掲示板小説 オーパーツ8
一矢には内緒な
作:MUTUMI DATA:2003.10.25
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しました。


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「だが何故君が狙われたのだ? 君は本物を持っていなかったのに」
「それは……」
 シドニーは榛色の瞳を伏せ、答えた。
「恐らく父が……、叔父にそう思い込ませたのだと思います」
「だとしても、どうしてそんな事を?」
 ボブは呟き、シドニーの変化を見逃すまいと観察する。シドニーは、喘ぎながら告白していた。
「叔父を、……排除する為です。私に何かあれば、叔父を蹴落とす材料になるからと」
”言ったのか。あの馬鹿は”
 自分の子供なのにと、思惟を発し、一矢は一つ大きく溜め息をつく。飲み終わった紙コップをぐしゃっと潰すと、そのまま勢い良く椅子から立ち上がった。
「一矢君もう飲んじゃったの?」
 猫舌のパイは、一矢のがぶ飲みに驚いて声を発した。
「まあね。お菓子でも貰ってこようか?」
 一矢がパイに尋ねると、左右から間をおかず指示がとんだ。
「俺さ〜、チョコ食いたいわ」
「僕はお煎餅がいいな」
 ケンとシグマだ。一矢はそれをあっさり無視して、パイに好みを聞き返す。
「パイ、何がいい?」
「私? そうね。クッキーあるかな?」
「あるよ」
 にこっと笑って返すと、パイもつられて嬉しそうに笑った。
「あ〜、ずっこい。卑怯だ〜。俺にもチョコくれ〜」
「お煎餅は? なあ、一矢。僕のお煎餅は?」

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 ケンとシグマの声を、「パイの方が優先なの」と黙らせ、一矢はスタスタと歩いて、エントランスホールを出て行く。
「ぐすん。チョコ〜」
「お煎餅〜」
 二人はがくっと肩を落とす。その様子を見ていたパイは、くすっと笑った。
「あ、パイ。今やっと笑ったね」
「顔色も随分良くなったじゃん」
 シグマとケンにそう言われ、パイもはっとして気付く。
「そうかな?」
「うんうん」
「何時ものパイだ」
 二人は微笑んでそう言い、ほっと安堵の息を吐いた。
 自分達三人の中では、パイが一番青白い顔色をしていたのだ。内心倒れるんじゃないかと、思っていたぐらいだ。
 幸い謎の集団、実態は一矢の父親御一行の、フォローもあり、徐々に落ち着いてきていたのだが。
「一矢が機転をきかせてお父さんに連絡してくれて、本当に良かったよ」
「俺達、滅茶苦茶ピンチだったもんな」
 シグマとケンは改めて、遠くのブースにいる一矢の父親達を眺めた。皆、迷彩服姿で、色々な武装をしているようだ。普通ならこんな格好でうろうろしていれば、目立って仕方がないのだが、逆にここではしっくりと馴染む。
 ロビーにはシグマ達以外にもまばらに人影があったが、その誰もが皆、星間軍のユニフォーム姿だったのだ。白をベースにした略式の軍装に、三人は暫し無言で圧倒される。
「……ここって、本当に星間軍なんだね」
 パイは万感の思いを込めて、そう呟いた。

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 エントランスホールという性質上か、ここにいる人達は皆、どこかくつろいだ表情をしている。
 上着を脱いで腕まくりをしたり、タイを緩めたり、人によっては様々だが、のんびり休息しているようだ。穏やかな空気が流れていた。
「何だかほっとするね。ここなら安全だと思えるし」
「うん。そうだね」
「……学校じゃ、なんか安心しないもんなぁ」
 普通は学校の方が安心しそうなものだが、校内で襲われている三人にしたら、遥かにこちらの方が安全だと思えた。
「何かあったら、助けて貰えそうだしな」
「あはは。言えてる」
 ケンの戯言に、シグマは真剣な目で同意を返す。
「なあ、ケン。僕らだけじゃ、絶対……助からなかったよな」
「……かもな」
「うん」
 シグマとケンはしみじみと、考え込む。もし、一矢が、一矢達がいなかったら、果たしてどうなっていたのかと。

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 あの時確かに自分達は、殺されかけていたのだと、認識はしている。真っ白な霧の向こうで何があったのか、良くはわからないが、もしそれを見ていたとしたら、ぞっとするような事態になっていただろうということも、朧げながらわかっている。
 ホワイトミストが晴れた時見えたのは、累々と横たわる襲撃者達と、まばらに立つ迷彩服姿の大人達だった。
 ゴーグルを外しながら、大人達は襲撃者達を冷たい目で見下ろしていた。ピクピクと反射で動く襲撃者達の指や足が、やけに生々しく見えた。思わず腰が引けてしまった程に。
「は〜。ほんと、一矢がいて良かったよ〜」
「正確には、一矢のお父さんがだろ」
「だな」
 ケンは言いながら、シドニーといる一矢の父親に、視線を投げかける。
 シドニーの側に立つ長身の男性は、やけに難しい顔をして腕を組んでいた。何を話しているのか知らないが、随分難しい話のようだ。
 短く刈り上げられた黒髪に、鋭い眼差し、その男は間違いなく野生の獣の気配を纏っていた。ケンは思わず息をのむ。
「……なんか一矢の親って、こえ〜」
「あはは。僕も最初会った時、そう思ったよ」
 シグマは朗らかに笑い、パイへと話を振る。
「パイはどう思った?」
 コーヒーをちびちび飲みつつ、パイは顔をあげる。
「私? 私はそうね。最初見た時、全然似ていない親子だなぁって思ったわ」
「あ、それも言える。外見は全然似てないよな」
 改めて一矢の父親を見ると、外見も顔立ちも全然似ている所はない。瞳の色も一矢が茶系なのに対し、父親は紺色系だ。だが。
「でもね、どこか雰囲気は似ているのよ。不思議だわ。きっと一矢君は、お母さんに顔が似たのね」
 言いつつ、パイは頬杖をつく。
「時々一矢君も怖い顔をするでしょ。そんな時、お父さんにそっくりって思うわ」

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「あ。それ何かわかるよ。一矢って凄く冷たい目をしている時があるもんな」
「でしょ?」
 シグマとパイは互いに頷き、弾丸の様に喋り出す。
「一矢君って外見は美少年で、儚い系なのに、物凄く行動力があって、突飛よね」
「言えてる! 実際今日だって、一人でシドニーを助けに飛び出して行ったもんな」
「それ以外にも、乱闘騒ぎをおこした上級生を叩きのめした事もあったわよね」
 随分昔、まだ入学したての頃を思い返し、パイは続ける。
「ほら、学校内で体育教師から、態度が悪いって殴られた時、問答無用で殴り返してなかった?」
「あはは。やってた、やってた!」
 シグマは楽しそうに笑う。
「こんなこともあったよ。一学期の時、一矢呼び出しくらってさ、放課後残らなきゃいけなかったんだけど、忙しいの一言でふけちゃったんだよ。その後教師がカンカンに怒っちゃってさ、大変だったよ。一矢はなぜか次の日、全身に裂傷つくって出てくるし」
「そういえば、あったわね。そんなことも」
 パイは同意し、くすくす笑う。
「一矢君って、一緒にいると面白いわよね」
「あ〜。僕もそう思うけど、一矢には内緒な」
「勿論」
 シグマとパイは唇に人指し指を1本当て、お互いに笑いながら頷く。
「どうでもいいけど、この会話を一矢が聞いていたら、絶対泣いてるぞ、あいつ」
 ケンはやれやれと、首を振りながらそう呟いていた。



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