僕の視界の中には二つの光が踊っていた。 
赤と青の輝きは、僕の良く知っている人達の手の中から発せられている。 
僕の大好きな二人は、輝く剣を手にこの世で最も恐ろしい存在『魔王』と戦っていた。 
僕はただそれを見ている事しか出来なかった。 
魔王の力で捕らえられ、どうする事も出来ず、逃げる事も逆らう事も出来なかった…。 
僕に出来たのは祈る事。 
ただただ一生懸命に祈る事だけだった。 
お願いです。神様!ハリーやファーンを助けて下さい! 
二人にどうか加護を!どうか守って下さい!どうか、僕達に力を貸して下さい! 
創始の神シェザルーン様!終焉の神ラゼック様! 
 
僕は必死に祈った。僕らが信仰する神々に。神々の中の王者達に。 
 
 
□□□□ 
 
 
ハリーの持つ剣は燃え盛る炎の様に赤く輝き、ファーンの持つ剣は澄んだ湖面のように青く輝きを発していた。 
不思議な光に包まれた剣達は、使い手の意志により魔王と呼ばれるものを攻撃していく。ファーンとハリーが魔王に斬りつける毎に、魔王の体は傷つき青い血がドクドクと流れ出るのだった。 
一般的な騎士団の装備でもある鉄の剣を軽々と弾く皮膚も、どれ程打ち込んでもびくともしない強固な骨格も、二人の剣の前では赤子同然だった。 
二振りの神話の時代からユーリアに伝わる剣達は、あっさりと魔王の体を抉っていく。 
グランミア帝国の騎士達の屍が残るこの地に、魔王の青い血が降り注ぐ。 
 
「覚悟しな、魔王!」 
ハリーは力任せに魔王の肩に刀身を叩き込む。じゅわ、微かな音がして剣に触れた魔王の体が赤く焼き爛れる。魔王は大きな悲鳴をあげ、ハリーを左手で薙ぎ払った。 
ごううっという音と共に、ハリーは魔王の左手が起こした突風に煽られ、木の葉の様に吹き飛ばされる。 
「うわ、わっ」 
引きつった声を漏らしながら、とっさに剣を地面に突き立て、風の勢いを押し殺し、かろうじて上空に巻き上げられるのを防ぐ。 
ハリーの吹き飛ばされた後にはくっきりと、刃を地面に突き立てた時の一条のラインが描かれていた。 
「……。なんて風だよ!畜生!め。」 
ぎりりと唇を噛み締め、ひとしきり悪態を付くとハリーは、再び戦列に復帰した。 
 
「遊んでる場合か」 
ハリーが吹き飛ばされていた間、たった一人で魔王の相手をしていたファーンは、脂汗をにじませハリーに向かって言い放つ。 
「誰が遊んでるんだよ。真剣にやってるって」 
ハリーも負けじと叫び返し、微かな血の跡が残る魔王の首を狙って刃を突き出す。 
神速とも言うべき動きだった。 
 
だいたいこういう魔物系は首を切ってしまえば、死ぬんだよな!ううむ、魔王に効くかどうかは知らないけどさ。 
内心そんな事を考えながら、水平だった刃の向きを変え下から上に跳ね上げる。 
これでどうだ!?この角度は避けれないぜ!魔王! 
 
ハリーは会心の笑みを浮かべる。 
けれど魔王は、ふうっと僅かにぶれた動きをすると、ハリーの刃を避けた。ハリーは空しく空を斬る。 
「な、何!?」 
何か今、変な動きをしなかったか!?こいつ今確かに僅かだが姿がぶれた。否、一瞬だけど消えていた!? 
そんな馬鹿な!? 
ハリーはとっさに、自分の横で戦うファーンを窺い見た。 
ファーンは青ざめ、目を見開いている。そんな二人の視線が一瞬にして交わり、各々の役割を理解して離れた。 
ファーンの目は間違いなく、ハリーにもう一度同じ事をしろと訴えていた。 
 
おいおい。もう一回、やれって言うのか!? 
同じ攻撃パターンはこういう状況では不利に働く。一度やった動きは敵に読まれやすいのだ。 
そのためハリーは基本的には同じ攻撃パターンを、同じ相手に二度は使わない。剣王と呼ばれる所以だ。 
…しゃーないな!やってやろうじゃないか。同じ攻撃を!だから、もう一度ちゃんと見てろよファーン!多分三度目は無理だろうからな! 
心の内で語りかけ、ハリーは次の瞬間には再び魔王に肉迫した。 
剣の刃を首に向け水平に突き出し、素早く上に跳ね上げる。避ける暇もない神速の動きだ。 
ハリーの刃は魔王の首筋に、間違いなく吸い込まれていった。 
 
ここだ。こっからだ。さっきは突き刺さる前に一瞬消えた、間違いなく!今回は…どうなる? 
ハリーとファーンが注視する中、魔王の体は再び極僅かにぶれる。音もなく静かに、二人以外には気付かせる事もなく。 
それはほんの一瞬だった。けれど魔王と直に戦っていた二人には、しっかりとその行動が確認できた。二人はその目に魔王の動きを焼きつける。 
 
魔王の体は微かな空気の流れを伴い、二重にぼやけた。ハリーは再び何の手ごたえもなく、ぶんっと大きく空回りしながら空気を斬り、足は虚しくたたらを踏んだ。 
ここに至りようやくハリーは、何が起こっているのかぼんやりとではあるが悟り、余りの事にぞっとして体を震わせる。 
げ、げっ。こいつホントに消えてやがる〜!!まじだ! 
攻撃が当たる瞬間にどうやってか知らないけど、確かに体をこの場所から消してる!何なんだよ一体全体!? 
これじゃ、どうやっても、何をしても消えてしまうのでは当たらない!武器があっても勝てないじゃんか! 
ど、どうするんだよ〜〜!! 
引きつった顔で思わずファーンを見ると、青く輝く剣を持つ彼は、何かを狙っている様子だった。 
ファーン??策でもあるのか?? 
そう声にだし尋ねるわけにもいかず、ハリーはファーンに目で訴えた。 
 
アイコンタクトならぬ、腐れ縁の為せる技だった。 
ファーンはちらりと、空中に捕らえられたままのユークを盗み見る。 
その微かな動きでハリーは全てを了解した。 
…そっか。俺達の一番の目的は魔王を倒す事じゃない。ユークを無事に救い出すことだ。魔王はそのついでじゃないか…。むきになって相手をする事はない。何より俺達には頼もしい仲間がいる。 
なら、やりようは幾らでもある。そう、幾らでもな…。 
 
ファーンの連続攻撃に気をとられている魔王の隙を窺うと、ハリーは鎧の隙間から懐に忍ばせてあった短刀を四本取り出し、ダーツの様に魔王の目をめがけて投げ付けた。風が音を孕み短刀は魔王に吸い込まれていく。 
魔王は当たる寸前、風の音から短刀に気付き微かなこう笑を漏らす。 
「我に短刀など効くものか」と。 
魔王は冷笑を浮かべたまま、短刀目掛けてふうっと口から息を吐き出した。魔王の口からは茶色い色をしたミストが漏れ、飛来した短刀に次々に絡まりついていった。 
短刀は茶色のミストに触れるや否、赤茶けぼろぼろとした塊となり地面に崩れ落ちる。一瞬の酸化現象だった。 
「…うそ。鉄が一瞬で錆びて、朽ちた!?」 
「最悪だな」 
ぼそり、ファーンは興奮気味のハリーとは違い冷静な感想を漏らす。 
 
「ホント、やり難いな〜。だけど、今回の本命は別にあるんだよな」 
ハリーはそう呟くと慌てて体をその場に伏せ、瓦礫の影に隠れる。ファーンも瞬時に同じように地面を転がり、崩れた柱の影に移動した。 
二人が身をかわした瞬間、まるで狙っていたかの様に何本もの矢が魔王に浴びせられた。 
矢は雨霰のように魔王に絶え間なく降り注ぐ。その量は半端ではない。 
鋼の刃は天から魔王に、次から次へと降り注ぐのだった。 
プスリ。小さな音がして、さしもの魔王の皮膚にも、最初の矢が突き刺ささる。鉄の剣をも弾く皮膚に、この時始めて通常の武器が効果を発揮した。ハリーとファーンの攻撃が魔王の防御力を削ぎ落としたのだ。 
鋼の矢は途切れる事なく次々と飛来する。 
 
 
□□□□ 
 
 
「ありったけ、ぶち込みなさい!ぐずぐずしない!矢を惜しむな!」 
帝国騎士団の残した武器、クロスボウを手にユーリアの騎士達は、魔王に狙いをつけ弓矢を連射していた。 
パシュ、パシュ。小気味の良い音が空間に響き渡っていく。 
「全部撃ち込んで!ルジェ連射遅いわよ!さっさと撃つ!」 
陣頭指揮をとるリーネは指示を出しつつ、自身もクロスボウを構えていた。 
ユーリアの騎士達は一丸となり、惨殺された帝国の騎士達が残して逝ったクロスボウを使い攻撃を加えていく。 
いや、ユーリアの騎士達だけではない。後から駆け付けた帝国の騎士、ゼガードやカレンツオもこの攻撃に参加していた。 
多くのかつての仲間の死体を前に、グランミア帝国の騎士は臆する事なく魔王に立ち向かっていった。己の自負と誇りそして、何かを得るために。 
 
ゼガードは思う。夕闇に沈み込もうとする大地を前に、かつての友人、知人の無惨な死を前にして。 
ただ一つ思う。 
我らは魔王に負けん。断じて! 
それだけを胸に男はクロスボウを撃ち続けた。鬼気迫るザガードを前にカレンツオは、将軍の怒りが尋常でないことをはっきりと悟るのだった。 
 
彼等が撃ち出す鋼の矢は、閃光の様に魔王に突き刺さっていった。 
ほんの僅かな間に魔王の体はまるでヤマアラシの様に、刺さった矢で皮膚を覆われる。サボテンの棘の様に矢は魔王の体に隙間なく埋め込まれていった。 
そんな魔王の体からは青い血が溢れ出、どくり、どくりと大地に流れ落ちていった。魔王の体は青く染まっていく。 
 
 
□□□□ 
 
 
仲間達、ユーリア騎士団から最後の矢が放たれた時、まるで計っていたかの様にファーンは柱の影から飛び出した。そしてそのまま魔王に詰め寄り、流れるような剣捌きで全身矢だらけの魔王に斬りかかる。それは剣舞を観ているようで、こんな場合でなければ優雅とすら言えるものだった。 
青の光は夕闇を前により一層の輝きを増す。ファーンは魔王の正面から、幾度も幾度も攻撃を繰り返した。 
 
「くくく。どうした鼠が?生きがいいな」 
ハリネズミ状態の魔王は笑いながらファーンの攻撃を避ける。例の二重のぶれを起こし、青く輝く剣の攻撃を軽くあしらっていた。 
ファーンの攻撃は意味をなさず、魔王には全く通じていなかった。 
やはり、当たらないか。鋼の矢をこれだけ受けても、何も感じないか。いやそれよりも、動きに何一つ変化がない。通常の武器では丸っきり歯がたたないのか。 
冷静にそんな事を分析しつつファーンはなおも攻撃の手を緩めない。 
「ははは!どうした?我を滅ぼすのではないのか??くくく、もっとも武器が良くても使い手がこれではな!
神々のうち、誰が貴様らにそれを渡したかは知らぬが、無駄だったな!あははははは!」 
魔王のこう笑は続く。 
 
「無駄か…」 
ファーンは呟き、魔王を前に不敵に笑う。 
「それは、どうかな??」 
小声で呟き、タイミングをはかる。 
もう少し、右だ。 
ファーンは魔王を、瓦礫の中に立つ巨大な柱の方に誘導するように剣を振るっていた。じりじりと魔王は柱の方に近付いて行く。反撃するでもなく、高を括ったのか魔王は哀れむ目でファーンを見た。 
「くくく、人間とはかくも愚かなものかな」 
魔王の独白は続く。 
「我らが玩具のくせに、実に笑わせてくれる」 
 
「はあ、はあ」 
くそ、息があがる。全然攻撃が当たらない!ああ、もう。全く! 
ファーンは内心で悪態をつきつつ、魔王の位置を素早く確認する。魔王は丁度、かろうじて倒壊を免れた、巨大な柱の前に来ていた。 
ファーンはとうとう最後の大勝負に出る。 
「あまり人間をなめるなよ、魔王!!」 
叫ぶや否ファーンは魔王に向かって何を思ってか、青い輝きを発する神話の時代より伝わる剣を投げつけた。びゅん。音を発し剣は魔王目掛けて飛んでいく。 
「!」 
とっさに魔王は無意識に先程からさんざん起こしている、ぶれた動きを再びここで見せた。 
「ははは!貴様の攻撃は効かんぞ!」 
「…俺のはな」 
ぼそっと、囁きつつファーンは魔王を睨み付ける。武器が無くなったというのに余裕の態度だった。 
ファーンはもう魔王を脅威とは思ってもいなかった。なぜなら彼には心強い相棒がいたからだ。 
ハリー、後は任せた!しくじるなよ! 
ファーンはひっそりとこの時の為に、柱の影に潜んでいたハリーにそう声援を送った。 
 
魔王の体をあっさりと通過したファーンの青き剣は、柱にぶつかり巨大な柱を粉々に破壊した。 
グワアアアーン。 
何ともはや大きな凄まじい音がし、パラパラと柱だったものの欠片が大地に降り注ぐ。 
もうもうとした煙りの中、魔王の背後から突然赤い輝きが走った。崩れた巨大な柱の向こうから、魔王の体を抉った赤き刃がくっきりと姿を現す。 
赤き刃は魔王の心臓を見事に一撃で貫いていた。じゅわという肉の焼け爛れる音が夕闇の中響く。 
「!?何!?だ、と!?」 
魔王は驚愕の声をあげ、己の体から出ている赤い刀身の輝きに見入る。赤の輝きは色あせる事なく、魔王の目にくっきりと焼き付いた。 
「馬鹿な!?…」 
「往生しな、魔王」 
ハリーは無表情でそう告げると、ズブズブと剣を引き抜く。魔王は支えを失い、目を見開いたままその場に崩れ落ちた。 
倒れた魔王は、もはやぴくりとも動かなかった。青き血が吹き出し、魔王の体を真碌に染めた。 
 
赤い剣、『フレイムソード』を手にハリーはそんな魔王を見下ろす。 
魔王の心臓は完全に破壊され、停止していた。 
ファーンは魔王に向かって投げつけた自分の青く輝く剣『ウオーターソード』を回収し、剥き身のまま手に握るとハリーの隣に立った。 
「終わったか?」 
「ん…。多分な」 
ハリーはファーンにそう答えると、悪戯を思いついたかの様な顔をして、小さく笑いかけた。 
「俺達さ、魔王相手に戦ったんだから伝説になるかな?」 
「…知らんよ。全くお前は…」 
ファーンは呆れてハリーを見る。 
「何だ、やっぱり駄目か?吟遊詩人はここにはいないしな〜」 
「…ハリー」 
微かに低くなったファーンの声音に、ハリーは首を竦める。 
「冗談だよ。冗談!本気にするなって」 
ハリーはそう言って笑うと、ファーンの背をバシバシと叩いた。ファーンはハリーの起こした微かな痛みに眉を寄せる。 
 
 
□□□□ 
 
 
魔王の心臓がハリーに貫かれた瞬間、その凄まじい衝撃にユークを捕らえていた魔王の力が緩む。何かがポロポロとユークの周囲から剥がれていくのがわかった。 
ユークは魔王の束縛から一瞬で解放され、数メートル下の地上に落下した。 
「わっ!?」 
突然のことに吃驚したまま、ユークは空中から地表に投げ出される。翼が動けば飛べるのだが、今のユークには空中に浮かび上がる力もなかった。 
落ちる!! 
落下の衝撃を予想して、ユークは目を瞑り身をかたくした。 
トサ。小さな音がユークの耳に飛び込んで来る。 
う、あれ?痛くない?あれれ? 
恐る恐る目を開けるとそこには、見知った人物の顔があった。鷲鼻のきつい眼差しをした壮年の男の顔だった。 
ユークは吃驚して、まじまじと男を見る。 
 
「怪我はないか?」 
「はい。あの…ゼガード将軍、どうして?」 
ゼガードの腕に抱きとめられたままユークは不思議そうに尋ねる。 
「…さあな。落ちて来るのが見えただけだ」 
淡々とそう言い、ゼガードはユークをそっと大地に降ろした。 
「あの、ありがと…う」 
ユークがそう言うと、ゼガードは初めてユークにうっすらと微笑みを返した。 
うわ。この人も笑うんだな。 
…この人はレオルドを殺した…。僕はそれを覚えている。きっと忘れない。でも、僕は…。 
どうしてだろう?一生懸命なこの国の人達を憎むなんてできないよ…。 
レオルド…、それでもいい??ねえ、怒らない?この人を許してもいいかな? 
ゼガードに手を引かれながらユークは、ぼんやりとそんな事を思った。 
 
 
□□□□ 
 
 
「信じられん。魔王を倒したのか…」 
アべルトは骨折した体をカレンツオに支えられながら、擦れた声で呟く。 
「帝王様…」 
カレンツオは痛ましい思いで、アべルトを見つめていた。 
この方はたった今、父親を亡くされた…。たとえ魔王に体を乗っ取られたとはいえ、紛れもなくあれはゼイミア帝王様だった。彼の方だった…。 
「これでグランミアは救われる。良かった」 
囁くように言い、アベルトは浮かんできた涙をそっと拭った。 
 
父上…。これで良かったのですか?これで…、あなたは神の元に召されますか?父上の魂は救われますか? 
それともあなたを殺した私を恨んでいますか? 
でも父上…。もう、安らかに眠って下さい…。私は大丈夫です。ゼガードやカレンツオもいますから。 
 
アべルトはそっと天を見上げた。そうしないと、涙が止まらなかったからだ。 
罪の意識と安堵の感情がアべルトの中には相克して存在するのだった。 
 
 
□□□□ 
 
 
「ハリー!ファーン!」 
リーネは二人に駆け寄り、二人の首に手を回すと思いっきり抱き着いた。 
「わ。おーい?」 
「リ、リーネ!」 
リーネはオロオロと慌てる二人には無頓着に喜びを表現し続ける。 
「さすがね!凄いわ二人とも、魔王を倒すなんて!」 
「いや〜、どっちかっていうとこの剣が凄いんだって。いきなり赤く染まったかと思ったら、熱を発してたし。まじにどうしたんだ!?とか思ったもんな」 
ハリーは赤く輝き続ける剣に視線を落とし、しみじみとそう呟く。 
「俺も同じだな。まさか口伝が現実になるなんて、誰が想像する?法螺だとばかり思っていた。まさか剣が本物の神の遺物だとはな…。この剣がなければとても無理だった」 
「そうそう。絶対に無…理…」 
ハリーはそう答え返そうとして、はっとして顔を上げる。 
 
ちょっとまてよ。口伝…、そう口伝だ!! 
『その刀身が赤く輝きし時、この世に魔王蘇りし証し也』
って、まだおれの剣は赤いんですけど…。これって。 
「最悪だ!ファーン!!まだ魔王は生きてる!俺達の剣の力が消えてない!」 
ハリーは叫びざま、魔王に駆け寄り再び攻撃を放とうとする。 
「何!?…しまった!!」 
「えっ!?嘘お!」 
ファーンとリーネのあせった声がハリーの背後から聞こえる。 
ハリーはそんな声には構わず赤き刀身を魔王の肉体に突き立てる。 
瞬間、ぶわっと暗黒の水が魔王の肉体から分離した。 
「!?げっ」 
ハリーはとっさに暗黒の液体を避け、飛び退る。暗黒の液体は四方に身を伸ばしアメーバーの様に広がった。 
 
「何!?これ?」 
リーネの惚けたような声が飛び込んで来る。 
「多分、魔王の本体だ!肉体から分離したんだ。って、どうやって倒すんだ〜!!」 
髪を掻きむしり、ハリーは唸る。 
そんな状態の中、暗黒の液体はこう笑を漏らした。 
”ははははは!あれしきで我を殺したつもりか!?我は魔王ぞ!この礼はこの国を蹂躙することで返してもらうぞ!” 
魔王は笑いながら天に向かってその身を伸ばしていった。うねうねと暗黒の液体は城の外へ出ようと、街へ向かって伸びていく。 
 
「ど、どこに口が。目があるんだ?」 
「ハリー!突っ込むとこが違う!この場合は街が襲われるって所でしょ!」 
リーネはそう叫び返し、周囲を見回す。誰もがこの状況に焦って硬直していた。 
あちゃ。こういう時ユーリア騎士団って弱いのよね〜。不意打ち食らうと動けないとは…。 
舌打ちしつつ、リーネはとりあえず最も大切な、自分達にとってはこの国の街よりも大切な、ユークの安全の確保に勤しむことにする。 
「ハリー、ファーン!頑張って。私はユーク様を守るわ」 
「あ、こら。リーネ!ここで逃げるな〜」 
ユークの所に一目散に走り去るリーネに向かってハリーは怒鳴る。 
「…ハリー、無駄だ。どのみちリーネには魔王に効果のある武器がない。それより俺達はどうする?逃げるか?戦うか?」 
ファーンにそう問われ、ハリーは不敵に笑む。 
「当然、戦うでしょ」 
言い、ぶよぶよと膨張を続けている魔王を睨む。 
魔王は今や外郭に達しようとしていた。その先には巨大なパセータの街が広がっている。 
「やべー。外に出る!」 
誰もがそう思った時、突然魔王は悲鳴を発した。 
 
”ギャーーーーーーッ!!” 
獣じみた声を発し、何かに弾かれ暗黒の液体の一部が蒸発し消え去る。 
”ガ。カハ。ナ、ナ、ナンダ!?” 
声帯を損傷したのか魔王の声は、流暢さを失いどこか機械的な物になる。 
”ナニガ、オコッタ!?” 
その思いはユーリアやグランミアの人間も同じだった。たった今自分達の目で見たものを、信じられない思いでいた。 
「何かに弾かれた?一瞬光の蔦みたいなのが見えたけど…?」 
ぽかんとしてハリーは呟く。暗黒の液体、魔王はフルフルと波打っていた。そこには驚愕の二文字があった。 
”マ、マサカ!イヤ、ソンナ、ハズハ、ナイ” 
魔王は叫ぶ。恐怖と畏怖を込めて。 
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