掲示板小説 オーパーツ12
本気なんですよね?
作:MUTUMI DATA:2003.11.24
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しました。


56

「シド、無事に帰って来い……」
 ロバートは囁き、そっと目を閉じる。その脳裏に鮮やかに、今はもう亡き妻の、アーシェイアの面影が蘇って来る。ロバートは語りかける様に、アーシェイアに呼びかけた。
「後は、一矢に任せてもいいよな? ……アーシェイア」
 それに答える声はない。ロバートは薄く目を開くと、窓の外の雄大な海を眺めた。蒼く輝く海はどこ迄も静かだった。



 一方情報部では。
「潜入しよう」
 一矢がさっさと結論を出していた。夕食の携帯糧食を口にくわえたまま、ボブは固まる。
 最高作戦室、早い話が上部の二桁コードを持つ者達が集まる指揮所で、一矢以外の人間は動きを止めていた。否、一矢の一言で止まってしまったのだ。
 口の中の糧食を、味はあまり良くないが、栄養は満点な流動物を無理矢理飲み込み、ボブが声を荒げる。
「断固反対です!」
 鼻息も荒くそう言い放つ。
「どうして? 絶対喰いつくよ」
 不思議そうな顔をして、一矢はボブに聞き返す。
「だから、危ないでしょうが!」
「情報部が危険だからって、逃げてどうするんだよ」
 ボブの言葉に、一矢はむっとして言い返した。危険だからと作戦を中止するのは、本末転倒もいいところだ。
「誰がそんな事を言いいますか!? 意味が違います、意味が!」
「意味って何さ? 危険って、お前が今言ったじゃないか」
 ボブは頭を抱えて一矢を見る。
「切った張ったの危険ではなく、人身売買のルートにのる危険です! まず間違いなく、のったが最後二度と生きて帰っては来れません! ネルソンの二の舞いをする気ですか!」
 実は密かにネルソン家も、ジェイルの悪事の証拠を手に入れようと、その手の人間を潜入させていた。ところが誰一人として、生きては帰って来なかった。ある者は命を落とし、ある者は心を壊され、……五体満足な者はどこにもいない。
 敵であるとばれたら最後、何をされるかわからないのだ。故にボブは一矢の指示に反発する。
 せめて安全な方法、あるいはもう少し情報を集めてからにするべきだと、ボブは考えている。いつかは潜入捜査もしなければならないだろう。だがまだ時期尚早だ。
「ネルソンの様に、馬鹿を晒すつもりですか!?」
 あまりな言い方だが、一矢はそれに対してはコメントを控え、ムッとした表情を浮かべた。
「……いいじゃん別に。行くのは僕なんだから」
「だから余計駄目だって、言ってるでしょうが!」
 ボブは悲鳴にも似た声をあげる。何時ものミッションとは違い、今回は実に微妙な問題だ。

57

「子供の臓器は高く売れるんですよ! 知ってるでしょうが」
 ボブの悲鳴に、一矢はちょっと耳を押さえぼやく。
「ボブ、五月蝿い。僕がそんなドジする訳ないだろう?」
「どうだか」
 ボブの疑いを含んだ声に、一矢はムッとして睨み返す。ボブと一矢の間で静かに火花が散った。その時、
「あ〜の〜」
 睨み合う二人を前に呑気な声があがった。二人は何だ!とばかりに、きっと振りかえる。二人から睨まれる格好になった【05】ことアンは、それでもマイペースに、このギシギシした空気をものともせず、素朴な疑問を口にしていた。
「どうして隊長が行くんですか〜? 別に他の隊員でもいいと思うんですけど」
「「白露があるからだ」」
 一矢とボブは同時にそう言い、アンを黙らせる。
「でも〜」
「白露が実際に稼動したら、空間炸裂が起きたとしたら、対処出来るのは一矢クラスの高位能力者しかいない。餌に本物の白露を用いる以上、最悪の想定もしなければならない」
「早い話が、僕以外の誰かが空間炸裂の場に立ち会ったとしても、巻き込まれるのがオチで、どうにも出来ないだろう? この白露、どうも壊れている感じがするんだよな。でなければシドニーが空間炸裂なんて目撃するはずないし」
 一矢は言いながら、テーブルの上に無造作に置かれた白露を、ペン先でコロコロ転がした。
「そ、粗悪品?」
 【03】ことリックが僅かに身を引き、呟く。
「遺跡から出るぐらい昔のだし、有り得なくはないかな」
「……物騒な話だね」
 【04】ことミンが赤毛を掻きあげつつ、ぼやいた。黄金のピアスが人口照明の中、淡く煌めく。

58

「そんなもの本当に、取り引きに使えるのかい?」
「ミン、取り引きじゃないよ。餌」
 チチチ、と人指し指を振りながら一矢は言い直す。
「……一緒だろ」
 ぼそっと呟くと、隣の席のアンが小首を傾げて漏らす。
「あら〜。餌は回収の義務がありませんけど、取り引きには、回収の義務が発生しますわ」
「……待て。まさか使い捨て!?」
 なんて勿体無い事を!と、ミンが狼狽える中、一矢は明後日の方を向き、素知らぬ振りをして指輪を回収した。
「研究すれば数百億円の価値が……」
「……こほん。それはさておき、本題に戻すが……」
 ボブがわざとらしく空咳をし、皆の注意を引き戻す。
「数百億……」
 勿体無さそうに指をくわえるミンを無視し、ボブは平然とした態度を崩さない一矢を、じっと睨んだ。紺色の瞳が真直ぐに一矢を射る。
「本気なんですよね?」
「ああ。これ以上待てない。僕らが捜査にかかってもう半年だ。……その間にも被害は拡大している。これ以上のんびり出来ないよ」
 静かに首を振りつつ、一矢は肘をテーブルにつく。
「実際……ここのところ、ブラックマーケットが供給多過になっている気がする。何かが闇で動いている。ジェイルの個人的な思惑か、他の組織か……。それとも……」
 呟き一矢は考え込む。
「統計白書を見たか? 行方不明者が前年対比の倍だ。……おかしいよ」
「一矢」
 じっとボブは一矢を見る。一矢は吐息を尽きつつ、思わず漏らしていた。 「放置出来ない……。子供達が消えて行くんだ、助けないと、一刻も早く救わないと」
 囁く様に言い、か細い声で続ける。
「急がないと僕みたいに……壊される……」
 ボブはそっと瞳を伏せた。以前は知らなかったが、最近は一矢の抱える心の闇が時々見える。巨大な力を持つ一矢だが、心に抱える傷もまた大きい。
「人は傷つくと、立ち直るのに倍の時間がかかる。体が生きていても、心が死んでしまっては……意味がない」

59

「意味がないんだよ」
 呟く一矢を見、ボブは瞑目する。
「……一矢、潜入後は恐らく。我々といえどバックアップは不可能な状態に陥ります」
「そうだろうね」
 まるで、その辺に出かける時のような気安さで一矢は応じる。ピクッとボブの眉が跳ね上がった。
「一矢……」
 地を這うようなボブの声音に、一矢はハッとして、顔を上げる。ここでボブを怒らせては意味がない。本気で反対されたら、出来る作戦も出来なくなるのだ。
「あ、う。その、……緊急出動があるかも知れないから、直ぐに応援に来れる様にはしておいて」
「……了解しました」
 渋々、嫌そうにボブは頷く。苦虫を噛み潰したようなその表情が何とも言えず、愉快だ。滅多に見れないその様を、視界に納めつつ一矢は囁く。
「大丈夫。僕はちゃんとここに戻って来る。ここは……僕のホームだから。僕のいる場所だから」
 一矢の囁きは、その場にいた士官達の胸に吸い込まれていった。ボブはそっと自分の両手を重ね、祈る様に膝の上で手を組んだ。
「オペレーション発令。これより潜入捜査を行う。【桜花】の全指揮権を凍結。【02】へと移行」
 一矢の冷静な声が宣言する。 
「本作戦の目的はジェイル・L・リーゼの確保とその配下のブラックマーケットの壊滅。附随事項は現場の判断に委ねるものとする」
 揺るぎない声が、作戦の始まりを告げた。

60

 翌朝。情報部は一部を除きいつも通りに動き始めた。
 雀がさえずる早朝、いつもならまだベットの中でまどろむ時間。一矢は薄暗いプライベートルームで、潜入の為の準備をしていた。
 デスクの上には手の平サイズの肌色のシールが数枚、無造作に放置されている。鋏を使ってシールの一部を5cm角程度に切った一矢は、裏のセロファンを剥がすと、それを左腕の上腕部、入れ墨のある部分にペタッと張り付けた。
 そっと上から空気を押し出し、丹念に伸ばす。するとシールは一矢の体温でゆっくりと伸び、皮膚の様に薄く透明になっていった。知らない者が見ても、それが人口の皮膜だとは気付かないだろう。ましてやそこに入れ墨と、人工のリンク端子(電子機器を制御する為の受け口)があるなど、到底わからない。
 鏡を見、完全にカモフラージュされた事を確認すると一矢は上着を脱ぎ捨てる。鏡の中の一矢には、心臓の下から肺にかけて深い傷痕があった。傷は背にも達していたらしく、背中も大きく皮膚が引き攣っている。
 それを気にするでもなく、一矢は用意してあった服を、特殊な、ある程度のレーザーなら弾く繊維で出来た、特注のアンダーウエアを着ていく。
 淡々と着替え、その上から学校の制服を身に付けた。外見上はいつもの制服姿だが、その中身は全く違う。
 両耳にも珍しくピアスをつけ、頑丈そうなオリーブ色の文字盤のある時計を腕にはめると、一矢は首からさげていた星間軍の認識票を外した。
 本来星間軍の仕官には、手首などに生体の識別印字が施されているのだが、一矢の場合様々な事情が絡みその措置を受けていない。そのかわりに認識票が与えられていた。
 外してしまえば、一矢と面識のある者がいない限り、一矢が星間軍の仕官だとは誰も思わないだろう。一矢の外見は、いまだ子供のままなのだ。
「……餓鬼くさ」
 鏡の中の自分の姿を見、一矢は溜め息と共に呟く。一矢の理想としては、ボブのような筋肉ガチガチ体型が良いのだが、到底及ばない。どちらかといえば、ベクトルは逆さまだ。
 鏡の中の自分の姿を指先で弾くと、一矢は身を翻す。



←戻る   ↑目次   次へ→