掲示板小説 オーパーツ11
お前もいずれ知るだろう
作:MUTUMI DATA:2003.10.25
毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


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 自宅というか、別荘と呼ぶべきかも知れないが、に戻ったシドニーは、自室で父親と会話を交わしていた。長距離の恒星間通信を用い、目の前にいるかのように二人は会話を交わす。会話のタイムラグは極僅かしかない。
「そうか、……やはり来たか」
「はい」
 シドニーは神妙に昼間の事件を詳細に語る。通信画面の向こうの父、ロバートは難しい顔をしながらも、シドニーの説明に時々頷く素振りを見せた。
「襲撃者は傭兵だったようです。シルバースピアと、私を助けてくれた彼らは言っていました」
「シルバースピアか。腕だけは確かだったな」
 ふむ、と頷き、ロバートは榛色の瞳を細める。
「まあ、たいした事は出来ないだろう」
「父上!」
 何か言いたそうなシドニーを制し、ロバートは聞き返す。
「情報部が護衛を受けたのだろう? ならば心配はいらない。彼らはプロだ」
「しかし! 現に級友達が危機に陥りました!」
 シドニーは叫び返し、父親を見据える。
「おやおや、シドは何を怒っているんだい? 一緒に巻き込まれた子供達は、無事だったじゃないか」
「父上。それで済む問題じゃありません!」
 正論を吐くシドニーの言葉に、ロバートは不可思議な笑みを浮かべる。どこか面白そうに、自分の子供を見つめた。
「シド、お前は一矢と呼ばれる子供と一緒だったのだろう?」
「一矢? ええ、若林君とは一緒でしたが……、それが何か?」
 ロバートは人の悪い笑みを浮かべ、謎々の様に告げる。

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「ならば何も問題はないではないか。これから先、何かが起こったとしても、あれが対処する。あれはそういう奴だ」
「え?」
 シドニーは不思議な顔をして、父親に聞き返した。
「どういう意味なのですか?」
「どういうか……、実に言い難い事を聞く。お前に話して聞かせてもいいが、……あれにばれるとやっかいだ。へそを曲げられてはかなわん」
「父上」
 詰め寄るシドニーを、ロバートは真摯な目で見据えた。余す所なく視線を自分の子供に注ぎ、ロバートは短く告げる。
「シド、お前もいずれ知るだろう。この意味を、あの存在を。その力を……」
 一息にそう告げ、ロバートは口を噤んでしまう。その先はシドニーが幾ら尋ねようとも、頑として口を割らなかった。

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 父親との交信を終えたシドニーは、じっと考え込む。わかるような、わからないような、曖昧な父親の言葉にひたすら首を捻る。
「若林君を……父上は知っていた」
 呟き、うろうろと広い部屋中を歩き回る。
「……何故? 高校生でしかない彼を?」
 シドニーは眉間に皺を寄せる。
「どうして……?」
 そう呟き、シドニーは天井を見据える。何故かはわからないが、漠然とした不安感が、シドニーの中に沸き起こって来る。
 シドニーの脳裏には、儚気に微笑む一矢の姿が浮かんでいた。父親がああまで小意地になり、説明を拒むような理由が、全く見えない。
 シドニーからすれば、一矢は普通の高校生に見えるのだ。そんな一矢に、何を遠慮するというのだろうか?
 いつもとは違い、自棄に大人しい父親の言動に、シドニーは唸りながらも部屋中を練り歩くのだった。

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 一方、謎の言葉を残したロバートはというと……。通信回線を切るや否、独り悦に入りクスクスと笑い出していた。いつもは厳つく恐い顔が、今日は自棄に弛んでいる。目尻の皺も一層大きく、下に向かって弛んでいた。
「どういう意味なのですか、か」
 呟き、笑いながら深々と椅子に背を預ける。柔らかな椅子はロバートを包み込み、優しく撫でた。
「意味などないよ、シド。ただ、一矢が大人しく巻き込まれる訳がないだけで……」
 呟きながら、卓上の端末を操作し、窓のスモークをオフに切り替える。瞬時にロバートのいる部屋は、まばゆいばかりの光に包まれた。遠く彼方の水平線がくっきり見える。
 超高層の自社ビル、地上200階の最上階で、ロバートは優雅にも海を眺める。その眺望は絶筆に値する。海を眼下に納め、ウインザーグループ、ネルソン家の総裁は秘めた思いを口にした。
 誰もいないこの場所だからこそ、言える本音だった。
「シド……、一矢の側にいろ。この星間で、そこが最も安全な場所だ。ジェイルを排除するまで、お前はディアーナに留まれ。一矢に守ってもらえ」
 言いつつ、我ながら勝手な事を言うと、呆れ返る。自分の子供を囮にしつつ、安全を謀ろうとは無理もいいところだ。しかし、それを通さなければならないところに、今のネルソンの苦境と限界がある……。
「一矢、シドを頼むぞ」
 親しい友人、何かと忙しいであろう一矢に下駄を預けるのは気が引けるのだが、かといって自分が動く訳にはいかず、ロバートは喉迄でかかった思いを噛み殺す。
 後には苦い感情と、やるせなさしか残らなかった。
 基本的に一矢には頼らないと決めていた自分が、よりにもよってこんな時期に、一矢が自分の残り少ない人生を生きようと、学校に行き始めたこの時期に、こんな事を持ち込むのは主義に反するのだが、息子の命にはかえられない。
 深く愛した息子を、亡き妻の忘れ形見を、ロバートはロバートなりに、愛しく思っているのだ。第三者から見れば想像も出来ない事だが、ロバートは昔は、それはそれは子煩悩だったのだ。
 一矢に気持悪がられるぐらい、子供に甘かった。今はシドニーも大きくなり一人前になっているので、適度に距離をおいているが、それでも世間一般よりは息子に甘い方だろう。
 でなければ、白露を餌に一矢を釣り出すなど、想像もしまい。

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 星間最強と呼ばれる高位の能力者、フォースマスターを利用しようと考えるものは少なくない。隙があれば一矢を取り込もうと、様々な星の人間が考える。何しろその力は御墨付きだ。
 人々は今だ記憶している。神と呼ばれた男と、フォースマスターの最終決戦を。惑星上ではなく、宇宙空間で行われた、力と力のぶつかり合いを。彼らが戦った宙域は、いまだ立ち入り制限がかけられている。
 何しろそこは徹底的に、破壊され尽くしているのだ。衛星が塵になった宙域は、ロストゾーンとも呼ばれ、星間軍ですら近寄らない。
 いや、近寄れない。通常の推進装置が狂ってしまうので、誰も立ち入る事が出来ないのだ。理由は明らかではないが、どうもそこは時空が乱れているらしい。
 どのような負荷がかかれば、そうなるのか、想像するだに恐ろしい。フォースマスターは人であって、人でない。その身に宿す力は、人という範疇を超えている。
 それがこの世界の認識だった。そんなフォースマスターを、権力者達が黙って見逃すはずがない。魑魅魍魎はどこの時代にもいる。取り込みさえすれば、栄華は約束されたも当然なのだ。
 そんな大人達の思惑を案外あっさり見抜いていた一矢は、戦後は星間軍という森の中に隠れてしまった。さっさと見切りをつけたという方が正しいか。
 一矢を狙っていた者達は落胆したのだが、ロバートはそれで良かったと思っている。一矢が一矢らしく生きようと思えば、市井に居るより、世程ましだ。恐れられはするだろうが、少なくとも人として接してもらえる。当時、ロバートはそう思ったものだ。



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