掲示板小説 オーパーツ99
遠慮なくやっちゃいな
作:MUTUMI DATA:2005.5.18
毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


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「何ともないんならいいんだけど……」
 言いながらも、一矢は大きく両手で丸のサインを出した。全員所定の場所、オーディーンの手の平に乗ったという合図だ。
『動かすよ』
 ニノンが短くコメントする。ガクンと足下が揺れ、手が水平に上がった。次いで三人が落ちない様に、オーディーンの指がゆっくりと内側に曲げられる。
 それでも人が乗るには隙間の有り過ぎる空間だったので、振り落とされない様に三人は手の凸起部分、関節のでっぱりに手をかけ掴まった。
『落ちるなよ』
 なんとも薄情なニノンの声が再び響く。

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 この調子なら本当に落ちたとしても、「あ、悪い」で済ますかも知れない。何となく三人はそう思った。いまいち不安の残る救い手だが、今は信頼するしかない。
 ニノンの意思を受けて、オーディーンの翼が夜空に開く。ホバリング状態だった機体がゆっくりと滑り出した。冷たい夜風がビュウビュウと頬を撫でる。オーディーンは三人を手に乗せたまま、敵船から離れて行った。あっという間に黒煙が遠くなる。
「脱出成功っと。後は……太白次第か」
 指の隙間から敵船を眺めつつ、一矢が呟く。その眼差しに迷いはない。
「鈴ちゃん、パイロットスーツに内蔵されている通信機はまだ使える?」
「ええ、使えるわよ」
 ひとり百面相を終えた鈴が一矢に右手を差し出した。鈴の着ているパイロットスーツの右袖部分に、通信機が内臓されている為だ。
「ちょっと使うね」
 言いながらも一矢は手慣れた調子でそれを動かす。音声のみでしか通信は出来ないが、それでもないよりはましだ。
「こちら桜花。太白聞こえる?」
 鈴の手に向かって話し掛けるという、一見したらやたらおかしな構図にも関わらず、一矢はかなり真剣だった。ややして聞き取り難い声が通信機から漏れ出た。
『こちら太白、聞こえてまっすよ』
 ロンジーの安堵が入り交じった声音に、一矢は知らず笑みを漏らす。一応それなりに心配してくれていたのが推測出来たからだ。

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「【30ー30】(ロンジー)、【08】(しらね)に伝言」
『攻撃再開っすか?』
 皆迄言わずともロンジーが聞き返してくる。
「当たり。遠慮なくやっちゃいな。重力ブラストも中和フィールドも潰したから」
 さらりと告げると向こうで口笛の音が聞こえた。
「【30ー30】口笛吹いてる間に復唱しなって。そういうの悪い癖だよ」
『h。す、すみませ〜ん』
 ごにょごにょと謝りつつも、ロンジーがしらねに向かって復唱する。それを片耳で聞きながら、一矢はオーディーンの手の隙間、親指と人指し指の間から遠ざかる敵船を覗き見た。
 オーディーンは急速に敵船から離れて行く。距離凡そ3000。これだけ離れれば敵船の爆発に巻き込まれる事もないだろう。
 ニノンを援護する為に敵船の武装を殺して回っていたマリも、自分の役割は終わったと判断したのか、ちゃっかりニノン機の後をついて来ている。敵船の周りには憂慮すべき味方はもういない。
 潰すなら……今だな。
 絶好のチャンスを前に一矢は冷静に思考した。その声が聞こえていたのかどうかわからないが、次の瞬間太白を含む艦隊は攻撃を開始した。

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 艦隊からの一斉攻撃に夜空が白く染まる。オーディーンを避ける様に、プラズマの光が交差する。  一瞬後の爆音と光。艦隊の狙いは正確だった。全弾が敵艦にヒットしている。
 敵艦の枝のようなオブジェ、制御枝が激しく折れ千切れた。中央に位置する円形のユニットも一部が破損している。攻撃が当たった部分からは、炎と煙りがあがっていた。夜目にも赤い炎は良く目立つ。ユラリユラリと揺れる炎が風に煽られ左右に舞っていた。
「命中〜」
 ニッと唇を釣り上げて一矢が呟く。グロウも鈴も、何時の間にか一矢の隣から顔を出し味方艦隊の攻撃を眺めている。やる事がないのでこの辺り、完全にデバ亀だ。
「当たってはいますが……」
「敵船が大き過ぎてダメージがわからないわね」
「大丈夫、大丈夫」
 ヒラヒラと右手を振って一矢が二人の杞憂を笑い飛ばす。
「連続来るから」
 その言葉が終わらない内に、再び味方艦隊が火を吹いた。プラズマの一斉掃射が遠慮なく叩き込まれる。防御のなくなった敵船に、プラズマの塊は次々と吸い込まれて行った。
 ドン、ドドン、ドン。
 絶え間ない爆発の音が木霊し、打ち上げ花火の様に響いた。小さな爆発光が一直線に伸びる。茜色の炎が全てを焼き尽くすかの様に踊った。

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 艦隊による攻撃はなおも続く。太白及び僚艦の充填されたプラズマエネルギーが切れる迄、プラズマは次々に打ち込まれた。その度に敵艦の装甲が爆発し、フレアの様に火花が中から吐き出される。
 さぞかし中は大変な事になっているだろう。地獄もかくやという惨状のはずだ。プラズマが直撃した部分は数千度の熱と炎に舐められるし、電子機器類が誘曝する。
 かろうじて直撃を外れても逃げ場はない。一酸化炭素や化学反応物質が室内に急速に充満するからだ。正常なら空調装置や除去装置が稼動するが、今は一矢によって破壊されている為それもままならない。せいぜい隔壁を手動で降ろし、ブロックを閉鎖するぐらいしか出来ないだろう。
 艦隊勤務、もとい宇宙船暮らしの長かった一矢にとって、そういう光景は手に取る様に想像出来るものだった。
 いっそ投降すればいいのに……。
 船を潰しジェイルを始末する気はあっても、皆殺しまではする気のなかった一矢はそう考える。投降すれば逮捕するだけ、その単純な事実を何故か何時も敵は忘れる。そして突っかかった挙げ句、一矢に殲滅されてしまうのだ。
 星間軍だからって、力押しばっかりじゃないんだけどな。僕だっていい加減、敵の生存者を増やしたいよ。
 集中攻撃に喘ぐ敵船を見つめながら、一矢はそっと溜め息を漏らす。だが……。
 だ〜めだ。投降する気配ないよ。
 やる気満々でマニュアルでの散発的な攻撃を敵船が始めた事を知り、一矢は甘い考えを捨てた。
 仕方ない。落とそう。



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