ユーリア天の扉の防人
6天空の覇王
作:MUTUMI

そこにあるは悠久の大地。眼下に広がるのは緑の草原と峻険な山々。地平線ははるか彼方にあり、とうていその果ては見えない。

そんな無限の大地をその巨大な生物は飛翔していた。
日の光を全身に浴び、うっすらと黄金に輝く身体。その皮膚は滑らかでありながら、強固な堅さを保っていた。背からは二枚の巨大な翼が天空に伸びている。
巨大な生物はその大きさからは想像が出来ないが、器用に滑らかに天空を舞っていた。二枚の翼が大気を孕み、空を駆け抜けさせる。

ゴオオー。オオオオー。
風が音をたて、うなりが大地に響き広がっていく。鳥が天空を渡るのとは全く違うその音。重く重厚な響きは、その生物がとてつもなく巨大なことを示していた。
地上に住まう人々はその生物、太陽の光を浴び金色に輝くものを、黄金竜(ゴールデンドラゴン)と呼び、天空の覇王として畏怖した。

黄金竜はその名の通り金色に輝く竜族の一種である。古の種族生命体、竜族全ての最高位種として知られていた。滅多に自らの生息地を出ることはなく、幻の種とも言われている。
そんな巨大で、恐ろしく見える黄金竜ではあるが、性格はいたって温厚。下手をすると黄金竜よりもそのへんにいる魔物、最もポピュラーなオーガの方が遥かに凶暴であった。
また黄金竜は、決して人には慣れず人と交わらないものとしても知られていた。その生態は一切が不明。まさに謎に包まれた生命体と言える。


そんな黄金竜の背に鞍をつけ、その二人はいた。
人と呼ぶには余りにも語弊があり、かつ、到底そうは呼べない者達が…。

バタバタバタバタとマントが風に舞い、今にも引きちぎられそうな程膨らむ。必死で漆黒のマントを押さえつけていた黒髪の青年は、向い来る凄まじい強風にとうとう音をあげた。
「…っ、駄目だ。…おい。おいってば!こらシェザ!お前速度出し過ぎだ。いい加減にしろ!」
漆黒のマントを体に巻き付けながら、黒髪の青年は傍らの人物を怒鳴りつける。

「えー、何?よく聞こえないよー」
シェザと呼ばれた傍らの人物は、三つ編みにした長い金の髪をハタハタと波打たせ、そう言い返しながらほんの少し黄金竜のたずなを緩めた。
「速度出し過ぎって言ったんだよ!ちょっとは同乗している俺の事も考えろ!」
青筋を浮かべながら黒髪の青年は言い放つ。
「あれ。あはは、ごめーん。忘れてた」
シェザはのほほんとそう言い、仕方ないとばかりに更に黄金竜のたずなを緩める。そうするとようやく人並みの速度に落ち着いたのか、マントはとび跳ねるのを止めた。青年はほっと息をつく。

「ごめん、ごめん。つい飛ばしちゃった」
「頼む。ついで音速を越えるな」
黒マントの青年はげんなりして告げる。
「普通は振り落とされてるぞ」
「えへ。だって、急ぐでしょ?なるべく早く着きたいじゃない?」
「物には限度がある。まあいい。それより位置は大丈夫なのか?またぞろ方向音痴を発揮されてはたまらん」
そう黒髪の青年に嫌味たらしく言われ、シェザはぷくっと膨れる。

「ラゼの意地悪!今回は大丈夫だよ!ちゃんと専用のGPSを持ってきたんだから!」
「む?まじ?」
驚いた顔をして黒髪の青年ラゼはシェザを見る。
「真面目に本当です」
シェザはそう言い、肩に斜がけしていた皮の鞄から水晶のような端末を取り出した。
「わお。すげ、本物じゃん。どこにあった?」
「うちの倉庫の片隅に。ちゃんと動いてるよ」
ほら見て、とばかりにシェザはラゼに水晶のような物を渡した。

光に透けそれは輝く。よく見ると水晶の中に幾つかの光点が見えた。金と銀の光が寄り添い、その光の動く先にはどす黒い褐色の光があった。褐色の光の側には今にも消え入りそうな小さな緑の光がある。

「おー、動いてるじゃん。ん?…何この緑の光?」
ラゼはふと、気になる光を発見しシェザに聞く。
「ああ。それ?覚えてない?二万年くらい前にほら、あったじゃない。ちょうど天魔の戦いが終わった頃だと思うけど、エデン(神の園)への通路を閉じて人の中に『エデンの扉』を封印したじゃないか。」
「ほえ?そうだっけ?」
「そう。お前と僕の力で、人の内に受け継がれるように細工したでしょ?」
シェザに言われ、ラゼはようやく思い出したとばかり手を打つ。
「そう言えばあったな。え、じゃあこの緑の光は…エデンの扉か?」
「間違いないよ。イサークの『エデンの扉』だよ。だって、僕達が人に分け与えた力の波動を感じるもの」
そう言われ、ラゼは少し感心したように呟く。

「よくもまあ二万年も受け継がれてきたな。普通はとっくに『エデンの扉』なんて消滅してるだろうに」
「そうだね。ともかくこの緑の光、弱々しくて消えてしまいそうで恐くない?」
「ふーん、だから急いでたな?」
ラゼに指摘されシェザは苦笑する。
「まあね。地上でラゼとうまく落ち合えたのはいいけど、時間がかかった。それにいくら最速を誇る黄金竜とは言え、ここからじゃあさすがにパセータまでは遠いし。こうしている今も、少しずつ緑の光の波動が弱くなってる」
「シェザ、…それじゃあ仕方ないな。いいぞ音速を越えても」
「え?」
「急ぐんだろう?」
ラゼは苦笑を浮かべシェザを見る。シェザはこくんと一つ頷くと、黄金竜に向かって声をかけた。

「シーズ、いいよ思いっきり飛ばして!」
”よろしいんですか?”
どこからともなくそんな落ち着いた声が聞こえる。黄金竜シーズの心話だ。
「いいよ、やって。ラゼしっかりつかまっててね!」
シェザはそう言い、ラゼに再度忠告する。
「はいはい。わかってます」
”じゃあ、いきますよお二方”
そんな断わりとともに二人の乗る黄金竜は速度をあげた。数秒をおかずあっという間に音速を越える。

「っ」
「大丈夫ラゼ?」
心配そうにシェザはラゼを気遣い聞く。
「ああ」
ラゼは黒のマントを外れないよう体に再度きつく巻き付ける。
黄金竜はすさまじい速度で天空を飛翔しいていった。遥か彼方の地上に巨大な影を落としながら、空と大地を切り裂き進む。
まさに天空の覇王と呼ぶに等しく。


□□□□


グランミア帝国首都、パセータ。その巨大な城塞都市の中央に王城とその遺跡はあった。地下遺跡、かつての恐らく数千年は前であろうと考えられている都市の残骸だ。
王城の地下に広がるその遺跡は、パセータが誕生する前にこの地に既に都市があったことを物語っている。

王城内、地下遺跡入口。普段は堅く閉じられている鉄の扉の前に四人の人物が佇んでいた。
青年と壮年の男、老婆と少年だった。ちぐはぐで、四人の共通点は少しも見当たらない。そんな四人のなか最も幼い少年が、少し緊張した表情で地下遺跡の入口をじっと見つめていた。遺跡は地下奥深くまでは光が届かないらしく、暗く淀んで見える。

「あの。いいんですか?僕が中に入っても」
遠慮がちに少年の幼い声が、隣に立つ青年に聞き返す。
「構わん。それに我らの知り得たことはお前も知りたいであろう?」
「え。は、はい」
少年、ユークは頷く。
「では着いて来い。この地下遺跡の先に、古代の神殿と思われる物が残っている。恐らくそれを見た方が早い」
グランミア帝王、アべルトはそう言い自ら明かりを持つと遺跡に入っていった。その後に帝国筆頭博士のメイア=クリノが続く。
眼鏡をかけた初老の老婆であるメイアは、かくしゃくとした足取りで遺跡に潜っていく。

「我らも行くか?」
「あ。はい」
唐突にアベルトの護衛として、この場に立ち会っていたゼガードに声をかけられたユークは、とっさにそう答える。
自分の翼を傷つけ、レオルドや多くのユーリアの人々を殺傷した彼にはなかなか馴染めずにいた。
ゼガードもユークのそんな複雑な心中は察している。
「暗いので足下には気を付けられよ」
「はい」
ユークは頷くと、先行の二人を追った。その後にゼガードが続く。

遺跡は思ったよりも暗く、湿気ていた。先を歩くアべルトの明かりの灯がゆらゆらと揺れ、四人の影を床に落としていった。かつんかつんと石畳の上を歩く足音だけがこだまする。

どれぐらい進んだだろうか?暗い遺跡の中を明かりを頼りに進む事30分あまり。唐突にその部屋は現れた。壮麗な装飾を施した、石の芸術品とでも言うべき部屋だった。
「すごい!こんな遺跡にこんな綺麗なお部屋があるなんて!」
ユークは圧倒され、そう漏らす。
ふと、天井を見上げれば天井石にも細かい彫刻が施されていた。どこを見ても一級品とわかる彫刻で部屋はうめ尽くされていた。

「我らはこの部屋を神殿と呼んでおる。」
眼鏡をかけた老婆、帝国筆頭博士メイアはそう応える。
「神殿?」
「さよう。神の間じゃ。この遺跡はパセータが誕生する遥か以前のものじゃ。少なくとも三千年、多くても五千から六千年前のものであろう。」
「そう、なんですか」
「そうなんじゃ。遺跡の石の風化具合からいって、そのぐらいだと思われる。さて、今はそのような事は実にささいなことじゃ。少年、汝にはあれがどう見えるか?」
メイアはそう言い、部屋の一角を指差す。

そこには今にも動きだしそうな、躍動感に富んだ人物達の壁画があった。登場する人物は全て四枚の翼を持っている。
「え。翼?」
思わずユークは自分の翼を思い出し、ぱちくりと目を開け、ごしごしと目を擦り、それが夢ではないことを確認する。
「な、何?この翼って僕のと同じなの?」
ユークの疑問にメイアは肯定する。
「恐らくな。この壁画の種族は『天族』と言われておる」
「天族…」
僕の行方不明のお父さんは、天族なの?お父さんにも翼があったって、亡くなられたユーリアの先代執務長官様が言ってた。

「天族は神々に仕えた種族とも言われる。恐らくこの遺跡は天族の都市じゃ」
メイアはそう言い、そっと壁画に触れる。
「だが、天族はある時を境にこの地上からほぼ姿を消した。どこに行ってしまったのかはしかとはわからぬ。知る者もいない。永遠の謎じゃて」
「…」
ユークは無言で壁画を見つめる。今にも語りかけてきそうな人々。動きだしそうな自分の先祖達。自分と同じ姿をした人々。
そうか。僕の他にも翼のある人が昔はたくさんいたんだ。
ユークはそう思い、ちょっと肩を落とす。
でも、もういない。僕の他にはお父さんを除けて、やっぱり誰もいないんだろうな。
そう思うとほのかに寂しく感じる。

「ともあれ、少年、汝に見てもらいたいのはこの壁画のここじゃ。わかるか?」
メイアはそう言い壁画のある部分を差し示した。
それは金色に塗られた男と、銀色に塗られた男二人の壁画だった。背には他の絵と違って四枚の翼はない。そのかわり二人は長い杖のようなものを持っている。
「あ。これって…」
「我らはこれこそが神なのだと考えておる」
これが神様?
ユークはじっと壁画を見つめる。ユーリアに於いて伝承されてきた神々とは似て否なるものであった。
代々伝えられてきた話では、神々は光の塊と言われている。人の肉は持たず、形すらないものとして伝えられてきている。

「あの、僕の知っている神々とは違うと思います」
遠慮がちに言ったユークにメイアは、さもあらんと頷く。
「我らもじゃよ。帝国では神々は肉体を持たない、炎の姿をしておる。ユーリアも似たようなものではないかな?」
「はい。ユーリアでは光の塊と言われています」
ユークはそう言い、メイアを見つめる。メイアは壁画をなぞりながら言った。
「だが、この時代は違ったようじゃ。神々は人の肉体を持っておる。人と、我らと同じ姿をしておる」
そう言われ、ユークはじっと壁画を見つめる。
確かにそっくりだ。というより、天族と言われる翼のある人達より、人間に似ている。神様って光の塊ではなくて、人の姿をしているの?

「我らはこの壁画と遺跡から様々な推測をした。遺跡には文字とおぼしきものもあってな、少しだけ判別しておる。天族はこの二人を『輝けるもの』と呼んでおったようじゃ」
「輝けるもの…」
「さよう。炎や光の姿は、ここから来ているのではないかと考えられる」
そう言われ、確かにそうかもしれないとユークは思う。
「じゃあ、神々って人の姿をしているんですね?」
「恐らくな。そして、この世界のどこかに確かに存在している」
アベルトはそう言い、メイアを促す。
「天族はこのような一文も残しておるのじゃよ」
メイアはそう言いその一文をそらんじた。

天の楽園は閉じられた。
神々は楽園の中悠久の眠りについた。
『輝けるものたち』のみが我らと共にここにある。
『輝けるものたち』は他の神々の眠りを守るもの。
悠久の時を生きるもの。
人と共にこの世界を彷徨うことを選んだ神々。

ユークは、はっとしてアベルトを見る。
「天の楽園は閉じられた…、もしかして天の楽園ってユーリアに伝わる『神の園』のこと?」
「恐らくな」
アベルトはそう言い、小さく息をつく。
「そうであればよいと思っているよ」
「じゃあ、その楽園を開けるのが『天の扉』なんですか?」
「そうとしか、思えぬ」
メイアは重々しく言い、ユークを見つめる。
「天の楽園には眠る神々が存在するはずじゃ。汝はゼガードにこう申したそうじゃな。”扉開かれし時光の神降りる”と」
ユークはちらりとゼガードを見た後、小さく頷いた。

「光の神とは眠る神々のことではないかな?」
メイアはそう指摘し、ともあれと続ける。
「我らの知ることはこれで全てじゃ。汝の言う、地の扉や、闇の神の事はわからぬ。しかし、全てを解明している暇もない。我らは知り得たことのみに重点を置くだけじゃて」
「そう、我々にはもはや時間がないのだ」
アベルトもそう言い、悲し気に瞳を伏せた。ゼガードは堅く拳を握りしめている。三人が三人とも常に時間を気にかけていた。
ユークはそんな三人の様を見、緊張に身体を震わせる。
もうすぐ、魔王が復活する。それを実感して身体の芯から震えがくるのだった。


□□□□


「よ。どうだった?」
リンゴをかじりながらハリーは、偵察に出ていたファーンにそう聞く。
「ああ、駄目だな。王城の警護はますます堅くなっている。侵入する隙がない」
ファーンはそう言い、ハリーの隣にどかりと腰を降ろす。
「ふーん。駄目か」
そう言い、ふうとため息をついた。
「ユークどうしてるかな?無事だといいけど」
「ハリー」
「あはは。ちょっと心配でさ。ずっと顔を見てないし」
ファーンは苦笑を浮かべハリーに言った。
「そうだな。俺も寂しいよ。早く助け出してやろうな」
「おう!」
ハリーはそう言うと、すっくと立ち上がる。

「帰るか。リーネ達が隠れ家で首を長くして待ってる」
「そうだな。作戦を考えないとな」
ファーンも同意し、二人は並んでパセータの都の中を裏通りめがけて歩いていく。
ユーリア騎士団の隠れ家、パセータにおけるアジトがそこにあるのだ。グランミア帝国の目をかすめ、ユーリア騎士団は密かに都に潜伏していた。
ユークを救出する隙を窺っていたのだった。
そんな二人が表通りから裏通りにさしかかった頃、突然、突風と凄まじいうなりの音が聞こえてきた。

ゴオオオオー、オオオオーン。
地を這う音が響き渡り、土を巻き上げ風が吹き付ける。
「何だ!?この音は!」
ハリーは突然のことに、緊張で身体が震える。
聞いたこともない、今まで体験したことのない音と風だった。
傍らのファーンは、周囲のグランミア帝国の人々が慌てて悲鳴をあげているのを見、帝国が何かしているのではない事を確信する。
そうこうしている内に、辺りは巨大な影に覆われた。
影にいち早く気付いたハリーは、ファーンに向かって叫ぶ。

「ファーン!何かの影だ。ってことは…」
ハリーはふっと空を見上げ、うげっと声を詰まらせる。ファーンもまた身動きをするのを忘れ、それに見入った。
天を覆うように、黄金色の巨大な生物がいた。長い翼を上下させ優々と天空を滑空している。
数秒後、巨大な天空を覆った影は、一瞬で二人の頭上を通過した。あっという間に、黄金色の身体をくねらせ彼方に過ぎ去る。
固まっていたファーンは、音と風が無くなった頃ようやくぎくしゃくと口を開いた。

「信じられん。あれは、黄金竜だ!」
そうかすれた声音で言い、首をぶんぶんと左右に振る。ハリーは、ファーンにそう告げられて、ひきつった青い顔をしながら応えた。
「うげ。おいおい、天空の覇王かよ!人を襲うことはないっていうけど、なんちゅうもんが飛んでるんだよ!仮にもここは帝都だろうが!」
ハリーは叫び、眉間に皺を寄せる。
「ファーン、こんなやばい都市はそうそうに出てこう」
「そうだな。あんなものを見たんじゃ、安心できない。魔物ではないと言われているが、あの大きさを見たか?あれが襲ってくれば質が悪いぞ」
そう言い、一刻も早いユークの救出を二人は誓ったのだった。

全てが帝都に集まろうとしていた。魔王が目覚めの時を紡ぐ。



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