掲示板小説 オーパーツ10
おしゃべりな口はどの口だ?
作:MUTUMI DATA:2003.10.25
毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


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 他ならぬ一矢の指示で。
 一矢達、情報部はブラックマーケットを壊滅させる為、ジェイル・L・リーゼを捕らえるつもりだった。ただ確たる証拠がない為、なかなか踏み込めず、現在に至っている。ジェイル・L・リーゼが尻尾を見せないのなら、何らかの切っ掛けを作り出す必要があったのだ。



「白露か……」
 プライベートルームの片隅、クローゼットの隅の箱の中から、小さな指輪を取り出した一矢は、ひっそりと呟く。
「空間操作ね」
 呟きつつ、コロコロと手の平の上で指輪を転がす。赤茶けた台座の指輪には、白い石のような結晶体がついている。他に飾りは一切ない。
 一矢は指輪を掴み、白い結晶を覗き込む。
「石……じゃないな。結晶? ……科学的媒体か、それとも……」
 薄く笑って一矢は呟く。
「超常的媒体か」
 言いながら、指先で結晶をつつく。
「ま、何にしろ餌にはなるよな」
 くすっと笑って一矢は、指輪を学生服のポケットに仕舞った。
 部屋の中央の机の上に、無造作に置かれていたお菓子類を再び抱え、一矢は自室を後にする。無機質な、生活臭のしない部屋を一矢は淡々と出て行った。

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「でな、一矢の奴。ミリー先生が止めるのも聞かずに、教育長に水ぶっかけてやんの〜! その理由は……」
「学校は禁煙なのに、煙草吸ってたから! でしょ?」
 ケンの設問にパイは勢い良く答える。
「正解〜!」
「あはは。その話聞いた事があるよ。ミリー先生が何度も注意したのに、態度が改まらなくて、側で見ていた一矢がブチ切れて、どぱ〜っとやちゃったって話だろ?」
「そうそう」
 ケンは楽し気に頷き、流石は一矢だと漏らす。
「一矢じゃなきゃ、まず出来ないよな。教育長面目丸つぶれだったらしいぜ」
「でも、これって教育長が悪いんでしょ? いくら視察に来てるからって、ルールを無私しているんだし」
 パイはくすくす笑いながらも、聞き返す。
「そうなんだけどさ〜。一矢あの後結構しぼられたらしいぜ。何しろ偉いさんに水かけてるからなぁ。またそれを先生達も見てた訳だし」
 言い訳不能状態だったのだと、ケンは漏らす。
「親まで呼び出されたらしいぜ」
「うそぉ」
「うわ。最悪」
 パイとシグマは各々感想を漏らし、首を竦める。もし自分達の親がそんな事で呼び出されでもしたら、……半年はお小遣いがないかも知れない。
「一矢君、可哀想」
「同感」
 二人はしみじみ呟く。ところが……。
「これだけ聞いてれば、一矢が親から雷を落とされたっておもうだろ? ところが違うんだな〜。現われた一矢の父親は教育長に向かって一言、『煙草を吸う場所を間違えてないか? ここは学校だ』だってさ」
「うわぁ、恥の上塗り……」
「もう爆笑だろ? 真っ赤な顔して教育長は帰って行ったらしいぜ」
 わはははと、腹を抱えてシグマは笑う。その場を想像すると、間抜けさ加減に腹がよじれそうだった。
「さっすが一矢のお父さん。ユーモアあるね」
 シグマは涙目になりつつ、漏らす。と、
「どっちかっていうと、あの時は呆れ果てて、馬鹿馬鹿しくなってたんだと思うよ。忙しい時に、つまらない呼び出しされて、気がたってたとも思うし。惑星シャセンの動乱の最中に呼びつけられれば、幾らパパでも、頭に来るだろうしね」
 唐突に背後から、一矢の声が割り込んだ。同時に三人が座るテーブルの上に、大量のお菓子が広げられる。クッキーにチョコレートにお煎餅の山だった。
「うわっ。一矢!?」
 吃驚してケンは声をあげる。

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「何時から聞いてたんだ!?」
 シェーッと跳び上がるケンの肩をポンと叩き、
「一矢あの後結構しぼられたらしいぜ、から」
 あっさり告げる。
「ほとんど最初じゃないか……」
 ぼやくケンの首に軽く腕を絡ませ、少しだけ締め上げる。
「うげっ。ギブ、ギブ〜」
 途端にケンは青くなる。普段一矢の格闘技術を良く見ているだけに、笑い事ではないのだ。本気で絞められてはたまらない。一矢はにっこり笑ってケンの耳元で囁く。
「おしゃべりな口はどの口だ〜?」
「うわぁ〜、本気になるなぁ」
 涙目のケンに満足したのか、一矢は笑いながらあっさり腕を解いた。
「ケン、喋り過ぎは寿命を縮めるぞ」
「こほっ。……今理解したよっ!」
 軽く咳き込みつつ、ケンは叫び返す。その様を見ていた、パイとシグマは、思わず吹き出していた。首を押さえながら、ケンは恨めし気に二人を睨む。ケンからすれば、皆同罪だろう!?と、いうことらしい。
「一応弁明しておくとだな。あの日、僕は早く帰らなきゃいけなかったんだ。物凄く急いでたんだ。なのに先生には捕まるわ。教育長にはからまれるわ。……最低の一日だったよ」

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 惑星シャセンの動乱はおさまるどころか、拡大する一方だったし。挙げ句の果てに……。星間軍同士で、同士打ちしかけていたなんて!
 思い出すだけで、今でも頭が痛くなるよっ!
 第39分隊は暴走するし、ゲリラ化した暴徒は容赦なく襲ってくるし、追加投入された第37分隊は敵と味方間違うし!
 ほんとに最低だったよ。こんなこと、外部に漏れでもしてみろ、間違いなく僕ら(統合本部長)の進退問題になってたはずだ。
 当時、僕が直接指揮をしていた訳じゃないけどさ……。つくづく、リークされなくて良かったよ。
 一矢は心の中で独り突っ込み、自己完結すると無気味に微笑む。
「皆も一回やってみればいいよ。本気で腹が立つから」
 途端に、ブルブルと仲良く三人は首を振った。
「遠慮するよ」
「うん」
「俺も」
 何故かはわからないが、一矢がそれなりに、あの事件を思い返し、怒っている事を理解した三人は、丁重に辞退する。そして、さり気なく話題をずらした。
「そ、それよりお菓子を食べようぜ」
「そうね。わぁ、美味しそうなクッキーね。あ! これってサニー☆ランド特製、限定版クッキーだわ!」
 犬の形の焦茶色のクッキーを手に、パイは目をキラキラさせて叫ぶ。
「限定版?」
 アンから貰って来たはいいが、さして詳しくもない一矢はパイに聞き返す。シグマとケンも首を捻っていた。
「そうよ。サニー☆ランド(テーマパーク兼遊園地)の限定のお土産よ。一日100個しか生産されないのよ。凄く貴重なんだから」
「……あ、そうなの」
「うん。わぁ、嬉しいな」
 パイはニコニコして一矢を見る。
「ありがとう一矢君」
「え。あ〜、はは。一杯食べてね」
 何と返したものか迷った末に、適当な事を言ってみる。
 アン、いや【05】……。君の机の中って……何が入ってるんだ? 普通のお菓子じゃないのか……?
 素朴な疑問が一矢の頭を翳めた。

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 それから20分余り、延々とたわいのない事を喋っていた一矢達4人は、ボブの一言ではっと我に返った。
「そろそろ帰らないかな? もう6時になるが……」
 左腕にはめられた時計を示しつつ、視線をシズカに向ける。
「【06】悪いが子供達を、送って行ってくれないか?」
「ええ、いいですわよ」
 にこっと笑うとシズカは、座ったまま、ボブを見上げていた、パイの手を取った。
「さあ、立って。送って行くから、帰りましょうね」
「あ、はい」
 促され、慌ててパイは立ち上がる。それを見てシグマとケンも無理矢理お菓子を飲み込むと、席を立った。
 ひとり一矢だけは、座ったまま呑気にひらひらと手を振る。
「じゃあみんな、また明日」
「うん」
「お邪魔しました」
「又な〜」
 三者三様の言葉を残し、シズカに引っ付く様にして、正面玄関へ向かって三人は歩き出す。
 一矢の隣に突っ立っていたシドニーも、この展開に戸惑う素振りを見せたが、一矢と同じ様に手を振って見送った。その微笑ましくも、お子さまな行動を、ボブは面白そうに見ている。
 長閑ともいえる夕暮れだった。完全に三人が消えたのを見計らい、一矢はひとり残ったシドニーに声をかける。
「シドニー君は、SPの人達に迎えに来てもらう方がいいんだよね?」
「ええ、まあ」
 そう言葉を濁しつつ、頷く。それを聞いたボブは、無言のまま携帯端末を取り出し、短く命じた。
「SPに連絡しておいてくれ」と、のみ。
 暫くして到着したネルソン家のSP達と一緒に、シドニーも神妙な顔で帰って行った。色々と、思う所があるようだ。
 一矢はそれらを見送り、ほっと吐息をつく。
「長い一日だったなぁ」
「……俺の台詞だと思いますが」
 ぼそっとボブは漏らす。一矢は苦笑を向けると、学生服のポケットから古びた指輪を取り出し、それをボブに向かって放り投げた。
 ボブは指輪をキャッチし、訝し気に眺める。
「これは……」
「本物の白露だよ」
 一矢は言いながら、机の上に残っていたクッキーをつまむ。甘い味が口の中に広がった。
「さて、どう使おう? 何か良い案ないかな、ボブ?」
 そう言って、小悪魔の様に微笑む。それは、とても邪悪な笑みだった。



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