掲示板小説 オーパーツ101
……あの男は頭が良い
作:MUTUMI DATA:2005.5.18
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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一矢の額に皺が寄った。知らず柳眉が吊り上がる。
「……最悪だ」
 吐き出された言葉は短い。けれどその中にはいつにない危機感が込められていた。危機を屁ともしない一矢にしては物珍しい事だ。
「最悪?」
「何が?」
 グロウと鈴が一矢の横に並び、視線を敵船に向ける。遠く離れているが敵船が巨大な為、辛うじて肉眼でも確認出来た。しかし……。
「別に変わった所はないように見受けられますが?」
「うん。沈みかけてはいるけど、そういう意味じゃないでしょ?」
「ああ」
 鈴の言葉に頷き、一矢は右手を軽く振って集めた力を散らす。ふわふわとシャボン玉の様に光は散り、虚空へと消えた。集められたエネルギーは一瞬にして還元される。
 それを見届け、一矢は本当に嫌そうな顔をしながら事情を二人に説明した。一矢が最悪だと感じた、その理由を。

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「あれ……縮んでない?」
 そう言って示すのは敵船。険しい目付きで一矢は宇宙船を睨み付けている。
「え?」
「何を言って……」
 否定しようとしたグロウは敵船の外郭、骨格標本のような枝が内側にグニャリと歪むのを見た。
「あ!」
 鈴が両手で口元を押さえる。
「今ぐにゃって……なった?」
 見た物が信じられなくてグロウの顔を見上げると、グロウもまた呆然としていた。堅い強固な宇宙船の装甲が飴の様に歪んでいく。目を擦りたくなるような光景だ。
「縮んだ? いや、内側に潰れた?」
 どう表現すればいいのか躊躇うが、それが起こった事に間違いはない。三人揃って幻覚を見るはずがないからだ。
「どういうことなんですか?」
 理由を知りたくて一矢に尋ねると、小さく肩を竦められた。
「桜花」
 不安そうな声を鈴があげる。グロウも真剣な眼差しをして一矢を見ていた。二人に見つめられつつ一矢は沈黙を保っていたが、やがて観念したのか両手を軽く上げ降参の印を送った。それを見て鈴がくいつく。
「桜花、知っているのならちゃんと説明をして!」
「……論拠はないんだけど」
「いいから!」
 怒った様にそう言われ、一矢は白旗をあげた。女性に強く出られると、どうも逃げてしまう傾向が染み付いているようだ。まあそれは、星間連合総代イクサー・ランダムの長年の植え込みでもあるのだが。
「たぶんね暴走してる」
「暴走?」
「うん。あの船は時空間を操作してワープが出来るんだけど……。それが多分狂ってる。本来なら外に向かうはずの力が、中にかかってるんだと思う」
「は?」
 ポカンと口を開けて鈴は聞き返した。

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「えっと、つまり?」
「ワープシステムが破綻し、作用点から空間が内側に引き摺り込まれてる」
「……訳すと?」
 鈴の言葉に一矢は肩を竦めた。
「圧縮される空間に船の装甲が耐えられず、自己崩壊を始めたって感じかな」
「崩壊を……?」
 巨大な敵船を見つめて鈴が信じられないと呟く。一矢の言っていることの意味はあまり良く飲み込めなかったが、敵船が沈みかけているのは理解出来た。
「じゃあ私達物凄くラッキーなのね」
 余計な攻撃をしなくて済むと浮かれた鈴に対し、一矢が無言で首を横に振る。
「その逆。どこまで空間が潰れるかわからない」
「え?」
「あの船だけで済むとは、到底考えられないんだよ」
 言外に空間の崩壊は敵船だけでは終わらないだろうという考えを滲ませ、一矢が漏らした。その声にはいつになく緊張感が滲んでいる。

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「時空間を制御するのは簡単な事じゃない。生半可な理論や技術でやってると、とんでもない事になるよ。大体僕らですら本能の領域の話で……」
 言いかけ、はたと押し黙る。
「桜花?」
「……やばっ。もしかしてもしかすると、もしかする?」
 ブツブツと謎の言葉を吐き出し、一矢は親指を噛んだ。敵船を見つめる瞳には強い懐疑心が宿っている。
「確かにあれのワープシステムは潰したけど……、確かあの船の設計図には……。ラインが……」
 暫し黙り込み、何かを思い出したのか瞳を細める。
「ああ、やっぱり! 上手く誘導すれば機能が復活するかも。空間はもう歪み始めてるんだから……。うわぁ、あの辺を弄ったらいきそう……」
 思いっきり顔を歪めて一矢は心底嫌そうに敵船を眺めた。
「どうしよう下手したら逃げられるかも」
「え? 逃げられるの!?」
 敵の逃走という言葉に反応し、思わず鈴が聞き返す。
「確率的には低いけど、ジェイルがそれに気付いていたら可能性はあるかな」

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「それって?」
「空間の歪みを糺す方法……早い話が休眠中のラインをいじってシステムを手動で動かし、内に向いている力を外に向かわせる事が出来れば、ワープが可能になる。もっとも座標指定の出来ないランダムワープになるだろうけど」
 厳しく、難しい顔をする一矢から視線を反らし鈴が敵船を眺めた。暗闇の向こうに、味方艦隊からの砲撃で照らし出された船影が見える。
「それって瞬時に可能なの?」
 本当に出来るのかと、疑問を口にするが、傍観していたグロウが吐息を一つ漏らして答える。
「敵も死にたくないでしょうから、全力で対応するはずです。……出来る出来ないではなく、しなければ船は空間の圧縮で潰されますから」
「ジェイルは気付いたと思う?」
 言いながら一矢が視線をグロウに向ける。
「……あの男は頭が良い。船を放棄して逃げ出す様子はありませんから、恐らくは」
 ジェイルの側近く迄潜入していた経験のあるグロウはそう言って言葉を濁した。一矢自身情報部の資料ファイルで見たジェイルの性格を思い出し、まず間違いないだろうと確信する。
「それでどうするの桜花?」
「勿論、阻止するに決まってるじゃないか。ここまでして逃げられるなんて嫌だもん」



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