掲示板小説 オーパーツ16
誤魔化さないで欲しい
作:MUTUMI DATA:2003.11.24
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 情報部が緊張に包まれた、その少し前。


 ぽてぽてと道を歩いていた一矢は、自分の方に降下してくるエアカーにはっとして身構えた。じっと様子を伺っていると、良く見知った顔がウインドウから顔を出す。
「若林君。良かったら乗っていかないかい?」
 シ、シドニ〜……。
 一矢はかくっと肩を落とした。どうしてここに居るんだと、叫びたかった。
「ちょっと若林君に聞きたい事があるんだ」
 そう言ってドアを開く。一矢は困った顔をし、僅かに身を引いた。
「いや、遠慮しておくよ。回り道させると悪いし」
「それは大丈夫だよ。こちらは別に構わないから」
 さらりと、にこやかにシドニーは言い切る。
 ……うぐっ、僕が困るんだよ〜〜〜!
 一矢は叫びそうになる口をぐっと閉じた。
 何も今日、この瞬間に来る事はないだろうと思うが、シドニーはシドニーなりに気をきかせたつもりらしい。
「学校で聞こうかと思っていたんだけど、……何だか聞き難くて」
「?」
 小首を傾げる一矢の方に身を乗り出しつつ、シドニーは核心の言葉を紡いだ。
「教えて欲しいんだ。君と父上の関係」
「え?」
 一矢はきょとんとして、シドニーを見る。
「父上は自分に沈黙を強いていて、決して語ってくれない。だから、君の口から直接聞こうと思って。白露を若林君が持っている理由も、きっと意味があると思うんだ……。今のままじゃ、……僕だけが蚊帳の外だ」
 それは凄く悔しいと、シドニーは呟く。
「シドニー……」
「ねえ、お願いだ! きちんと教えて! 私にもわかる様に、ちゃんと言って欲しいんだ!」

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 真剣なシドニーの様子に、一矢は暫し圧倒される。純粋な思いは時として、とても残酷だ。一矢がそう感じたとしても無理はない。
 なるべく秘密裏に事を進めようとしていた矢先に、自ら墓穴を掘るような真似は、到底出来やしない。そんなことは良くわかってはいたが、シドニーを無下に扱い、このまま作戦を続行するのも、何だか気が引けた。
 だから一矢は、困ったなという表情を浮かべ、逡巡した後に、やや虚無的にシドニーに聞き返していた。
「……そんなに知りたいの?」
「勿論!」
 一矢の問いに、シドニーは間髪を入れず頷く。
「それが引き金でも?」
「え?」
「この星間の暗部を知る引き金でも、君は本当に知りたいと思うの? ……ロバートの裏の顔を知る覚悟が君にあるの? 昔ロバートがした事、今している事。僕が関与した「もの」はどれもこれも酷いものだけど、……本当に知りたい?」
 小首を傾げ一矢は聞く。シドニーは意味が飲み込めていないのか、きょとんとした顔のままだった。何故父親と一矢の関係の説明を求めて、そういう答えになるのかがわからない。そんな表情をしていた。
「そういう出合いだから、そういう関係なんだよ」
 謎かけの様に一矢は笑って答える。

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「ロバートを顎で使えるカードを僕が持っていて、同じく、僕を顎で使えるカードをロバートが持っている。共食い状態の肉食動物同士ってとこかな」
 一矢は言いながら、ちらりと指にはめた白露に視線を向けた。
「だから……色々あって断れないんだよ」
 君の護衛もね。
 一矢は心の奥底でそう付け加える。
 本来なら、幾ら総代官邸からの指示でも、一矢は従わなかっただろう。そんな事に部隊を割くつもりは毛頭ない。けれど、流石に弱味を握られている相手からだと、そうはいかない。官邸を通した命令の手口といい、つくづく痛い所をついてくるものだ。
「どっちにしろ、シドニーが愛されている事にかわりはないけどね」
 一矢は肩を竦める。シドニーは思わず眉を寄せた。どこをどう処理すればその文脈になるのか。父親の真意を知らないシドニーには、一矢が自分を誤魔化そうとしているとしか思えなかった。だからつい一矢の態度に苛立って、エアカーを降りてしまう。
「若林君!」
 一矢の名を呼び詰め寄る。
「誤魔化さないで欲しい」
 真剣な顔で告げるシドニーを宥めるかの様に、黒服のSPが一人、シドニーと一矢の間に割り込んだ。
「坊ちゃん。まあまあ、落ち着いて」
 SPに子供扱いされ、ムッとした表情をシドニーは浮かべる。このあたりシドニーもまだまだ子供だ。
 一矢は何事かを弁明しかけ、はっとして天空を振り仰ぐ。微かに一矢の視界に、キラキラと光る物が写った。陽光が何かに反射し、眩しく目を焼く。
 まずい!
 咄嗟に一矢は、SPごとシドニーをエアカーの中に押し込んだ。
「!?」
「ちょっと、まっ……!?」
 SPに押しつぶされた状態で、何かを言いかけたシドニーに向かって、
「また後でね。シドニーが知りたいのなら、ちゃんと教えてあげるから。僕はロバート程意地悪じゃないよ」
 笑いを含んだような声で告げ、一矢は身を翻す。
「若林君!?」
「君!」
 シドニーとSPの呼ぶ声を背にし、一矢は数歩前に動く。次の瞬間、シドニー達の眼前を何かが横切った。暴力的な速度でそれは通過していく。
 木の葉が煽られ、緑のままバラバラと散った。暴風と爆音にシドニーは思わず目を閉じる。
「くっ」
 静寂が戻った時、SPの腕に庇われたままだったシドニーは、混乱した頭を振りながらも目を開いた。
「一体何が?」
 訳がわからず問うと、SPの一人がポツリと漏らす。
「今のは……バトルシップ? 低高度飛行にも程があるぞ」
「バトルシップ?」
 シドニーは呟きつつ、一矢は大丈夫だろうかと視線を巡らす。だがそこには、さっきまで一矢がいた地点には、もう誰もいなかった。いや正確には一矢の持っていた鞄以外、何もなかった。
「!?」
 シドニーとSPは互いに息を飲む。
「若林……君?」
 シドニーの声だけが、虚しく虚空に響いた。

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 暴力的な速度で地上に近付いて来たバトルシップのドアから、半身を乗り出していた男二人に、一矢は一方的に腕を掴まれる。
 途端に一矢の体は、地面を離れ空中に躍り上がった。ほんの一瞬、腕の力が弛んでしまい、鞄が手から離れ落ち、教科書が地上に散乱する。
 一瞬の通過にも関わらず、男達は極めて正確に一矢の体を掴んでいた。捻りあげる様に、無理な体勢のまま、力尽くでバトルシップの中に一矢を引きずり込む。
 ズルズルと衣服の擦れる音がした。それを見、他の男が素早くドアを閉じる。カシャっという、独特の施錠音がキャビンに木霊した。

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「いっ、つう」
 背中をしたたか打ちつけ、一矢は一瞬息を止める。いくら高位の能力者とはいえ、肉体は普通の人間だ。特別に強化している訳ではないので、乱暴に扱われれば痛みも感じる。体力的には、一矢といえど普通の子供と大差がないのだ。
 恨みがましい目付きで、打ちつけた背中を庇いながら、一矢はキャビンの冷たい床から半身を起こす。そんな一矢を囲み、見下ろす様に3人の男達が輪を作った。一矢は床に座ったまま、無言で男達を見上げる。
「ようこそ。我らの船へ」
 中の一人がそう言い、慇懃無礼に腰を折った。額に大きな十字の傷を持つ、角顔の男だった。男は濁った目で、何を思ったのかジロジロと一矢を観察する。
「ほう。随分と愛(う)いな。なる程、これなら確かに無傷で手に入れろと言われる訳だ」
 一矢は黙ったまま角顔の男を見る。男は唐突に一矢の腕を掴むと、素早く真上に干練り上げた。
「うっ」
 一矢は咄嗟のことに対応出来ず、苦痛の声を漏らす。十字傷の男は気にするでもなく、一矢の指先を濁った目で凝視した。
 まだ子供らしく細くしなやかな指には、古めかしい白の結晶の指輪があった。それを認め、男は思わず感嘆の声を漏らす。
「おお! 間違いない。これは白露だ」
 そう叫びながら、素早く一矢の指から引き抜いた。



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