掲示板小説 オーパーツ15
映像出します
作:MUTUMI DATA:2003.11.24
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


71

「ジェイル様」
 オークションも佳境に入った頃、一人の老僕が男に近付いて来る。灰色のスーツ姿の老僕は、男の前で腰を折った。
「お耳に入れたき事がございます……」
「何だ?」
 男は不快そうに聞き返す。
「お捜しの白露を発見致しました」
「何!?」
 ジェイルは興奮し、思わず身を乗り出した。
「シドニーネルソンが、クラスメイトに預けていたようです」
「ふむ」
 軽く頷き、老僕に続きを促す。
「キラービーンからの映像写真でございます」
 老僕はジェイルにプリントされた映像を手渡し、確認を求める。ジェイルはそれを穴のあく程見つめた。
「……間違いない。本物だ。白露に違いない!」
 昔に見た記憶と完全に一致すると、ジェイルは叫ぶ。子供の指にはめられた指輪は、欲して、欲し抜いた物に他ならない。
「直ぐに確保しろ」
「御意」
 老僕は再び腰を折ると、離れて行った。ジェイルは楽し気に口元を綻ばせる。
「やっと見つけたぞ。白露……」
 その目には残酷な意志が宿っていた。

72

 最後のチャイムが鳴って、授業が終わる。学校は一気に火のついた栗の様に弾けた。
「終わった〜!」
 んーっと背を伸ばし、ケンは大きな欠伸をする。シグマは教科書代わりの情報ロムを取り出し、急いでケースに仕舞った。パチンと音をさせ、ケースを閉じるとぞんざいに鞄の中に放り込む。
「今日はまた一段と、授業が長かったよな。ふぁ」
 あふと、ケンにつられて欠伸を漏らしながら、シグマは眠いのか目を擦った。
「……授業ちゃんと聞いてたのか、二人とも?」
 あまりにも眠そうなその様に、一矢が不安気に聞き返す。ノートすらとっていないのでは、後が恐ろしい。絶対必ず、泣きつかれるのが目に見えている。
「授業? ん〜、ぼちぼち」
「僕も」
 そのぼちぼちって、何? 何だよ〜!
 一矢は胡乱な目をして二人を見る。
「つまり、全然聞いてなかったんだな?」
「「そうとも言う」」
 二人は同時にそう告げ、お互いに顔を見合わせた。
「……シグマ、ケン……」
 極僅かに低くなった一矢の声音を察して、二人は自分の鞄を掴むと、すかさずパイの背後に隠れた。
「きゃ」
「パイ、助けて」
「一矢が怒るんだ〜」
 口々に言いながら、パイを盾にする。パイは戸惑いつつも、しっかり文句を並べる。この辺り、パイも所詮姐ご肌だ。言うべき事はしっかり言っている。
「ちょっと二人とも、何してるのよ。ねえ、子供じゃないんだから。……もう! 人を盾にしないでってば!」
 どうしてこんな騒ぎになるのか、ノリについて行けないシドニーは唖然として4人を見る。シドニーからすれば、この行動は謎だ。
「二人ともまた赤点とりたいのか? 毎回、再テストにつきあわされる僕の身にもなってよ!」
 実は一矢、過去に三回程シグマとケンの再テストにつきあっている。つきあうとは言っても、一矢は別に赤点ではない。どちらかというと、トップクラスの成績だ。
 故に二人に懇願され、毎度毎度補習をしているのだ。情報部の仕事をしながら、この二人に勉強を教えるのは容易ではない。
 一矢が怒るのも無理はないのだ。
「もう僕は知らないからね」
 一矢は言いおくと、鞄を掴み、ズンズンと歩き出す。
「一矢……?」
「お〜い」
 パイの背から呼び掛ける二人に、一矢は振り返り、
「反省してくれなきゃ、絶交!」
 言い切ると、ドアを開け出て行った。
「ありゃ」
「まずった?」
 ぼそりと二人は呟く。かりかりと首筋をかきながら、二人は苦笑いを浮かべた。いつもなら笑って応じてくれる一矢だが、今日はどうもイライラしているらしく、冗談が通じない。
「二人とも……反省する?」
 そんな二人を、呆れた目でパイは見るのだった。

73

「はあ。我ながら大人気ないよな」
 一矢は溜め息をつきながら呟く。校庭の木々の緑が自棄に目について眩しい。
 放課後のクラブ活動に精を出す生徒達が、グラウンドに溢れていた。その間をすり抜け、一矢は校門に向かう。
「うう、わかちゃいるんだ。授業が眠いのは事実だし。でもさ毎回僕が補習するなんて、いい加減おかしいと思うんだよ」
 呟き、天を振り仰ぐ。お日さまは何時の間にか傾き、西日となっている。オレンジめいた色が、赤に変化し始めたのを確認し、一矢は太陽を眩しそうに眺めた。
 そしてふと空を、頭上を見上げ呟く。
「……だからねボブ、今季もシグマ達の補習が入ると思うんだ。それでね、……僕の仕事減らしといて」
 側で聞く者がいたら、誰に言ってるんだと突っ込まれそうな事をほざき、一矢は視線を周囲の植木に戻す。小さな羽音をさせて、虫が飛んでいた。
 蜂型の小型監視メカを一瞥し、一矢は再び歩き出す。ザガヴィのバックを持つ一矢の手には、白露の白い輝きがあった。一矢は揺るぎない目をして、堂々と校門を潜っていく。

74

「……だからねボブ、今季もシグマ達の補習が入ると思うんだ。それでね、……僕の仕事減らしといて、だそうです」
 軌道衛星スカイネットからの地上のクロースアップ映像を見ながら、【03】ことリック・テュースは一矢の口の動きを読み取る。
「……何が〈だから〉なんだ?」
 ボブは小声で突っ込みながら、首を捻る。
「【02】(ボブ)この場合そもそも、【桜花】(一矢)の台詞事態に突っ込むべきですね」
 どこか投げやりにリックは言い、校門を出ようよとする一矢の映像に見入った。いつもの歩調、いつもの態度で一矢は歩いている。どこにも緊張した様子はない。
 そんな一矢の周囲を、光点がぐるぐると動き回っていた。スカイネットからの映像に、アンがキラービーンの位置を重ねて表示しているのだ。小さな矢印でキラービーンと文字まで書かれている。
 キラービーンは一矢の周囲を行ったりきたりしている。これはさぞかし一矢の神経を逆なでていることだろう。情報部の誰もがそう思ったが、あえて口には出さない。誰も地雷は踏みたくないものだ。
「周囲に動きは?」
「まだ……ありませんわ」
 広域の拡大映像を解析しながら、アンは報告する。
ボブは腕を組んで成りゆきを見守った。今彼らに出来る事は他にない。
 時間だけが過ぎてゆく。一矢は学校を抜け、ステーションを越え、どんどん人気のない方へ進んでいく。そろそろ頃合いだ、誰もがそう思った時、予定外の乱入者があらわれた。
 一台のエアカーが一矢の歩く脇に近寄り、声をかけたのだ。灰色の髪の少年が、黒服の男達と共に、盛んに一矢に話しかけている。見覚えのある顔にボブは思わず呻く。
「シドニー・ネルソン、何をしている!?」
 リックは口笛を鳴らし、短く漏らす。
「最高のタイミング」
 見事にぶちこわしてますと、言わなくてもいい事を告げ、ボブに睨まれる。そんな内部のやり取りを無視し、アンが叫んだ。
「動きありました! 北方より侵入物!」
 はっとしてボブは命じる。
「解析!」
「終わっていますわ。映像出します」
 アンは端末を叩きながら、自分も画像に見入る。それは流線形を描く銀色の物体だった。涙型のボディに短い翼を持っている。

75

「バトルシップ?」
 宇宙港や軌道エレベーターのない惑星で、軌道上の宇宙船からの乗り降りに用いられる連絡艇の通称を呟き、ボブは怪訝な顔をする。
「クレイ社の今年度版のようですわ」
 何時の間にかアンがデータを取り出し、スペックを諳んじる。
「光速対応、左右の翼下部に小型のレーザー砲2基を装備、最大乗員は10名。……対地攻撃可能、ですって」
 どうしましょうという顔で、アンはボブを見た。ボブはじっと映像を睨んだまま応じる。
「【06】(シズカ)は?」
「待機していますが」
 そう言いつつ、アンはシズカ達のチームが待機している箇所を表示する。一矢達が居る場所から1キロ程離れた場所だった。
「直ぐに向かわせろ。シドニー・ネルソンを引き離せ」
「了解」
 アンは短く告げると、そのまま指示を転送する。ジャミングをかけた光通信はタイムラグなくシズカ達にもたらされた。【06】の表示がマップ上、猛スピードで移動していく。
 だがどう見ても侵入して来たバトルシップの方が、一矢達の元に辿り着くのが早い。そもそも移動速度が違うのだ。光速対音速では、光速に歩があるのは素人でもわかる。
「【02】(ボブ)」
 作戦を中止にすべきではないかと、視線を向けるリックに、ボブは軽く首を横に振り応じる。
「駄目だ。それよりもバトルシップが来たということは、母艦がどこかに居るはずだ。アン?」
「ええ、いま調べています。待って……」
 ざっと、ディアーナ星の地上を監視するスカイネットではなく、宇宙空間を偵察する星間軍のシステムへと別な回線を開き直し、アンは無理矢理データを引いてくる。
 半ば強制的に宇宙港の現情報を表示させ、それらしきものがないか確かめていく。
「ん……」
 可愛らしく下唇を噛みながら、入港記録をスクロールさせていたアンは、パンと軽く指を弾いた。
「あった!」
「どれ?」
 リックがアンの見ている端末を覗き込み、入港記録を読み上げる。その間にアンは、船の停泊しているドックの映像を、無断でかすめ取って来た。
「船名フリーダムスター、所有者はナイツ。ナイツだと? 誰だ?」
 そのまま所有者を調べそうな勢いのリックを制し、ボブはアンが出したドック内の船体映像、その船体の中央部分のマークを指差す。
「シルバースピアだ」
 黒い船体の中央には、大きく銀の槍のマークが入っていた。金さえ積めば何でもする傭兵団の印しだ。
「……まだ、ジェイルと繋がってるってことかよ」
 リックはそう漏らし、薄く瞳を細める。内心いい度胸だと思っているのだろう。
「【02】(ボブ)! 【06】(シズカ)間に合いません! 【桜花】(一矢)に敵接触!」
 アン以外のオペーレーター、【166】の声が管制室に響いた。はっとして三人は、スカイネットの映像を振り仰ぐ。



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