掲示板小説 オーパーツ98
白露の制御を糺せ
作:MUTUMI DATA:2005.5.18
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


486

「縮む……だって? 何を馬鹿な事を言ってるんだ」
 笑い飛ばした同僚の胸ぐらを掴み、クルーが自身の端末を指し示す。
「あれを見ろよ! 外に向かっていた制御枝が内側に折れてるだろう!?」
 言われ、何人かが端末画面を覗き込む。クルー達が乗る不思議な形をした宇宙船、中央の球体を囲む様に配置された枝のような茨のような骨組が、何故か途中からぐにゃりと曲がっていた。花がしおれる様にくたりと中央に向かって頭を垂れている。
「さっきの攻撃で破損したんじゃないのか?」
 その反論に、
「違う。良く見ろ」
 クルーは短く吐き捨てた。全員が注視する中、枝のような骨組みは見る見る内側に折れて行く。徐々にゆっくり、そして大胆に。
「なっ!?」
「おい、これ!」
 驚愕の表情が広がる。
「わかっただろう!? この船は縮んでいる!」
 ざわめきを宥める様にジェイルの声が響いた。
「縮む……か。原因は?」
「白露の制御の失敗ではないかと」
 クルーは些か自信なさ気に答えた。
「白露が?」
 ジェイルは眉を寄せた。
「根拠は?」

487

「その……」
 言い淀み、クルーは混乱する頭を整理しつつ答えた。
「制御枝が、白露が及ぼす時空間剥離現象を補助している事は御存知かと思いますが……」
「ああ、それが?」
「この船がワープを行えるのは時空間を制御する物質、白露の力を外に向かって放てるからです。船の外側の空間を少しずらすことによって、この船はワープを行います」
 だから何だという顔のジェイルに向かって、クルーは決定的な言葉を放つ。
「それが今は内側に向かって放たれているんです」
「は?」
「え。おい」
 同僚のクルー達が引き攣った顔を晒す。
「外に向かうはずの力が中に。だから艦が縮んでいるんだよ!」
 向かうはずだったのは外の空間。けれど現実には宇宙船の中に向かって時空間を動かず力が働いている。そうなればどうなるのか、理数の苦手な者でもわかる。
「つ、潰れるのか!? 艦が!?」
 一際大きな声に皆が言葉を失った。中へ中へと入り込む力の行く末は……。空間に押しつぶされる艦の姿を想像し、誰もが顔色をなくした。
 だがたった一人冷静だった者もいる。怒りの弾けてしまったジェイルにとっては、今更の危機感なのだ。とうに恐怖は麻痺している。だから、
「白露の制御を糺せ」
 無謀とも言える命令を発せた。

488

「ジェイル様、それは……!」
 髪を乱し、クルーが叫ぶ。
「現状では無理です! 艦のシステムそのものが潰されているんです! 到底修復出来るはずが……」
 反論を述べようとしたクルーの胸に、ジェイルが人差し指を突き付ける。
「自動制御のラインをケーブルごと切れ。後は人力で放出ラインの方向を変えろ。それぐらいは出来るだろう? ラインが糺されれば、この艦はワープして逃げ出せる」
「? あの、ワープの制御機能は壊されていますが……」
「無論承知している。だが白露の産み出す歪みを利用すれば、制御は出来ずとも空間を跳ぶ事は可能だ。最も目的地が絞れないランダムワープになるだろうがな……」
「!!」
 総員の目が恐怖に見開かれ、口元が引き攣った。その動揺をジェイルが冷ややかに見下ろす。
「なんだ、お前達。星間軍に殺される方がいいのか?」
「あっ」
「い、いえ!」
 冷たい現実を目の前に突き付けられ、クルー達は我に返る。
 そうなのだ、ここで逃げなければ殺されるのだ。星間軍に。ランダムワープで死ぬかも知れない恐怖と、星間軍に確実に殺される恐怖。どちらがまだましなのか……秤にかける迄もない。
「た、対処開始します!」
 震える声が、ジェイルの指示を選択した事を伝えた。

489

 太白からの通信を切ったニノンは、直ぐさま行動を開始した。チームメイトの鈴、並びに一矢、グロウを回収する為だ。
 ニノンは中空でドックファイトを継続中だったが、あっさり戦いを放棄し数千メートルを上昇した。後を追いかけたグラスコスはパワーに負け、少しづつ引き離されて行く。
「バイバイ坊や」
 そんなふざけた事を言いつつ、ニノンの愛機は眼前に広がる雲を突き破る。分厚い雲を抜け、ニノンは夜空を駆けた。遅れて、チームメイトのマリの機影が追いかけて来る。ニノンは手をのばし、マリとの直通回線を開いた。
「聞いた? マリ」
「ええ。この耳で」
「猪突猛進の鈴も困ったもんだよな〜」
「全くよ」
 マリが含み笑いをしながら頷く。
「良くも悪くも鈴らしいっていえば、らしいけどさ。ケツ拭くこっちの身にもなれって」
 ニノンの愚痴はなかなかどうして辛辣だ。マリはくすくす笑いつつも、油断なく辺りを探った。グラスコスがどこかに潜んでいるかもしれないからだ。
「お説教は後にしましょう、ニノン。敵船の攻撃範囲に入ったわ」
 どこかシビアな眼差しをし、マリは告げる。
「ああ、大丈夫なはずだよ。武装は死んでるって話だっ……」
 呑気に構えるニノンの脇をレールガンが擦って行く。
「……たし。って、一部活きてるじゃないか〜」
「マニュアル攻撃よ。いいわ。こっちで潰すから、ニノンはそのまま進んで」
 平行して飛んでいたオーディンの1機、マリ機が戦列から離れる。翼がゆっくりと斜に風をきった。
「了〜解」
 ニノンはマリに後を任せ、太白から指定のあった辺り、丁度太白のプラズマ砲の当たった部分になるのだが、その部分に向かって加速した。モクモクと立ち上がる黒煙を目掛け、一気に機体を寄せる。
 壊れた壁を更に風圧で飛ばしそうになりながら、ニノンは目的地で一気に減速する。オーディンの背後の翼が急激な減速に、金属摩擦特有の悲鳴をあげた。



『おっ、いたいた。皆無事だね!』
 モクモクと上がる煙りの外から、場に似合わぬ朗らかな声が掛けられる。黒煙の向こうから、巨大な金属の手がボロボロの状態になった室内にのばされた。金属製の巨大な手は繊細な動きで目差す人影の前に止まる。そこには凸凹の三人の人影……。
『ほら、急いで』
 ニノンの声が三人を促す。
 太白によるプラズマ砲での攻撃。ピンポイントヒットした光が通過した後には、混乱と破壊しか残らなかった。
 丁度敵兵のいた辺りをプラズマの光は平らげている。数分前迄生きていた者も、攻撃された事も知らず一瞬で蒸発していた。跡形もなく、骨すら残らずに。

490

 何故自分達が生きていたのか、どこか釈然としないものを感じながらも、目の前に降りて来たオーディンの手の平を鈴は見上げる。
「ニノ〜ン!」
 感動して手を振ると、
『さっさと乗りな!』
 あっさりと怒られた。
「鈴ちゃん、ニノン機嫌が悪いみたいだね」
 一矢が苦笑を浮かべながら、オーディンの手に最初によじ登る。次いでグロウが上がり、上手く登れなかった鈴はグロウの手で引っ張りあげられた。
「済みません、色々」
 迷惑をかけまくっていると自覚があるので、恐縮する鈴だったが、グロウは気にしていないのか幾分か柔らかい笑みを向ける。
「別に大した事ではありませんよ。気になさらずに」
「あ、はい」
 そう言われて鈴は素直に頷いた。
 グロウさんって、ほんのり少し優しい気がする〜。桜花も優しいけど、なんかグロウさんって桜花より大人な感じが漂ってるし。桜花が可愛い弟なら、グロウさんって……。
 ぼぼぼぼっと、鈴の顔が赤くなった。
 うわ〜、うわ〜。
 空転する頭をブンブン振る。
 な、何考えてるんだろう私! それどころじゃないのに〜。
「鈴ちゃん?」
 一人百面相をしていた鈴に一矢が声をかける。
「大丈夫? さっきから顔色がコロコロ変わってるけど?」
「えっ!? う、うん。勿論大丈夫よ!」
 不覚にもグロウの事を格好良いとか思ってしまっった為、乙女モードに入りかけていたが、一矢の声で鈴は我に返った。
 そ、そういう事考えるのは後にしよう! 今は仕事が優先! ……だって気のせいかもしれないし。



←戻る   ↑目次   次へ→