か。こんな隠語ユーリアの人間しか使わないぜ。この国には魔物がいるのか?」
「…さてな。どちらにしろ、ユークが呼んでいる」
「ああ。そうみたいだな!行くか?」
ハリーは不適に微笑む。
「無論だ」
ファーンもそう言うとニヤリと笑い、壁に立て掛けてあった剣を手に取る。
ハリーも愛剣を鞘にしまい肩に担いだ。

「ユーリア騎士団を動かす。パセータに散っている騎士達に連絡をとれ。王城に集結だ!」
ファーンは側にいた騎士の一人、ルジェにそう言うと歩き出した。
ユーリアの騎士達がユークの命令の元、今、動こうとしていた。


□□□□


「なあ、シェザ。本当にここか?」
ラゼは夕陽の中燦然と輝く巨大な城、パセータの王城を見上げて、うさんくさ気に思わず呟いた。
そんなラゼの肩には小さな、20センチ程度の、黄金色の竜が羽根を休めている。疲れたのか、舌を出し、ゼイゼイと息をしていた。
「うん。ここみたい」
こちらは眉間にいつもはない皺を寄せ、片手に持つ水晶のようなGPSを、しつこいぐらい覗き込んだシェザは断言する。水晶は褐色の光が全体に広がっていて、かつては透明であったものがどす黒く濁って見えた。

「間違いないね。こんなに反応しているんだよ。それにラゼは感じないかい?魔王の胎動を」
シェザはそう言い、じっと巨大なぶ厚い壁の向こうを睨む。傍らのラゼは、小さく肩を竦めながらシェザに同意を返した。

「ああ、俺も感じるよ。これはやはり、魔王が属の気配だな」
「誰かの意識を喰らって、この界に復活したかな?」
「恐らくな。俺とお前が2重で張った次元結界に、弾かれないで侵入してくるとは、なかなかやるじゃないか」
「ラゼ」
シェザは思いっきり不本意だとばかりにぶすくれ、ラゼを睨む。
「おお、恐え〜。まあそういきりたつなよ。まだ今は、魔王も完全にはこの世界に出ていない。今ならまだ間に合う」
「ん…、そうだな。…さしずめ、当面の問題はどうやってこの城に入るかだよな」
シェザはそう言い、困ったなと考え込む。

「正面突破はまずいよね?」
「まずいだろ」
ラゼはあっさり言い返し、警備中の護衛官達をみやる。何だか睨まれている気がしないでもない。
「じゃあ、夜に忍び込む?」
「…俺らは泥棒か?」
憮然としてラゼはそうぼやく。
「嫌なの?こういう時は細かい事は気にしちゃ駄目だよ」
「…少しは気にしろ、お前は」
ラゼはげんなりした顔で突っ込み、全く別の提案をする。

「魔王の気配はまだそんなに強くはない。先にこの辺一帯の封印をしておこう。城を中心にごく弱い結界を張る」
「え。弱いものにするの?」
シェザの意外だという疑問に、ラゼは肩を竦めながら答える。
「なるべく魔王に気取られるのを避けたい。俺らの次元結界を破るレベルだ、ほんの僅かな力がどう作用するかわからん。魔王の復活を促したくは無いからな」
暫く考え込んでいたシェザは、その提案に仕方ないとばかりに同意した。
「…わかったよ。先に結界を張っておこう。人間には作用しないけど、魔王にはバリバリに効くやつ。この城に巣食う魔王が逃げないようにね」

じっと城を睨みながらシェザは、何やら一人ぶつぶつと呟きだす。ゆらりゆらりとパセータの大気が極々わずかうごめき出す。この都市に住む人々の預かり知らない所で、何かが変わった。
ラゼの目には、パセータの王城が幾重もの光の線で覆われたのが見えた。光の線は複雑に絡まり、蔦のように王城の周囲の空間を這った。

一連の作業が完了するとシェザは満足気に王城を見上げる。王城は光の蔦で覆われ、隠れてしまったいた。
「よし、ばっちりだね!」
「上出来、上出来」
ぱちぱちと無感動にラゼは手を叩く。
「…ラゼ、心がこもってないよ…」
「はは、気にするな」
"そうです。ラゼック様の言う事を一々取り合っていては身が持ちませんよ。シェザルーン様」
ラゼの肩の上でへばっていた、ミニサイズの黄金竜シーズは二人に向って思念を飛ばす。
「…。あのな〜シーズ」
微かに怒りを織りまぜた口調で黄金竜を呼び、ラゼはシーズの翼を持つと蝶のように摘まみ上げた。

「ああ、こら。何を可哀想な事をしてるんだよ〜」
それを見たシェザは慌ててラゼの手からシーズを奪い返す。
「もう!この子は他の黄金竜とは違うんだからね!僕が大事に大事に育ててきた、最後の純粋な『言葉を解する黄金竜』の生き残りなんだよ。大事にしてよ」
「…、何で?シーズは要するに遺伝子改良型の最後の黄金竜なだけだろうが?」
そんなラゼの言葉にシェザはがっくりと肩を落とす。
「違ってない。ナイけど、どっか違う」
「?」
ラゼは不思議そうにシェザを見つめる。

「う〜、もういい。そんな事よりこれからどうする?」
シェザはシーズの件を棚にあげ、ラゼにそう聞く。対してラゼの答えは単純だった。
「取りあえず、穴を掘る」
「え??」
ラゼのそんな頓珍漢な発言にシェザは目が点になる。
「穴だよ。あ・な!」
「はい?」
「いいから、いいから。ちょっとおいで、シェザ」
ラゼは来い来いと手招きし、シェザを呼ぶ。
「?」
シェザの頭に?が無限に増殖し広がり続けた。

「さっき、俺さ面白い事に気付いたぜ」
「は??」
シェザはシーズと共にラゼのこの言葉に首を捻る。
「この下、遺跡があるぞ」
ラゼはそう言い、地面を指差した。
「遺跡??」
「ああ、天族の旧都市の残骸だよ。お前の住む空間に天族が迷い込んでくる前に、住んでいた都が埋まっている」
「え」
シェザは驚いて、自分の記憶を総動員し、かつての地形と、今の地形を重ね合わせる。

「あ。本当だ。ここって、昔の天族の都市『カイネリア』だ」
「だろう。で、だ。ちょっと地中を探ってみな」
ラゼはニヤニヤしながらそう言うと、地面を指差した。シェザは目を閉じ意識を地下深くに向ける。
すると、目の前にあるかのように、地下の地形がシェザの頭にうかんできた。シェザは瞬時に地下の地形を把握する。
「うわ。驚いた、この遺跡、王城の中に繋がっているのか…」
「だろう?これで侵入経路は確定だな。地面をぶち抜いて地下の遺跡に入り、王城を目差す!」
ラゼはそう言い、他に何か案はあるのか?と、シェザを見やる。
「…それしかなさそうだね」
呟きシェザは、ラゼの意見に渋々同意する。かくして何故か二人は穴を掘る事になるのだった。



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