掲示板小説 オーパーツ93
あなたは下がって
作:MUTUMI DATA:2005.3.22
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 鈴の相手をする余裕も暇もグロウにはないのだ。制圧した敵から奪ったレーザー銃を両手に構え、押し入ろうとする敵部隊を押し止めるのが精一杯だった。
 狭い入り口なのが幸いして、敵は数で押し通す事が出来ない。それに、ここが船内なのも幸いした。敵の部隊は大型火器が使えないのだ。出来得るなら敵だとて無傷でここを取り戻したいだろう。
 バシュ。
 短い音と共に押し入ろうとしていた誰かが倒れた。男か女かすらも判らない。投げ出された足がくの字に曲がっていた。
「グロウさん!」
 鈴が叫び、足下にコロコロと転がって来たボール状の物を手に取る。
「投げ返せ!」
「!」
 短い応答に鈴は機敏に反応する。心は怖がっているが、体の方はなんとか動いた。大きく振りかぶり、入り口に向かって投げ返す。
「閃光が来るぞ!」
 グロウの声が聞こえ、鈴は身を屈めて目を閉じた。次の瞬間、鈴が投げ返したボールから白い光が漏れる。視界を焼く光が周囲に投影され、一瞬で室内が光に染まった。

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 閃光の中、近付いて来る複数の足音がした。目を閉じたまま闇雲に撃とうとすると、グロウから慌てて静止が入った。
「自分が。あなたは下がって」
 大人しく指示に従い、鈴は這う様に姿勢を低くしたまま一矢の方へ寄って行く。目を閉じたままだったので、途中何ケ所かで盛大に腕をぶつけた。涙目で痛みに耐えながらも、鈴は一矢のいる安全ゾーン迄下がった。
 機械装置を背後に銃弾の届かない場所迄来ると、鈴はそっと目を開ける。視界を染めていた光も、もうおさまっていた。
 背後からは再び始まった銃撃戦の音が響いて来た。レーザーが命中し、金属プレートが融解した独特の臭いも室内にこもり始める。

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「応戦……しなきゃ」
 グロウだけに負担をかける訳にはいかない。それでなくとも十分無茶をさせているのだ。
 少しぐらい私だって!
 萎えそうになる心を叱咤激励し、鈴は深呼吸をした。バクバクと脈打っていた心臓が、少しは静かになった気がする。
 大丈夫、絶対当たらない。私には当たらない!
 言い聞かせるというよりは過度の思い込みと言った方が良いが、鈴は自己暗示をかけると機械装置の影から半身を突き出した。入り口付近のバリケードから、はみ出ている人影に狙いをつけ銃の引き金を引く。レーザーの軌跡があらぬ方向に飛ぶが、鈴は構わず引き続けた。
 もう少し右。あっ! 行き過ぎ〜! 左よ、左〜!
 狙いはあるようでない。ほぼフルオート、つまり連続して間を置かずに放たれた状態のレーザーが、1本の実線となって視界を流れた。
 光が金属を抉りながら右に左に揺れる。触れれば即死間違いなしのレーザー光線が、フラフラと鈴の意図しない方へと移動して行く。予測不可能なランダムな動きだった。
 普段はエネルギー消費が早いので、誰もこんな風には銃を使わない。連発で使うよりは単発で使う事の方が圧倒的に多かった。エネルギー代だってそれなりにかかるのだ。
 だが今回は、ほぼ素人同然の鈴を戦力として補う為に、グロウが特別にそう使えと指示を出していた。これならばピンポイント攻撃は出来なくとも、後方の撹乱には十分なるからだ。

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 最も撹乱というよりは、ただ単に混乱に拍車をかけているだけという説もあるが。
 鈴の射撃に呼応する様に、グロウも銃撃を続行した。グロウの場合は両手に一丁づつレーザー銃を持っており、器用に左右で狙いわけている。どちらの手も自由に動かせるようだ。
 鈴とは違いグロウの狙いは正確だった。体勢を崩した敵を的確に処理して行く。グロウが1発撃つごとに敵側から悲鳴と喧噪があがっていた。

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 躊躇いすらなく、機械的にグロウは自分達に接近して来る敵を射殺する。赤い染みが幾重も床に流れていた。折り重なった人影がより凄惨な光景を醸し出す。
 実際の話、手加減をする暇も余裕もグロウにはなかった。鈴は当てにならない腕であったし、一矢は一矢で自分の作業に没頭し、完全に意識を現実世界から切り離してしまっていたのだ。
 援護の期待出来ない状況では敵の心配どころか、己の生存のみで精一杯だ。切迫した状況では敵への同情、関心は一切ない。



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