掲示板小説 オーパーツ91
船は……完全に死ぬ
作:MUTUMI DATA:2005.3.22
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 鼠の内の何人かが一矢を阻もうとしたが、逆に一矢によって衣を剥がされ駆逐された。衣、敵から剥ぎ取った緊急時のアクセスコードを手の中で転がし、一矢は瞳を細める。
 一矢の脳内に広がる光景はどこ迄も広く、光の数値が壁となって繋がっている。永遠かと思う程の量、光の迷路に嵌ってしまったかのような情景であった。
 何をどうすれば良いのか、どこをどう見れば良いのか。普通ならパニックを起こすだろう状態にも関わらず、一矢はひどく冷静だった。
 クルクルと手の平におさめた数値をビー玉の様に転がし、一矢は思案する。弄ぶ間に幾つもの数値が重なり、手の中で鎖となり捻れ重なった。
 さてと、どうしようかな。こんな物が手に入ったけど、とりたてて必要はないし。捨てるか?
 手の平から足下に落とそうとし、それも芸のない事に気付く。
 はいさようならじゃあ、面白くもないか。

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 囁く様に考えつつ、一矢はアクセスコードを右手に絡ませた。光る数字はブレスレットの様に一矢の腕に幾重にも重なる。
 ジャラジャラと音の鳴りそうな腕を掲げ、一矢は道を作った。電子の空間、電脳世界の中心、この船のコンピューターの真ん中に位置する物に向かって。それが何なのかうっすらと理解しながらも、一矢は更に奥深くへと意識を沈めて行った。
 通常の艦船システム、宇宙船のコンピューターの最深部、基礎の基礎となる部分には航法システムが存在する。船の中で最も大事なのは航法情報を処理する機能だ。これが破壊されたら宇宙船は大変な事になる。
 機体制御よりも、火器制御よりも、はたまた生命維持システムよりもその部分が重要だった。
 考えてもみるといい。宇宙船は様々な条件の宇宙空間を飛ぶ。太陽の間近、フレアを縫う様に飛ぶ時もあればガス状の星雲を突っ切る時もある。あるいは彗星の尾を横切る時も、ブラックホールの影響範囲ぎりぎりを翳める時もあるのだ。ほんの少し処理を誤ればその時点でもう命はない。
 宇宙船は、それ程繊細な軌道計算を要求される。故に何事も航法システムを中心に回っていた。優先順位が他のシステムとは違うのだ。

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 航法システムが破壊されれば、その宇宙船は死んだも同然となる。たとえ火器システムが活きていたとしても、船としては全く役に立たない泥舟同然だ。
 航法の定まらない、軌道計算の出来ない船に誰が乗りたがるだろう。世程の奇人でもない限り、さっさと船を降りる。それが船乗りの常識というものだ。
 この先を破壊すれば……。
 光のブロックの中を駆け下り、一矢はひとりごちる。
 船は……完全に死ぬ。
 纏わり付くガードブロックを悉く吹き飛ばし、一矢は最深部へと潜った。意識の片隅を物凄い速度で様々な情報が流れ、消えて行く。それらを意図的に聞き流し、一矢は己の感覚を一点に集中した。足下の光の渦が、極小の数値となって一矢の意識を取り巻いた。
 扉は……?
 キーとなるべき物を持たない一矢だったが、数万はあるダミーには惑わされず、極小の数値の中のたった一つに指先を触れさせる。
 淡い白光を発してそれは急速に拡大した。音もない空間で、白光が一矢を一気に飲み込む。最後の扉が開いた事を一矢は無意識のうちに自覚した。

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 その扉の向こうは不思議な世界だった。今迄に経験した事のない物が広がっている。たゆとうような光の海。足先に触れる水が質感を持って一矢の感覚を翻弄した。
 何……これ? 水?
 電子の空間で初めて知る感覚に、一矢は肌を泡立てる。本来そんな肌感覚等抱けるはずもない空間なのに、一矢の皮膚は水を感じていた。
 冗談じゃない! 何だよこれは!
 本能的に逃げ出そうとして、一矢は気付く。知らず、何時の間にか全身を絡め捕られている事に。細い糸状の光が足下の水から伸び、一矢の全身を縛っていた。
 なっ!?
 その事実に愕然とし一矢は身を捻る。絡み付いた糸はびくともしなかった。
 トラップか!?
 唇を噛んで一矢は己を叱責する。
 システムを甘く見過ぎたか! 恐らく扉を開けて鍵も持たずにこの空間にアクセスしたからだ。
 理由はその辺りだろうと見当を付けれるが、この状況には何一つ役に立たない。今必要なのは脱出方法だ。
 くそ! 急いでるのに!
 悪態をつき、一矢は仕方なしにその場でプログラムを組み立て始めた。知識として己の脳に刷り込まれた情報を幾つか取り出す。
 影を作れば入れ替われるか?
 そう思いつつ、ふと右手首にアクセスコードを巻いていた事を思い出す。
 ……ああ、それも有りか。
 何やら独り納得し、一矢は不自由な体勢のまま空間に文字を打ち込み始めた。一矢の思考が発する情報がその場に満ちて行く。たゆとう水に浮く様に一矢の意識が跳び、そして弾けた。
 バシャリと音がし、一矢の身体が空中に浮かぶ。足下の水の中には、見知らぬ敵のアクセスコードが残っていた。雁字搦めにされ、ジリジリと明滅している。
 よし、成功!
 自分の身替わりを仕立てる事が出来た一矢は、幾分か嬉しそうな思惟を発した。その後、何もなくなった右腕を見て軽く振ってみる。余計な情報を持たなくなったので、随分と身軽になった気がした。

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 勿論それも感覚的なものでしかないが。
 ……それにしてもこれは凄い。こんなの初めて見る。データの海か。
 余りにも密度の濃い情報、光の海としか感じ取られない物を前に一矢は呆然と呟いた。触れるか触れないかの所を漂っている一矢だったが、足下がざわついて仕方がない。
 波紋を見つめる、たったそれだけの事で意識がとびそうになる。物凄い圧迫感だった。
 リンケイジャーの僕だからこんな風に感じるんだろうけど、神経がいかれそうだ。電子の世界で水を感じるなんて……。キッズに言っても信じて貰えないだろうな。
 自分の同輩、リンケイジャーのキッズ・パーキンスを思い浮かべ一矢は苦笑する。
 自分で体験しているくせに、僕だってまだ半信半疑だもんな。
 足下に視線を落とせば先程は水だと感じた物が、細かいデータとなって見えた。じっくりと感じればその膨大な量の一部が理解出来る。水と間違う程の密度を持つ情報の中味が。
 だがそれは、肉眼で水の分子組成を見ようとするのと同じ事だ。無謀、無思慮な挑戦に他ならない。



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