掲示板小説 オーパーツ94
お待たせ
作:MUTUMI DATA:2005.3.22
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 ただただ反射的に反復行動を繰り返すだけだった。たった二人での防御は、グロウの想像より遥かに大きな負担を強いていた。両手に持った銃が自棄に重く感じられる。
 突入しようとした敵兵の太股にレーザー弾を撃ち込み、痛みで倒れる敵の背後へ向かって乱射する。あおりを喰らって周辺で幾つかのくぐもった悲鳴が聞こえた。
 足から血を流し倒れた敵の体が仲間によって引き摺られ、入り口の向こうへ消える。手当てを急げと言う指揮官の声が、銃撃の合間にうっすらと聞こえてきた。

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 そんな喧噪をBGMにしながら、グロウは敵の攻撃の合間を縫って応戦する。盾とした機械装置を抉る様に着弾するレーザーが、幾つもの光となって目に焼き付いた。
 徐々に狭まる包囲網にグロウは内心強い危機感を抱いていた。グロウの兵士としての勘と経験が、先がない事を知らせていた。このままでは制圧されてしまうだろう事を。
 ……駄目だ。包囲が狭まって来た!
 滲み出る汗を手の甲で拭い、グロウはギリッと歯を噛み締める。
 打開策が思いつかない! 一体どうすれば良いんだ!?
 はやる心を意思の力で押さえ付け、狙いはともかく果敢に応戦する鈴と、電子の空間に潜ったままの一矢を見る。鈴に対してはハラハラした危なっかしさしか感じなかったが、一矢に対しては何故か何かを期待してしまう。一矢が何とかしてくれるのではないかと。
 甘い空想や妄想の類いはグロウの得手するところではないが、一矢が高位能力者であるという事実がグロウをしてそんな期待を抱かせる。高位能力者は勿論人によるが、常識外れの事を平然と成してしまう時があるのだ。
 特に神殺しと呼ばれるフォースマスターやその配下のフォース達、またはリバースと呼ばれる生還者達は。

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 一矢がどのクラスの能力者なのか聞いた事はないが、かなりの上位ランクなのは明らかだった。何しろ宇宙船の放つプラズマを防げるぐらいなのだから。
 ……だが今は。
 両手にレーザー銃を持ち、僅かな差を意識して交互に連射する。光が敵兵へ吸い込まれて行った。
 援護は期待出来ない!
 狙い定めた地点へと続けてレーザーを放つ。敵兵が手に持っていた催涙弾が白煙をあげて爆発した。モクモクと煙りが周囲を白く染める。
 ギリギリで催涙ガスの影響下から逃れていたグロウは、目尻を押さえ慌てて退避する敵兵の姿を白煙越しに感じ取った。
 よし。これで少し時間が稼げる!
 僅かとはいえ再び一息つけるのだ。グロウはその隙にレーザー銃のエネルギーパックを交換する事にした。
 レーザー銃のグリップをスライドさせるように開け、残量の少なくなったエネルギーパックを取り出す。次に腰のポケットからマッチ箱程の大きさの物、新しいエネルギーパックを取り出し、空いた部分に挿入した。
 最後にグリップを元の位置に戻し、グロウは交換が完了した銃を床に置く。残りの一丁も同じ要領で交換し再び両手に銃を持った。

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 催涙ガスが船の大気浄化システムにより分解され始めた頃、入り口を見張っていた鈴が悲鳴にも似た声をあげた。
「グロウさん!」
「!」
 ハッとして視線を転じれば、入り口から何か黒い物がうようよと中に侵入して来ていた。幼稚園児並みの背丈の物体が蠢いている。
「ひっ」
 生理的な嫌悪感からか鈴が声を飲み込む。
「Doll!」
 正式な型番は忘れたがその姿形は違えようもない。Dollナインと呼ばれる蜘蛛型のマシンの小型版だった。蜘蛛に良く似た黒色のDoll達が、一斉に動き出す。Dollの赤い目が点滅し、一つの生き物の様に長い足を動かし個々にリズムをとった。
「き、きっ。気持ち悪いーーーーーーっ!!」
 鈴の悲鳴が合図だったかの様に、Doll達は床や壁を這い一斉にグロウ達に襲いかかった。鳥肌をたてながらも鈴が応戦する。グロウも両手のレーザー銃を構えたが多勢に無勢、あっという間に自己のテリトリーに侵入される。
 くそっ! 早い!
 連射で何体も仕留めるが、Dollは後から後からきりなく沸いて来る。人間とは違い痛みも感情もないので幾ら壊しても怯む様子がない。
 ここまでか!?
 Dollが相手では流石のグロウもこれ以上は何も出来ない。レーザー銃二丁ではどうしようもないのだ。
「ひっ! ……グロウさ、っん!」
 周囲を完全に囲まれた鈴が悲鳴をあげる。Dollの赤い目が視点を合わす様にクルクルと回った。時間にして数秒、鈴の全身に赤い輝点が浮かぶ。Doll達からマークされたのだ。逃れられない状況に鈴が大きく目を見開く。
「!」
 鈴の状況を見、慌てて反応しようとしたグロウの胸にも同じ印が浮かんだ。
 こっちもマークされたのか!?
 避けようとした次の瞬間には、鈴と同じ様に全身にマークが浮かんだ。
「しまった!」
 思わず言葉が口をついて出る。Dollに内臓されたレーザー砲門が一斉に開いた。短い砲身から淡い光が立ち上る。グロウは次に訪れるであろう衝撃に身を堅くした。

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 マーク、つまりDollの目標追尾機能による赤色ポイントは容易(たやす)くは外れない。動的に動く物体に対しては90%の補正機能を発揮するのだ。躱そうとしても躱せる物ではない。数十体のDollから狙われては逃げ場などあるはずがなかった。
「……お、桜花っ!」
 鈴が思わず一矢の名を叫ぶ。鈴もグロウもマークされてしまっている。せめて一矢に事態を知らせようと思ったのだろう。鈴の恐怖に満ちた声が続けた。
「逃げて!」
 鈴こそ逃げなければならないのに、Dollに囲まれたまま鈴が叫ぶ。
「Dollよ!」
 その悲鳴とDollの砲身が火を吹くのが重なった。鈴とグロウに無数のレーザーが迫る。
 恐怖で動けない鈴の心臓が音を発てて早まる。硬直したような白い手が、体を守ろうとするかの様に鈴の顔の前で交差した。
 無数の光が覚悟を決めていたグロウの目にも飛び込んで来る。反撃を放棄出来ない心が自嘲気味な文句を吐き続けた。こんな所で死ねるかと。
 どうしようもない諦めが二人の顔に浮かんだ時、肉体に着弾しようとしていた光が二人の体から弾かれた。花びらのような幕が八重に二人を包み込んでいる。
「!」
 ハッとしてグロウが一矢の方を振り向くと、コードを腕から抜き取る一矢と視線が合った。
「お待たせ」



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