幼い男の子が絨毯の上に絵本を広げていた。夜の帳の中、幾つものランプの灯が室内を照らし出している。 若草色の髪の幼子は、お気に入りの絵本をいつものように眺めていた。 幼子の側には年老いた老婆がいる。柔らかな眼差しで幼子を見つめていた老婆は、そっと幼子に声をかけた。 「ユークや。こっちにおいで」 老婆は手で幼子を招く。幼子は呼ばれ、嬉しそうにトコトコと駆け寄って行った。肩に掛けられていたブランケットがフワフワと揺れる。 「なあに? おばあちゃま」 ユークは老婆を見上げる。 「新しいご本をあげようね。これは大事にするんだよ。とっても大事な物になるのだからね」 老婆はそう言うと、金に縁取られた古びた皮の本を差し出した。本の表紙には『ユーリア憲章』と書かれている。ユークは紅葉のような両手で本を受け取った。 「おばあちゃま、このご本すごく古いです」 しげしげと本を眺めてユークが呟く。 「ああそれは……おばあちゃまが小さい頃に父から譲られたものだからね」 「おばあちゃまのおとうちゃまから?」 「ああ。そうだよ。開いてごらん」 老婆はそう言いユークに本を開かせる。ユークは物珍しく感じながら本を開いた。 皮の本の中にはびっしりと文字が埋まっていた。ユークは目を丸くする。到底ユークに読めるものではなかったからだ。 「おばあちゃま。僕読めません」 老婆は朗らかに笑う。 「今のユークには無理だね。この本はこれからお前が読むべき本なんだよ。少しずつゆっくり読みなさい」 「これから?」 ユークはきょとんとして老婆に聞いた。 「そうだよ。ユークが沢山の文字を教わってから読むんだよ」 老婆はユークの頭を撫でながらそう言う。ユークは素直に頷いた。 「でも一つだけ先に教えておこうね。このページの……」 老婆は言いながら、ユークの持つ本の最後のページを開いた。そこには黒いインクで塗りつぶされた箇所があった。 「おばあちゃま、ここ潰れています」 老婆は微笑みながらユークに答える。 「いいんだよ。そこには内緒の言葉があるんだよ」 「内緒の言葉?」 「ああ、そうだよ。おばあちゃま達にずっと伝わってきた言葉があるんだ。他の誰も知らない、おばあちゃま達だけが知る言葉がね」 「うわあ。本当に?」 驚くユークに老婆は黒く塗られた箇所を指し示しながら、良く通る声で言った。 「天の扉は我らと共にあり、そして我らと共に消える」 ユークは首を捻った。 「? あの、おばあちゃま。意味がわかりません」 「おや、そうかね?」 老婆は微笑みながらユークの頭を撫でた。 「ユークや。お前が産まれた時、お前の母から引き継いだ物がお前の中にはあるんだよ。天の扉と呼ばれる大切な神様からの預かり物がね」 「天の扉ですか?」 「そうだよ。この言葉はね、誰にも言ってはいけないんだよ。おばあちゃまとユークの二人だけの秘密だからね」 「はい。おばあちゃま」 ユークはふんわりと笑いながら、そう答えた。老婆は優しくユークの髪をなでる。 「決して忘れないようにね。いいね、ユークや」 「はい。おばあちゃま」 ユークは嬉しそうに老婆に甘えている。ランプの灯が優しく二人を包んでいた。
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