掲示板小説 オーパーツ14
パパは僕に甘いから
作:MUTUMI DATA:2003.11.24
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「シドニーの持っていた偽者に、結構似てるでしょ?」
 三人は繁々と指輪を眺め、各々感想を漏らす。
「似てるかもなぁ」
「そっくりだって」
「石の輝きが違うのかな?」
 ケン、シグマ、パイは指輪を輪にし、言い合う。シドニーは輪には入らず、唖然とした表情をして一矢を見ていた。
「若林君……」
 シドニーは喘ぎながら、呟く。
 フォースマスターに父が預けた指輪が、何故昨日の今日でここにあるのか!?
 そう叫びたかった。そう簡単には、外部には持ち出せないはずなのに。幾ら一矢が、父親の借りたものを持ち出したと言っても、簡単には信用出来ない。何しろ一矢は自分の父親の知り合いだ。鵜呑みになど出来るはずがない。
「それ……どうして?」
「シドニー、後で説明してあげるよ」
 あくまで疑惑を抱くシドニーに、一矢はやっぱりネルソン家の血だなと感心しつつ、彼を黙らせる。猜疑心の強さはロバートで折り紙付きだ。だが今は、シドニーの疑問に付き合っている場合ではない。
「後でね、シドニー」
 にっこり笑って一矢は告げる。それはそれは、空々しい笑みだった。



「微弱電波キャッチ。ポイントR37より1体侵入」
「同じく、ポイントE96より2体侵入」
 管制室で、一矢の通う高校の監視を行っていたアンの元に、次々と情報が入って来る。
「全データマップ表示。開示して頂戴」
 アンの指示が終わるや否、今まで航宙図のあったフロア中央に、校舎の見取り図が示される。そこに三つの光点が出現し、徐々に校舎中央に向かって移動して行った。
「侵入物の特定はできるか?」
 ボブはアンの隣に立ちつつ、聞く。
「ええ、……少しお待ちを」
 応えつつ、アンは端末を駆使し、特定に入る。光点の一つがクローズアップされ、スカイネットからの拡大映像と重なった。映像はどんどん拡大していく。
「キラービーン? でしょうか?」
 蜂型の極小の監視マシンの名を挙げて、アンはキラービーンの性能表示を、スカイネットの映像の隣に出してゆく。
 蜂の解剖図に似ているが、全て電子機器の塊だ。目はカメラ、触覚はレーダー、胴体内部に送信装置を持つ、監視用の特殊機器だ。蜂に良く似た形をしているので、キラービーンと呼ばれている。
 一体だけでも値が張るので、一般的にはあまり使われない。ボブですら、まだお目にかかった事がなかった。
「……珍しいものを使ってきましたわね」
「ああ。性能は?」
「マニュアル通りですと、100メートル先の会話や映像が鮮明に拾える、とか」
 ボブは顎に手を当て、頷く。
「なる程」
「どうします? 阻止しますか? 高出力のレーザー砲で、ピンポイント射撃出来ますけど?」
 羽虫を落とすがごとく可能だと、アンは言いながらもボブを伺う。それに対し、ボブは軽く首を振り否定した。
「いや、必要ない。スパイさせておこう。その方が効率が良い」
 一矢こそが白露を持っているのだと、ジェイルに知らしめる必要があるのだ。敵のスパイ装置を活用しない手はない。キラービーンなら、まず間違いなく一矢の言葉、会話を拾うだろう。白露の生映像程、インパクトのあるものはない。
「そのままで現状を維持しろ」
「了解」
 アンは軽く頷いた。

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「だけど一矢、いいのか? 勝手に持ち出して、怒られないか?」
 心配そうにケンが聞くと、白露を自分の薬指にはめながら、一矢は朗らかに笑った。
「大丈夫だよ。パパは僕に甘いから」
 正確には自分の部下だから、反抗する事はあっても、自分を裏切る事はないんだと考え、我ながら苦笑してしまう。
 忠実な仕官は実に扱いやすく、また厄介な生き物だ。判断を一つでも狂わせると、直ぐに牙を剥いて来る。特に情報部は、そんな冷めた輩が多い。またそうでないと、到底勤務は出来ないのだが……。
 一矢はそんな事を思いながら、指輪をはめた手を天に翳す。白露の結晶部分が太陽の光に当たり、キラキラと虹色に輝いた。光の乱射が4人の目を射る。
「うわっ。眩しいよ」
「目に悪いだろ、一矢」
「でも、綺麗だよ」
 パイはキラキラ輝く光に魅せられ、うっとり呟く。手を戻し、一矢はパイに尋ねる。
「やっぱりパイも綺麗なものって好きなの?」
「好きよ。だって心が晴れやかになるもの」
 女の子だからなのか、普段はアクセサリーをあまり身に付けないパイでも、心を揺さぶられるようだ。輝きとはそういうものなのだろう。
「ふ〜ん、そうなんだ」
 じゃあ後で、もし白露を回収出来たらあげようかな。
 白露を眺めながら、一矢はそんな事をつらつら考えた。そんな時、
「あ、蜂〜!」
 パイがばっと席を立ち、窓の近くを指差す。一矢は反射的にそれに目をやり、僅かに眉を動かす。
「わっ。ホントだ。クマンバチ?」
「結構大きいぞ」
 既に逃げ腰で、シグマとケンも身構える。蜂はブンブン音を発しながら、教室内に入って来る。
「……そういう訳でシドニー。今日1日は僕が白露を持ってるけど、怒らないでね」
「え? ええ、はい」
 急に声をかけられたシドニーは、何だろう?と思いつつ頷く。教室内に入って来た蜂は真直ぐに、一矢達に向かって来た。ブンブンと音をさせ、一矢に纏わりつく。
「きゃ」
 反射的にパイは手を上げ、屈み込む。シグマとケンは教科書を片手に、蜂を追い出そうと振り回した。
「む」
「この蜂しぶとい! あっちに行け」
 二人はバタバタと教科書を振り回し、蜂を追いかける。一矢は暫し見物していたが、やがて鬱陶しくなったのか、数学のプリントを丸めると、蜂に向かって振り降ろした。
 バン。
 小さな音がし、蜂はへろへろと床に落ちる。
「おおっ、ナイスだ、一矢」
「上手い!」
 ケンとシグマは教科書片手に、盛んに喝采を上げた。たかが蜂、されど蜂だ。もし抗体反応を持っていたら、刺さされればショック反応をおこす事もあるのだ。用心に越した事はない。
 恐る恐る顔を上げ、パイは一矢にそっと聞く。
「殺しちゃったの?」
「……うん。蜂だって刺されたら危ないしね」
 一矢は床に落ちた蜂の羽を持ち、窓に近寄る。
「五月蝿いのは……嫌だし」
 呟きつつ、自分が叩き落とした物体を見る。薄く羽に印字された製造番号。眼から覗く小型カメラ。縮まった配線と、欠けた基盤。
 キラービーンか。良いもの使ってるじゃないか。金には糸目を付けないって事か?
 一矢は指先でキラービーンを握りつぶす。バラバラの部品となって、キラービーンは窓から落ちて行った。破片を見送り、一矢は窓を閉める。

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「……一匹殺しちゃいましたね」
「ああ」
 溜め息を尽きつつ、ボブは額を押さえる。
 先程まで三つあった光点が、今はもう二つしかない。恐らく一矢がキラービーンを一匹、始末したのだろう。
「隊長……短気だから」
 五月蝿く纏わりつかれるのが嫌だったのねと、アンは称する。
「キラービーンが消失前に、データを送信した気配はあるか?」
「そう、ですね。ええっと、数秒前に一瞬ですけど電波が強くなっています。恐らくこの時に……」
 電波の出力グラフを示しつつ、アンは答える。
「何かを送っているはずです」
「……そうか」
 ボブは呟き、腕を組む。
「では、こちらの目的はもう達したということですか、桜花?」
 問いかける様に、ボブは口に出す。
 既に必要がなくなったから、一矢がキラービーンを破壊したのではないかと、ボブは考えていた。要領の良い一矢の事だ。さっさと第一段階を、クリアしてしまったのだろう。
 最初の目的は、白露を一矢が持っていると、ジェイルに知らしめること。そもそも一矢を狙ってもらわなければ、この潜入は成り立たない。
「……上手く引っ掛かかってくれよ」
 ボブは校舎の見取り図上で動く、残りの二つの光点を眺めながらそう思った。

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 窓の外をキラービーンが二匹、ダンスを踊る様に飛び回っていた。ペン先を出したり、引っ込めたりしながら、一矢は鬱陶し気に蜂を眺める。
 しっかりと窓が閉じられているので、キラービーンが教室内に侵入して来る事はない。だが、側をちょろちょろされるのは、すこぶる気が散って仕方がなかった。
 そもそもスパイ用の監視マシンとして開発されたキラービーンは、単体価格が割高なこともあり、一般的にはあまり使われない。
 何度か見たことは一矢もあるが、こうもちょろちょろされると、叩き落としたくて腕がムズムズしてくる。
 つ、潰したい……!
 衝動的に力を送って、全部綺麗さっぱり無くしてしまいたいのだが……。白露をジェイルに確認させる為にも、この二体は潰す訳にはいかなかった。
 おかげで一矢は夕方まで、キラービーンに周囲を探られることとなる。ありもしない羽の音が自棄に耳について、一矢の脳裏から離れなかった。
 ……ヤブ蚊にたかられてるみたいだ。……神経に響くなぁ、これ。……あんまり使えないメカかも。
 自分の様に目敏い者からすれば、キラービーンは使いやすいものではなく、物凄くうざったい物なんじゃないかと、ふと一矢は思う。少なくとも情報部で、仕事に使おうとは思わない。使う為には、改良の余地が甚だ多しだ。
 授業が終われば、潰せるんだ。我慢だ、我慢……。
 他の学生達が平穏に過ごす中、一人一矢だけがキラービーンに追い回され、イライラして1日を過ごした。

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 その館は不思議な作りをしていた。アンティックで、幽玄。そして優美な外観。美しい4本の塔を持つ、独特の建築様式。アーチを抱く様に造られた天井。まるで夢の世界のお伽の城だ。
 真っ白な壁には細い冊子状の窓が幾重にも並び、太陽の光が欠片となり注ぎ込まれている。広大な空間には、色とりどりの家具が配置され、見る者を楽しませていた。
 そこには賑やかな、人々の気配があった。いずれも身なりの良い、教養豊かな男女である。俗に上流階級と呼ばれる、セレブ達であった。
 彼らは楽し気に談笑しながら、時々自分の持つ専用端末に数字を打ち込む。ゲームをするかの様に、彼らは人間を売買していた。
「只今の価格は2000万。他にはございませんか?」
 壇上の司会役の女が、引きずり出されて来た子供を指差し、セレブ達に尋ねる。
「珍しいレクファンズ人でございます。今後の入荷の予定はございません。とても価値が出る商品だと思われます」
 女の声が終わるか否、一気に2000万も価格が跳ね上がる。
「4000万、4000万が出ました。他におられませんか?」
 女の張りのある声が、空間に響く。
 そんな闇のオークションを、冷酷かつ冷徹に見つめる目が一対あった。会場を一望出来る高台に、男はいた。40代後半の男は、白髪の混じった頭を撫で呟く。
「質が落ちているな」
 壇上の子供を一瞥し、嘲る様に笑う。
「あの容姿では育てても、モノにはならんか」
 男はやれやれと首を振り、考え込む。
「貴重種では、4000万が限度か」
 そう言って、男は壇上の女に指示を出した。
「では、4000万にて契約!」
 女は男からの指示に従い、叫ぶ。舞台に引きずり出された子供が、蹲る様に泣き出すのが見えた。男は興醒めしたかのように、呟く。
「次に進めろ」
 その声が聞こえたのかどうか、壇上の女はキリキリと働く。次から次へと人間を競りにかけていった。



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