掲示板小説 オーパーツ13
やけに詳しいな
作:MUTUMI DATA:2003.11.24
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しました。


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 チタン製の扉を開けて外に出ると、廊下の壁にもたれかかる様にして佇むボブと目が合った。
「お早う」
「お早うございます、桜花」
 律儀にボブは返し、一矢と並んでそのまま歩き出す。
 この時一矢は、プライベートルームの鍵をかけてはいない。その必要がないからだ。プライベートルームは全てオートロックになっており、壁面に個人識別装置を有している。つまり部屋の使用者しか、部屋には入れないのだ。

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 歩きながら二人は、簡単な打ち合わせを始める。他の仕官達の前では言えない事も、二人っきりなら平気で口に出せる。
 ボブがわざわざ一矢を待ち伏せしたのも、その辺の細々とした確認の為だ。
「状況によっては、情報部の全部員を動かします。ネルソン家は我々を阻みはしないでしょうが……、横槍があっても無視しますので、あらかじめ承知しておいて下さい」
「ロバートがそんな事言ってくるもんか。あいつが撒いた種だぞ」
 一矢はありえない状況に苦笑する。
「可能性の問題ですよ」
「可能性ね……」
 呟き、一矢は胸ポケットから白露を掴み出す。電光に照らされた白露は、キラキラと光ってとても美しく見えた。
「一番なさそうで、ありえそうなのって、白露の暴走なんだよな。だけど、もしそんな状況になっても、ボブ達は何もしなくていいから」
「え? ですが、そうはいかないでしょう? 我々は情報部ですよ」
 そういう訳のわからないもの程、自分達が扱うのに相応しいとボブは主張する。それに対し、一矢はどこか冷めた目でボブを見た。
「死にたいんなら別だけど? 一回巻き込まれてみる? 生身の人間が空間の歪みに当たってみろ。その場でボンだぞ」
 言いつつ、右手の拳をさっと上向きに開き、弾ける様を示す。
「……」
「止めとけって。情報部でもお手上げだよ。僕が何とかするからさ」
 ひらひらと手を振り、一矢はボブを止める。出来る事、出来ない事の線引きはきっちりしておいた方がいい。そうでなければ、とんだ場面でしっぺ返しをくらう。

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 一矢の言葉に、ボブはあっさり前言を翻した。
「じゃあ、お願いします。無理な時は連絡を下さい。最悪でもダーク・ピットを呼び出しますから」
 あっさり他部門の、しかも機構職員を呼び出すとボブは言い、一矢もそれに異を唱えない。
「妥当なとこかな。僕で駄目なら、対応出来そうなのってダークぐらいだもんな」
 言いながら、トートバックを前後に揺する。
「ともかく気をつけて下さい。さっきは言いませんでしたが、ブラックマーケットには二つの側面があります」
「人間個人の売買と、臓器の売買だろう?」
 端的に言い切り、一矢はボブの懸念を笑い飛ばす。
「臓器を売るには、僕をばらす必要があるけど、流石にそれはないんじゃない?」
 思いっきり反抗するからと、付け加え、一矢は薄い明かりの中を進んでいく。鏡面の様に継ぎ目一つない廊下を、二人は歩いて行った。
「済みません。どちらかというと、俺がいま心配しているのは、丸ごとの売買の方です」
「丸ごと? ……どういう意味?」
 何だか嫌な予感がする一矢に、ボブはあっさり答える。
「一応警告しておきますけど、桜花。自分の容姿が並外れて綺麗だってこと、ちゃんと思い出しておいて下さい」
「顔?」
 一矢は薄ら壁に映る自分の姿を眺め、嫌な予感にびくっと身構える。
「え〜っと、もしかしてそういう事をいいたいのかな?」
「言いたいんです。さぞかし高く売れることでしょう」
 一矢は頭を抱え、唸る。どうりで昨日作戦会議をした時に、ボブが強硬に反発したはずだ。
 一矢はてっきり臓器売買を懸念しているのだと思っていたが、事実それはボブも口にしている。だが実は、心の底では、その場では言えないような事を懸念していたらしい。
 ボブの判断では、一矢は臓器の提供物ではなく、売買ルートの提供物のようだ。そしてそれは確定事項らしい。
 ブラックマーケットでは、性別による扱いの差は少ない。それよりむしろ、容姿による扱いの差が大きいのだ。極上クラスの子供達がどうなるのかは、押してはかるべし。
 少なくとも一矢は、売買がどういう意味に当たるのか知っていた。仮にも星間軍の裏を取り仕切る人間だ。闇の情報には詳しい。売られた先の子供達を回収することもある。どんな状況かは、よくわかっていた。
 ただ自分がそれに当たるとは、全然想像もしていなかっただけで……。
「薬物を用いられれば一時的とはいえ、流石のあなたも意識不明に陥る事があります。意識がない時の一矢は普通の人間と同じです。……意味がわかりますよね?」
「ああ」
「その間に何かをされたとしても、……どうすることも出来ないでしょう。普段ならありえない事も、薬物下ではありえます。ブラックマーケットの真の恐ろしさは、その販売方法にもあるんです。子供達を薬漬けにして、意のままにするなんてのは、ざらです」
 ボブは一矢の横を歩きながら、続ける。
「一度薬に溺れさせられた人間なんて、弱いものです。狂気も正気になるのですから。支配している者達の言うがまま、反抗することもなくなります。そうなれば、先にあるのは地獄です。一生その世界から出られません」
「やけに詳しいな」
「……俺は元々陸軍の人間ですよ。星間戦争が終わった後、混乱した陸(おか)で何が起きていたかなんて、宇宙(そら)の一矢には想像もできないでしょう」
 そう言われ、一矢は苦笑する。確かにそれは一理ある。
 一矢は基本的に、どの戦場でも指揮官クラスの扱いだった。故にそういう意味では、末端のことはわからない。戦後の混乱期も一矢は宇宙に居たから、地上の廃退は大凡(おおよそ)でしか知らないのだ。
「そんなに酷かったのか?」
「食べる為に、親が子供を売っていましたよ。……止めましょう、こんな話」
 ボブは軽く首を振り、話を止める。

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「結局、俺が言いたいのは、あまり深入りしないで下さいって事です」
 沈んだまま、浮かんできませんよと、真顔でボブに告げられ、一矢は引き攣った表情のまま頷く。なまじボブが言うものだから、余計に恐くなる。これがもしリック【03】の言う事なら、問答無用で笑い飛ばせるのだが……。
「りょ、了解。気をつけるよ」
 絶対そうなる前に逃げ出そうと、いや、組織を潰そうと一矢は心に決めた。
 ボブは言うだけ言って満足したのか、ズボンのポケットから、エアカーのキーを取り出す。
「あれ、送ってくれるの?」
 目ざとくそれを見つけ、一矢は期待を抱いて聞き返す。
「たまには親らしいことでも、しておきましょう」
「実の親じゃないのに?」
 一矢が笑って聞くと、
「父の日には倍にして返して貰いますから」
 ボブは真顔で、そう応じた。

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 それから数刻のち。
 ハイスクールの校門の裏手に止めたエアカーから、一矢は勢い良く飛び出した。
「じゃあ、行ってくるね〜!」
 ぶんぶんと手を振って、ボブに合図をすると、鞄を抱え校舎に向かって走り出す。それを見送り、ボブはインカムを使って部下達に指示を出した。
「今入った。スカイネットによる監視を強化してくれ。……ああ、そうだ。面子にかけて……見逃すな」



 朝の学校は賑やかだ。特に就業前は騒がしい。制服を着た子供達が、思い思いに雑談に興じていた。
 教室に入った一矢は早速パイに声をかけられる。
「お早う、一矢君」
「はよっ、パイ。昨日は良く眠れた? 恐い夢見なかった?」
 自分の席に鞄を置きながら、一矢はパイに聞き返す。思ったより、危険な目に遭わせてしまったので、悪かったなと、一矢にしては反省しているのだ。
「大丈夫だったよ。一矢君こそ平気なの?」
 逆にパイに心配気に尋ねられ、一矢は苦笑する。
「僕は別に平気だよ。慣れてるし」
「?」
 不思議そうな顔をするパイに、何でもないと告げ、少し離れた所から、一矢をじっと見ているシドニーを呼んだ。
「シドニー、ちょっと」
 おいでおいでとシドニーを手招くと、びくっと反応した後、シドニーはすっ飛んで来た。
 うわぁ、ロバートの奴、絶対何か教えたな〜。この過剰な反応……。何言ったんだ、あいつ?
 どういう会話が親子の間で成されたのか、知らないが、自分の正体まで教えてないだろうなと、変に一矢は勘繰る。一矢が嫌がるから、最後の一線は越えてはいないだろうが、ヒントぐらいならロバートは与えかねないのだ。
「お、お早う、若林君」
「うん、お早う。それよりシドニー面白いもの持って来たよ」
 言いながら、一矢は胸ポケットを探り、白い石の付いた古ぼけた指輪を取り出す。
「じゃん。本物の白露です」
 得意満面で一矢が告げると、横合いからがばっと乱入があった。シグマとケンだ。
「何だとう!?」
「どれどれ?」
 シドニーそっちのけで、二人は割り込んで来る。一矢の手の平の上の指輪を見、おお〜っと声を張り上げた。
「これ本物?」
「うん。昨日あれから、パパがフォースマスターに頼んで借り出して来たのを、ちょっと拝借してきたんだ。みんな見たいかなって思ったから」
 無断持ち出しをあっさり白状しながら、一矢は指輪のリング部分を摘む。



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