シルバーウルフ(外伝)
作:MUTUMI

500キリのyuuさんからのリクエストです。キリリク題材は『冬』でした。



その日、イサーク大陸北東の端に位置するユーリア自治区に、この年はじめての雪が降った。うっすらと世界が白に染まる。ユーリアの豊かな恵みを産む大地も、穏やかなせせらぎを人々に提供する小川も凍てつき凍っている。
人々は冬の到来を実感し、冬を越す為の準備に追われていた。保存の効く食物を貯え、家屋の修理をし、厳しい冬に備えようとしていた。
ここユーリア自治区の、執務長官の館も例外ではない。

この年、イサーク暦565年。ユーリアは平和を満喫していた。先代の執務長官も存命で、雪景色の執務館はゆったりとした穏やかな空気に包まれている。


□□□□


「ファーンっ。あのね、お勉強は今日、お休みにしましょう?ね?」

若草色の髪をした8歳ぐらいの小さな男の子が、手袋とマフラーを両手にしっかり持って、自分より遥かに大きい青年に懇願していた。ほわっとした雰囲気の可愛い男の子だった。キラキラ輝いている瞳には聡明な知性が見てとれる。
そんな男の子に懇願されていた青年、近衛騎士のファーン・ユイはちょっと困った顔をし、男の子に向かって諭す様に言った。

「ユーク。それは駄目だろう?ちゃんと勉強をしなくては良い執務長官になれないぞ」
注意された男の子、ノートン・ユークはプクリと頬を膨らませる。
「だって、雪が降ったんだもの。ねえ、雪遊びしようよ」
「ユーク」
青年は幾らかきつい声音で男の子を呼ぶ。
「うー。だって、今年はじめての雪なんだよ。雪遊びしたいもの」
ユークはファーンの服の端を握りしめ、泣きそうな顔で見上げながら、必死に反論した。
そんなユークの様子にファーンは苦笑し、あやすように抱きかかえ上げる。
「じゃあ、勉強が終わったら、一緒に遊ぼうか?」
「本当?ファーン遊んでくれるの?わーい。ありがとう!ファーン大好き!」
ユークはそう言い、ファーンに抱きつく。

「あはは。じゃあそろそろ勉強を始めようか。早く始めて早く終わろうな」
ファーンはユークに優しく言った。
「うん。あ、そうだ。ハリーも一緒に遊んでくれるかな?」
ファーンと同じく近衛騎士であるハリーが大好きなユークは、期待に満ちた目でファーンを見つめる。
「ハリーか?あー、あいつは今日、どうかな?」
「えー。無理なの?」
ユークはとたんにがっくりと肩を落とす。

「間に合ったら、遊んでくれるだろうけどな。今日はあいつ、狩りに行くとか言ってたからな」
ユークは目を丸くしてファーンを見る。
「雪なのに狩りをしているの?」
「ああ。何か干し肉の薫製が足りないとか厨房頭のマリーに泣きつかれて、肉を調達しに行ったみたいだぞ」
ファーンはそう言い、あいつは弓の腕も良いからと付け加える。
「そっか。ハリー何を捕ってくるかな?」
「さあな。意外に大物狙ってるかもな。あいつ」
ファーンはそう言い苦笑を浮かべると、勉強部屋に向かって歩き出した。ユークは、窓の外の雪景色を珍しそうにファーンの腕の中からじっと眺める。

ハリー早く帰ってこないかな?帰ってきたら、いっぱい、いっぱい遊んでもらうのにな。

楽しいことを沢山考えながら、ユークは手袋とマフラーを大事に大事に、ポケットに仕舞い込むのだった。


□□□□


そんな頃、雪の中、愛馬『葦毛』のたずなを木に括りつけたハリーは森の中に足を踏み入れていた。
幾つか獣の足跡を見つけ、その行動を推測する。

やっぱり、獲物は大きい方がいいよな。何度も狩りをしなくてすむし。みんなの食料だもんな。よし、大きいのを狩って帰ろう!
ファーンの読み通り、大物狙いのハリーはどんどん森の中に分け入っていく。
ハリーにとっては、子供の頃から慣れ親しんだ森だった。任官し、近衛騎士となった今でも、森はハリーの庭のようなものだった。
いつもは大剣を腰に吊るしているのだが、今日のハリーは短剣をベルトに挟み込み、クロスボウを右手に、何本もの矢を矢筒にいれて背中に背負っていた。
いつもの軽装とは違い、今日は寒いので全身をおおう毛皮のコートを着ている。

「ふー、寒っ。なかなか良い獲物がいないな。森の動物も今日は冬眠か?」
ハリーはそんな愚痴を言いながら、森の中を進んで行った。いつしか木々の間隔もまばらになり、細かった幹が太く巨大になり、はるか頭上には木々の枝が覆い茂る。
ハリーはかなり奥深くに踏み込んでいた。これ以上先に進む事はハリーにとっても危険だった。
ハリーはそれを悟り、森の外に出ようと進むルートをかえる。
狩りに出て、この雪の中行方不明ではなさけないものがある。いや、それ以前にあっさりと死んでしまうだろう。

「今日は本当になんかついてないな〜。寒いし、獲物いないし…」
やれやれとぼやき、木立を掻き分ける。
その時かさりと音がした。ハリーはハッとしてクロスボウを茂みに向ける。カサカサと茂みが小さく揺れ、何かがよろよろと出てきた。
「…シルバーウルフ(銀狼)の子供?」
ハリーはちょっと吃驚して、シルバーウルフの子供を摘まみ上げた。

シルバーウルフは森の守り神とされ、人々に愛されている。狼なのに気性はそれ程凶暴ではなく、銀に輝く毛皮は森の中での神聖性をもたらした。
ユーリア自治区においてシルバーウルフは、禁猟動物として有名だった。
そんなシルバーウルフの子供は、ハリーに摘まれたのを嫌がってか、みいみいとなき足をばたばたと動かした。
「ちっこいな。まだ産まれたてじゃないのか?何でこんな所から出てくるんだ?」

親はどうした?親は?

ハリーはそう思いつつ、油断なく辺りを見渡す。どこからか親が出てきそうな気がしたのだ。けれど、どこにもその気配はない。シンとした空気がいつまでも続いている。
「?何か変だよな…」
ハリーは呟き、シルバーウルフの子供が出て来た茂みを掻き分けた。

「!!」
とたんにハリーは息を飲む。茂みの奥には、真っ赤な血が広がっていた。鮮血はまだ新しく、雪は赤く染まったままだった。鮮血の真ん中には、殺された親のシルバーウルフらしきものが見える。らしきと言うには理由がある。 シルバーウルフは銀に輝く毛皮を剥がされていたのだ。
「まじかよ。皮を剥いだのか!?」
ハリーはぎゅっと拳を握る。ハリーに掴まれていたシルバーウルフの子供が、みいみいとより一層大きな声をあげてないた。

「お前の親か?…密猟にやられたのか。だから、あんな所から出て来たんだな」
そう言い、ハリーは摘んでいたシルバーウルフの子供を自分の懐にそっと仕舞った。
シルバーウルフの子供はクンクンとハリーの匂いを嗅いでいたが、安心したのか丸くなって眠ってしまった。
ハリーはその様子に苦笑しながら、優しく撫でてやる。微かに首を動かし、小さな動物はそれに反応した。
「後でちゃんとお前の親は、埋葬してやるからな。今は先に密猟者を捕まえさせてくれ」

…絶対に捕まえてやるぞ!このユーリアで、もう密猟はさせないぜ!

そう思い、ハリーはクロスボウを握りしめる。

大剣を置いてきたのは痛いが、何とかなるだろう。というより、何とかする!近衛騎士の意地だぜ!

何の因果か猟をそっちのけで、ハリーは密猟者討伐にたった一人で乗り出した。
雪の中うっすらと残る密猟者の足跡を発見し、その後を追う。ハリーはザクザクと雪を踏みしめ、更に森の中へと踏み込んで行った。


□□□□


「さあさ。みんな急いでね。ハリーが猟から帰って来たら、薫製を沢山作るんだからね」
ユーリア自治区執務館の厨房頭のマリーはそう言って、厨房のコックや応援に来ているメイド達をせかした。
冬を越す準備で厨房は最も忙しい時期を迎えていた。皆が各々自分の担当を手早くかたずけていく。
ピクルスやジャムを作ったり、保存のきく食べ物を大量に調理していった。

「マリーさん。この味でいいですか?」
マリーは出された味見皿を口に運び、味を確認する。
「ああ、いいね。これでいいよ」
そう言いながらも、次々と指示を出していく。これから暫くマリーは大忙しだ。

「マリーさーん。ハリーは何を捕ってくるかな?」
調理の合間にコック達はそう言って、ハリーを噂し合った。
「何だろうね?ハリーは時々とんでもないものを捕ってくるからね」
マリーは腕を組み、首を捻る。
「そうそう!この前に頼んだ時は巨大ナマズだったよ!何で森に猟に行って釣りをしてくるんだろうねえ、あの子は?」
「それも体長3メートルのナマズだったよな!あの時はびっくりしたね!」
コック達はケラケラと笑い出す。

「捌くのも一苦労だったよな」
「あはは。ナマズの丸太切りだったな」
皆その時の事を思い出し、クスクスと笑いあう。
「さてさて、今回は何を捕ってくるかね?まともなものだといいんだけどね…」
マリーは今ひとつハリーを信用できず、唸っている。
厨房は暫くの間、朗らかな笑いに包まれたのだった。


□□□□


森は凍るような寒さに包まれていた。
雪が森を白く包んでいる。どこまでも、どこまでも世界は白い。
ザクザクと雪を踏み締め、三人の男達は荒い息を吐きながら、歩いていく。その内の一人は大きな革袋を担いでいた。
男達の吐く息は白く、森は動物の動く気配も無く静かだった。

「大分シルバーウルフの毛皮も貯まったが、もう一匹分は欲しいな」
背の高い男がそう言い、腰に吊るした自分の腕の太さはある大剣に触れる。大剣はカチャカチャと音をたてた。
「そうだな。だが、これでも十分大金になるぞ。一年は遊んで暮らせる」
幾分か背の低い男はそう答えるとポンポンと革袋を叩いてみせる。革袋ははち切れんばかりに膨らんでいる。
「欲張るな、欲張るな」
背に矢筒を背負った最後の男はそう言い、クロスボウを振った。
三人は陽気な口調で語り合いながら、森の中を歩いていく。何しろもうすぐ大金が待っているのだ。
シルバーウルフの毛皮は、宝石と同じ価値で取り引きされていた。毛皮一枚が5カラットのサファイアと同じ価格であった。陽気にもなろうというものだ。

「さて、早く帰って売りにいくか」
大剣の男はそういい革袋を持つ男を見た。
「そうだな。さっさと売ってしまおうぜ!」
「こんな所を見つかったら、これだからな」
クロスボウの男は首を切るジェスチャーをする。
「違いない!」
大剣の男は豪快に合槌をうち、ついで笑い出す。
「ははは!もっとも、こんな所に役人なんて来やしないだろうがな!」
男達は頷き、笑いあった。

「悪かったな。こんな所に役人もどきがいてさ」
ぼそりとそう言いながらハリーが、木立の影から姿を現し男達の前に立ちふさがる。
「!」
「何だ!?」
「役人か?小僧!」
男達はハリーを認め、緊張しながら武器を構えた。
「役人もどきだよ。お前達、シルバーウルフを狩ったな?」
ハリーは確認するために男達に問う。男達は目で合図しながらハリーの武装を探った。

男達はハリーには聞こえないよう小声で確認し合う。
「小僧が一人か」
「殺せるか?」
「クロスボウしか持ってないようだ。任せておけ、楽勝だ」
大剣の男は剣に手を添える。
「殺すのか?」
「見られたのだ。仕方あるまい」
大剣の男は剣を引き抜き、いきなりハリーに斬りかかった。残り二人の男はハリーを逃がさない様に囲い込むと、命を奪おうと武器を向けた。

「!…それが答えかよ!」
ハリーはクロスボウを構えると、矢をセットし、たて続けに男達に打ち込んだ。
矢は空を切り裂き、同じくクロスボウを持った男の腕に突き刺さった。矢は腕を貫通していた。
「ぎゃ」
男は悲鳴をあげ、クロスボウを取り落とす。
革袋を担いだ男も、脇腹に矢を受け、その場にドサリと倒れた。雪の中に、今まで集めたシルバーウルフの毛皮が飛び散る。
そんな仲間の状況に気付いた大剣の男は、ハリーを睨み付けると力任せに剣を振り降ろした。
ハリーはとっさに横に跳び、大剣を避ける。ハリーの予測より、意外に早い剣さばきを男は見せた。

ち。こいつ、騎士崩れか!

ハリーは大剣の男が、何らかの流派の剣術を身につけている事を悟りながら、まだ矢のセットされたクロスボウを投げ捨て、腰の短剣を引き抜く。
そして、ハリーに迫っていた第2撃目を短剣で受け止めた。
大剣の男は驚いてハリーを見る。
「小僧、やるな」
「お誉めにあずかり光栄」
ハリーはそう嘯き、男の剣を流す。二人は雪の中何度も斬りあった。

リーチが全然違う。どうする、俺?そういつまでも、受け流せないぞ。

ハリーは内心冷や汗をかきながら、男の隙を窺う。体力と腕力では男に歩があるようだった。徐々にハリーの息がきれてくる。
大剣の男はそれを見、なお一層激しい打ち込みを行う。辛くも短剣で受け流しながらハリーは舌打ちする。

ちぇ。大剣があったらな。俺の剣ならこんな奴、一太刀にしてやるのに!

ハリーは家に置いてきた自分の愛剣、炎の加護を受けた『フレイムソード』を恨めしく思いながら男の攻撃を流し続けた。
男の剣は鋭さを増し、防戦一方のハリーを追い込んでいく。幾度目かの斬りあいの時、スパッとハリーの胸元が切り裂かれた。
「く」
ハリーは微かに苦痛の声を漏らすが、傷を確認しようともせず、男の剣を受け止め続けた。

そんな時かすかにハリーの体勢が傾き、斬り裂かれた胸元の服の隙間から、小さな動物が転がり落ちる。
小さな動物はころころと雪の上を二転三転し、止まった。突然のことに小動物はびっくりして、みいみいとなき出す。その哀れな声に気付きハリーは慌てた。
「あ。ちび!」
叫び、その小動物、シルバーウルフの子供を左手で掬い上げる。

この状況を男が見逃すはずもなく、ハリーが体勢を完全に立て直す前に、男は剣を振り降ろした。ハリーの目の前に剣の切っ先が迫り、視界に鈍い光が飛び込んでくる。
「!!」
ハリーはその時、死を覚悟した。


□□□□


「今日はここまでにしよう」
ユークに勉強を教えていた老博士がそう告げるや否、
「わーい。お勉強完了だ!」
ユークは執務館の中の自分の勉強部屋で、羽根ペンを手に歓声をあげた。
ようやく長かった勉強時間から解放されたのだ。ほわほわと嬉しそうに羽根ペンを置くと、教科書だった本を閉じ、一目散に、同席し側に控えていたファーンに駆け寄った。
ユークはファーンの服を掴み、嬉しそうに言う。

「ファーン、お勉強が終わったよ。雪遊びしましょう!」
ファーンはユークを抱きかかえると、頷く。
「そうだな。それよりユーク何か忘れてないか?」
「?」
ユークはきょとんとしていたが、思い出したのか慌てて博士に向かって言った。
「お勉強を教えてもらってありがとうございます、博士。また来て下さい」
老博士はそんなユークを見、朗らかな表情で頷く。
「もちろんじゃよ。また来週来るぞ」
「はーい」
ユークはファーンの腕の中で、にっこり笑って応える。老博士の話は面白いのでユークは大好きだった。
極たまに、自分にはわからない事を言うので、その時はちょっと苦手なユークであったが。

ファーンは老博士にいつも通り軽く挨拶すると、勉強部屋を出て行った。
ユークはうきうきとし、服のポケットから仕舞っておいた手袋とマフラーを取り出す。
「何して遊ぶ?」
「うーんとね。最初は雪ウサギを作るの。その後丘に行ってソリをするの」
ユークは遊びの計画を立て、ファーンにねだった。
「ファーンもソリで遊ぼうね」
「ん。…ああ」
今さらソリという年でもないが、ユークに甘いファーンは嫌とは到底言えなかった。
ユークはしっかりと手袋をし、マフラーを首に巻き付ける。
遊びの準備は完了した。ファーンが外へと続く扉のドアを開ける。
外の世界は一面の銀世界だった。


□□□□


「くそ」
大剣の男はそう言い、自分の手首に刺さった矢を見る。男の大剣は雪の中に落ちていた。
男の前にはクロスボウを構えたハリーがいる。
全てが偶然だった。
ハリーが斬られようとしていたその時、自分が投げ捨てたクロスボウがハリーの視界の端に映ったのだ。
ハリーはとっさに拾い上げ、クロスボウの引き金を引いた。元からセットされていた1本の矢が男の手首を貫いたのだ。

「小僧が!」
唸る男を前にハリーは冷静に距離をつめ短剣を振り上げる。
次の瞬間ガッと音がし、男は昏倒した。ハリーが短剣の柄で男の首筋をぶっ叩いたのだ。一瞬の苦痛が男を気絶させた。
ハリーはほっと息をつく。

「危ねー。やばかったぜ」
誰にともなく言い、左手に持ったままのシルバーウルフの子供を懐に仕舞いなおす。シルバーウルフの子供は再び丸くなり、眠ってしまった。
「あ、また寝ちゃったよ」
ハリーは良く寝るシルバーウルフの子供に感心しながら、さて、と周囲を見渡した。
残り二人の男には、戦意はもはやなかった。男達は自分の受けた傷に、苦痛の声をあげるのみだったのだ。


□□□□


「きゃー!」
「わ。わ」
ユークを自分の膝に乗せ、丘をファーンはソリで滑り降りていた。新雪の中に幾つものソリの跡が出来ている。
「わーい!」
ユークはファーンの膝の上で大喜びだった。
「おっとと」
ファーンはおかしな方向に曲がるソリに独り悪戦苦闘していた。

な、何でまっすぐ走らないかな?おかしいな?

「あはは!楽しいね!」
ユークは風を全身に浴びながら笑う。ビュウビュウと吹き流れる冷たい風を気にもしない。

…子供は、元気だ…

ファーンは苦笑を思わず浮かべる。そんなソリ遊びの中、ファーンは雪に埋まった道を自分達の方、つまり執務館に向かって歩いてくる人影に気付いた。

誰だ?

ファーンはソリを止め、様子を見る。
「ファーン?どうしたの?」
ユークが突然止まったソリに驚き、びっくりしてファーンを見た。
ファーンはちょっとなと言いつつ、じっと前方を注視する。

この雪の中一体何事だ?どこかの村が魔物にでも襲われたのか?

ファーンは人影が複数なのを見て取り、最悪の事態を覚悟する。
が、人影が徐々に近くなり、その姿がハッキリとしてくると、ファーンは一気に脱力した。自分と同じ近衛騎士であり、今朝から狩りに行っていたハリーの姿があったからだ。

?あいつ、何してるんだ?狩りに行ったんじゃなかったのか?

どう見ても、二人の男を後ろ手に縛り、クロスボウを構えて雪の中を歩いて来る。ハリーの愛馬、葦毛の背にも同じく縛り上げられた男が載せられているようだ。
一体全体、何故こうなっているんだ?と、ファーンは首を傾げる。
「狩りに行っんじゃなかったのか?獲物はどうしたんだ?」
ファーンは首を捻りながら呟いた。

「あ。ハリーだ。あれれ?ファーン、ハリー何しているの?変な男の人達がいるよ」
ユークもきょとんとした表情を浮かべ、ファーンを不思議そうに窺う。
「あー、何だろうな?」
理由を知らないファーンは、言葉を濁すしかなかった。


□□□□


ようやくハリーが執務館に到着し、密猟者の三人を警護官に引き渡した後、ファーンはハリーから事情を聞いて、驚愕の表情を浮かべた。
「密猟か…。しかも、メスのシルバーウルフだと!?」
「ああ」
ハリーは肩を竦める。
「で、俺つい意地になって、密猟者を捕まえてきたんだよ」
「お前なあ、無茶をするな!今日は、剣を持って行かなかったんだろう?」
「ん。まあな。今度から持参することにするわ」
ハリーは陽気に言い、愛用の武器を持っていかなかった件を誤魔化した。この件を突っ込まれると、非常に痛い。『騎士たる者常に剣を身に帯び、云々』と説教をされそうだったのだ。誤魔化してしまうに限る。

「あ、そうそう。ユークお土産があるんだ。手を出してみな」
ハリーはとことこと自分に駆け寄ってきたユークに、にっこり笑ってそう言う。
ユークは何だろうと不思議がりながら、そっと手袋をはめた両手を差し出した。
ハリーは自分の懐から、シルバーウルフの子供を取り出しユークの手に乗せる。シルバーウルフの子供はみいみい鳴きながら、小さな体を動かした。

「うわあ!これ何?」
ユークは瞳を輝かせハリーに問う。
「シルバーウルフの子供だよ。親が死んじまっててな、保護してきた」
「か、可愛い!!フカフカだ!」
ユークはそんな感想を漏らし、シルバーウルフの子供をまじまじと見る。
「ねえねえ、ハリー。僕が育ててもいいの?」
「あ、それは駄目。俺が育てて森に返すから」
ハリーはあっさりそう言い、ユークの気勢を制した。多分そうくるだろうと、考えていたからだ。とたんにユークは、泣きそうな表情で叫ぶ。
「えー。僕やりたい!」
「んん?だって、ユークに育てられるのか?」
「…うー」
ユークは唸り、考え込む。一生懸命にユークは自分に可能かどうかを考えた。ハリーはそんなユークの態度に笑みを浮かべる。

ユークってやっぱり素直で可愛いな!でも、甘い顔は、駄目、駄目!

ハリーは真剣な表情を造ると、ユークを優しく諭す。
「まだユークには無理だよ。そのかわり、俺の家に見に来てもいいから」
ハリーがあやすようにそう告げると、ユークはかなり悩んでいたようだが、やがてこっくりと頷いた。了解してくらたらしい。
ハリーはほっとして、ユークの柔らかい若草色の髪を何度も撫でた。本当の兄弟のような微笑ましい光景が、雪の中に展開する。

そして、数分後。
「で、結局、肝心の獲物はどうしたんだい?」
厨房頭のマリーは、一段落ついた時そうハリーに尋ねた。とたんに、ハリーは見る間に青くなり叫ぶ。
「あーーーーっ。忘れてた!!」
「……」
マリーは無言の怒りを込め、ハリーの頬を思いっきりつねる。
「だーっ。いってぇーっ!!」
ハリーの悲鳴が雪の中に響いた。
それを見たファーンは溜め息をつき、天を仰いだのだった。

翌日、ハリーはマリーにせっつかれ、雪が残る中を再び猟に出ることになる。


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