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機密ですか
作:MUTUMI DATA:2005.5.18
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 導き出された結論は非情だ。
 情けをかけてこっちがやられたんじゃ目も当てられないしな。……それにこっちだって全然余裕なんかない。
 攻撃を加えている太白と僚艦の小さな機影を目の端に留め、随分無理をしていると思った。勢い良く一斉に攻撃は繰り出されているが、いつもより艦隊の攻撃にムラがある。データリンクがほんの僅かに切れているようだ。だから各艦の攻撃に少しだけばらつきがある。
 致命的なミスは産まないだろうけど……。誤差が砲撃を狂わせている。
 そう一矢は判断した。やはり最初に受けた敵艦からの攻撃が、軽微とはいえ艦船を破損させたのだろう。外観は何の損害もないが、内部の電子回路が一つ二つとんだのかも知れない。
 大した破損じゃないけど……さ。
「でも、不味いだろ」
 艦隊のメンテナンスにまた金がかかるし、それより何より……破損を知ったボブが胃炎を引き起こす……。
 先の予想が目の前に一気に広がり、一矢は頬を引き攣らせた。胃薬片手に説教をする副官。気が遠くなりそうな程滅入る光景だ。
 絶対それは嫌だ〜。回避だ回避! 断固回避!
 心の中で拳を作り握りしめる。

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 胃薬はともかく、説教だけは阻止しなくちゃな。だってボブの説教長いし……。
 どっちが上官なのかわからない状況だが、それが可笑しいとは思わない。ずっと一矢とボブはそういう友人関係だから。
 最初の出会った頃はともかく、最近ではお互い手も出るし口も出る。悪友、共犯者、そんな言葉が似合う今日この頃だ。
「という訳で僕も参加しよう!」
 何が?という顔を鈴とグロウが浮かべたが、一矢は無視し右手を前に掲げた。
「桜花?」
「あの、何を?」
 二人は素朴な声をあげる。
「何って、援護」
 一矢の答えは短い。会話を続ける間にも、掲げた右手にゆっくりと力が集まる。一矢の右手に向かって周囲からフワフワと光の粒が集っていった。

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 細い指先に小さな光が灯る。フワフワと漂う光の流れ。一矢の周囲から光は沸き上がり、ゆっくりと指先へと集まって行く。
 初めは螢のような小さな輝き。だがやがて、それは電球の明かり程となり、流れは加速した。
「な、何!?」
 目を丸くして鈴が一矢を見つめる。鈴の目と鼻の先で、一矢が瞳を瞬かせる。長い睫に隠された焦げ茶の瞳に、一瞬不可思議な紋様が浮かんだ。記号のような文字のような字体が。
「あれ?」
 それに気付いた鈴が奇妙な声をあげる。グロウも驚いて小さく息を飲んだ。一矢はそんな二人の態度を気にもとめず、右手に集った物を解き放つ。
「いっけぇ!」
 気合い一閃、光が一矢の右手からうなりをあげて消えた。

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 解き放たれた力はまっすぐに敵船へと向かう。味方艦隊の攻撃の間隙を衝き、光は敵船を彩る骨格標本のような枝状の物体、制御枝に当たった。
 ドォォン!
 プラズマ砲がヒットするよりも激しい音がし、制御枝が四方に吹き飛ぶ。バラバラと破壊された枝が、重力に引かれ暗い海面に落ちて行った。
「ち。ずれた」
 遠く離れたオーディーンの手の上でそれを見ていた一矢が舌打ちする。どうやら骨格のような枝ではなく、中央の球体部分を狙っていたらしい。
「風に揺れた……か?」
 外れた原因をそう分析し、ならばともう一度右手を掲げる。
「次はもう少し大きい物を!」
 サフィン、出し惜しみをするな! お前の力を使う方が僕は楽なんだから、もう少し力を貸せ!
 嫌がる様にごねる意識を頭の中でねじ伏せ、一矢は自分の右手に力を集中させた。一矢の体に巣食うサフィンから産み出された力が右手に集まって行く。

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 ナノ結晶体であるサフィンが稼動する結果得られるエネルギーは、一矢の右手で巨大な光となった。キラキラではなく、ギラギラと夜の闇の中で激しく自己主張する。
 光に照らされ露になった一矢の瞳には、先程と同じく不思議な紋様が浮かんでいた。それを認め、驚く程真剣な顔をしてグロウが一矢に声をかける。
「あの……目が」
 何と言ったらいいのかと躊躇うグロウに、一矢が視線を向ける。
「目?」
「いえ、その……目の中に紋様が……」
「ああ」
 これかと、右手に光を集ったまま一矢が薄く笑う。見とれる程綺麗な顔が何故かスッと表情をなくした。先程迄は生き生きとしていたのに、今はガラスの様に硬質だ。
「サフィンと接触しているからね。あれとコンタクトすればどうしても出る。そういう造りらしい」
「は?」
 目を瞬いてグロウは首を傾げた。
「……知る必要なんてないんじゃない? 言っておくけれど、その辺は星間軍の軍事機密だよ?」
 分厚い星間軍の機密ベールを緋色の人間にそうやすやすとは明かせないと臭わせ、一矢は口を閉じた。
「機密ですか」
 まさかそんな風に言われるとは思っていなかったが、グロウは大人しく引き下がる。
「それでは仕方ありませんね。聞かなかった事にして下さい」
「ああ、そうするよ」
 ーーーお互いの為にな。
 その一言は心の中でだけ呟き、一矢はグロウから視線を外した。再び敵船を見つめ右手に集った力を放とうとし、ふと気付いて眉を寄せる。



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