掲示板小説 オーパーツ9
ほどほどになさいまし
作:MUTUMI DATA:2003.10.25
毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


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 基本的に星間軍の施設は、一般の人間が立ち入ることは出来ない。例えそれが惑星ディアーナの首都、繁華街に位置する、情報部であっても。星間軍がどれ程オープンな組織だろうと、それはあくまで軍事施設に他ならないからだ。
 星間軍に勤務する者の家族だけが、ごく僅かに、施設内の居住スペースを使用する事を許される。とはいえ、施設内を好き勝手に移動出来るかというと、そうではない。行っては行けない場所、立ち入り禁止区域は膨大な数にのぼる。
 また、同じ星間軍の仕官であっても、階級によって立ち入れない場所が存在していた。そういう場所は大抵、始めからロックがかかっている。鍵は虹彩やDNA、……完全な個人識別制度が導入されていた。

 カツコツと、無機質な廊下を一矢は歩いていた。
 途中何度か壁から光が縦に走る。一矢の目を、手を足を透過して消えて行った。その都度、鬱陶し気に一矢は眉を寄せる。
 やがてシルバーの扉に突き当たった。一矢は慌てるでもなく、扉に手を当てる。
 無機質な合成音が短く告げた。
《AAA005、若林一矢、承認》
 一矢は開いた扉から、中に入って行った。

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 人口の照明が一矢の視界を照らす。その眩しさに一矢は思わず瞳を細めた。ゆっくりと視界の中に、その光景が広がって来る。
 長くどこまでも続く、地下の管制室。人口照明の明かりの中、その巨大なシステムはゆっくりと浮かび上がってきた。
 カツコツ。
 足音を発て、一矢は扉から室内へと歩き出す。
 擂り鉢の底を思わせる空間は、上段から下段までずらりと機器で埋め尽くされている。その機器の全てが、何らかの信号を発し、稼動していた。
 本来ならそれら機器の一つ一つに、専属のオペレーターがつくのだが、今ここに人影はほとんどいない。僅かな人間がいるのみだ。
 擂り鉢状の空間の中央、空中には巨大な航宙図が投影されており、無数の光点が瞬いていた。時々円を描く様に一筋の線が走る。
 無機質な床を単調に歩き、一矢は擂り鉢の底迄進んで行く。機器類の発する放熱が、一矢の肌をちりちりと焼いた。

「あら。早いですわね」
 底の中央の、コントロールパネルの前に座っていた女性が、一矢を目ざとく見つけ声をかける。左右に均一に分け、編み込まれた髪の赤いリボンが、目をひいた。
「もう少しかかるかと、思いましたのに」
 ふわんとした、優しい表情で女性は一矢を見る。一矢は片手で髪をかきながら、思わず女性にぼやき返していた。
「ああ、正確にはまだオペレーション中だよ。ちょっと探し物に来ただけさ」
「あら、そうですの?」
 おっとり、のんびり女性は小首を傾げる。何時どこでも、彼女はのんびりした空気を失わない。どれ程緊迫した時でも、彼女はあくまでマイペースだった。一矢の前であろうと、それはかわることがない。
「アン、そっちの状況はどう?」
「何時も通りですわ」
 空中の航宙図を指で示しながら、アンは微笑む。
「ファルナ星の工作は完了しましたわ。ほら、皆移動しているでしょ」
 流れるような光の線の一つを示し、アンは微笑む。
「こちらの損害はないようです。オーディーン(人型の攻撃兵器)を一体破損したみたいですけど」
「まあ、いっか。機械だし」
 一矢はあっさり言い放つ。女性もそれを受けて、にっこり笑いながら応じた。
「隊長なら、そう言うと思いましたわ」と。

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「それで、一体何をお捜しなのですか?」
 一矢は苦笑いを浮かべ、答える。
「昔貰った指輪だ」
「……指輪ですか?」
 要領を得ず首を捻るアンの横をすり抜け、一矢は肩を竦めてみせた。
「そ。早目に捜さないと、ボブの雷が落ちそうだからな」
「あら、まあ」
 アンは呟き、くすくす笑い出す。そのまま優しい目をして、一矢に浮かんできた疑問を向けた。
「また副官を怒らせましたの?」
「え!? いや、えっと……。その、ちょっとだけ」
 控えめに一矢は漏らすと、慌てて続ける。
「でも、僕のせいじゃないもん」
「あら、あら」
 アンはおっとりと、両手を頬に当てる。
「隊長。ほどほどになさいまし、ね」
 真摯な目でそう告げられ、一矢はがくっと肩を落とした。
「だから僕のせいじゃないってば。……もう、信用ないなぁ」

44

 ぼやく一矢を、アンはにこにこして見ている。
「まあ、いいや。それよりアン、クッキーとチョコレートとお煎餅持ってない?」
「あらあら。おやつですか?」
 言いながらアンは体を横にずらし、コントロールパネルの下に設置されている、私物入れの引き出しをひく。そこには色とりどりの間食物、有り体に言えばお菓子やジュース、ゼリーなどがぎっしりと詰め込まれていた。
「そうねぇ。これとこれと、ん〜これにしましょう」
 ごそごそと引き出しを掻き回し、アンは一矢の手に注文の品をのせていく。あっと言う間に山になった。
「相変わらず凄いね、アンの引き出し」
 思わず感心して一矢は唸ってしまう。あまり間食をしない一矢にとって、アンの引き出しは未知の山だ。本来ならこんな所に持ち込むな、と言って注意する立ち場なのだが、一矢はアンの行為を黙認している。
 何と言っても、アンはここ管制室の主人だ。四六時中この地下の穴蔵で、他の管制員に指示を出し、全部隊の管制を行っているのだ。そりゃあ、お菓子ぐらい食べたくもなるだろう。
 それぐらい自由にさせても良いだろうと、一矢は考えていた。自分達があちこちに出て行って、現場で作戦行動をとっても、混乱しないのは、アンがしっかり管制を行っているからだと、理解している。
「他に欲しいものがあったら、言って下さいね」
「うん」
 一矢は頷くと大量のお菓子を抱え、元来た道を戻る。アンは再びコントロールパネルの方に向き直り、端末を叩き始めた。軽快なコンソールの音が聞こえる。一矢はゆっくりと管制室を後にした。

45

「父がしようとしていた事は……、酷い事なのでしょう……。実際、関係のない彼らを巻き込んでしまいました」
 シドニーは言いながら、遠くのパイ達に視線を向ける。怯えていたパイ達も今は落ち着き、何やら話が盛り上がっているようだ。楽しそうな声が聞こえて来る。
「私がした事は……」
「君も巻き込まれた一人だと思うが?」
 悄然とするシドニーに、ボブは吐息を尽きつつ、そう称する。
「何も君が落ち込む必要はない。君も父親に利用されただけだ」
 端的にそう言い、腕をとく。机に片手をつき、シドニーの顔を覗き込むと、ボブは目尻を下げた。
「君が責任を感じる必要はない。君は何もしていないのだから」
「しかし……」
 何か言いかけたシドニーは、ボブの優しい顔を目にし、直ぐに口を噤んでしまう。
「大丈夫。あの子達は、君を恨んでなどいない。むしろ君が無事だった事に、安堵しているだろう」
 ボブの発言に、側に立っていたシズカもコクコクと頷く。
「そうでしょうか? 僕が引き起こした事態なのに……。それに僕は、……あなたの息子さんを巻き込みかけたんですよ。……怒らないんですか?」
 上目使いに尋ねられ、ボブは苦笑する。片手をパタパタ振りながら、言下にシドニーの懸念を払拭した。
「一矢がこの程度で怯えるはずがない。君の心配し過ぎだ」
 これを受け、再び傍らのシズカも、力強く頷く。他の隊員達も皆一斉に頷いた。
 誰よりも一矢の性格を熟知している彼らは、この事態が一矢の仕組んだものだと知っているだけに、シドニーに同情してしまう。
 一矢がシドニーを囮にすると言い出さなければ、何も見ず、何も知らず、ディアーナでの滞在を終えていただろう。無論傭兵達が侵入する事もなかったし、パイやシグマ、ケンが巻き込まれる事もなかった。
 全部一矢が仕組んだことなのだ。
 ディアーナに張り巡らせた監視網は、とっくの昔に傭兵達を感知していた。排除しようと思えば、何時でも出来たのだ。だが、それは棄却された。



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