掲示板小説 オーパーツ17
怯えているのか?
作:MUTUMI DATA:2003.11.24
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 するっと指輪は、一矢の指から外れた。同時に捻りあげられていた手首も離される。
「くっ」
 関節を痛めたのか、肩を押さえながら一矢は十字傷の男を睨む。瞳には反抗的な色が伺えた。男は一矢の態度には全く無頓着に、白露の結晶をゆっくりと覗き込む。室内光源に反射され、白露は怪しく煌めいた。男は薄く笑みを浮かべ、満足そうな声を漏らす。
「随分と手間をかけさせられたが、ようやく手に入れたぞ。これで依頼は果たしたも同然。その上さいさきの良いことに、可愛いディアーナ土産も出来た」
 一矢の顔を見下ろし、男は嘯く。一矢の頬がさっと青白くなった。

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 その様子を見て男は揶揄するように、唇を持ち上げる。ひどく残酷な光を目に浮かべ、一矢の顎を掴むと、無理矢理顔を上に向かせた。一矢と男の視線が真っ向からかち合う。
「怯えているのか? 可愛いな」
 一矢は沈黙を保ち、直ぐに視線を反らす。小さくカタカタと震える頬を、男はそっとなぞった。
「!?」
 とっさに反撃しそうになる力を押さえ、一矢は沸き上がって来た殺気を鎮める。注意深い者なら、この瞬間にも一矢の擬態は見抜かれていただろう。だが幸いな事に、男達にはそれ程の観察力はなかった。
「どういうつもりで……こんな、こと……。あなた達は誰なんですか!?」
 一矢は怯えた表情で男を見る。自分がどういう態度をしたら相手が喜ぶのか。特にこういう自己よりも弱いと信じた者が、哀れな顔をするのが大好きな、被虐心に痺れるようなタイプの人間を、じわじわと煽るのは一矢にとって簡単な事だった。
 星間戦争中に、嫌という程実例を見ている。それをちょっと応用すればいいのだ。
「僕を、……どうするつもりなんですか!?」
 微かに涙目で、一矢は十字傷の男を見返した。案の定、男の目が満足そうな色を帯びてくる。ゆっくりと一矢の頬を撫でながら、男は言った。
「さあて、どうしようか?」

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 一矢の柔らかい、珠のような肌の感触を惜しむ様に手を離し、男は濁った目を細める。
「どちらにしろ、俺は依頼をこなすのみだ。お前の処置には関与出来ない。お前がどうなるのか想像はつくが、知った事ではない。……惜しいとは思うがな」
 言いながら男は一矢の襟元に付いていた、徽章を外した。2ーHとプリントされたバッチを、男は投げ捨てる。
「ま、二度と学校にも行けず、親にも会えない事は確かだ」
「!?」
 ビクンと一矢は反応し、目を見開く。
「何だ、誘拐か何かかと思っていたのか? だったら悪かったな。シドニー・ネルソンなどと関わるから目を付けられる。最もそうでなくとも、遅かれ早かれ同じ事になっていたかも知れんが」
「?」
「無自覚か? ディアーナは平和な惑星だから、危機感は少ない様だな」
 全くだと、一矢は内心思う。
 パイやシグマを見てもわかる様に、自分達が危険に陥る事など、まず有り得ないと思っている。事件に巻き込まれるなど想像もしないのだろう。ましてやブラックマーケットが存在するなんて、きっと信じようともしないだろう。ディアーナ星系はそれ程まともで、健全な惑星系なのだ。
 辺境や内乱直前の惑星に行けば、ブラックマーケットはより身近になる。治安の混乱した星で、子供達を攫うのは簡単だ。ちょっと武器をちらつかせればいい。下手をするとテロ組織、民族組織そのものが、武器を手に入れる為に同族の子供達を売る場合もあるのだ。
 星間連合としてもどうにかしたいのだが、どうにも出来ないのが現状だった。だが……。一矢自身は、到底見すごせないと思っている。現状を知る事の出来る立ち場だけに、何らかの措置をしなければならないと思っている。
「……どういう意味? 僕はどうなると……?」
 十字傷の男はニヤニヤと笑みを浮かべ、一矢の首元から腹にかけ、人指し指で1本の線を引く。途端に何故か一矢は本気でぞっとした。異常にヤバイ気がしてくる。
 こいつ……本気でやばい! その手の動きはなんだよっ! 人体をばらすって言いたいのか、性的に煽ってるのか? ……どっちにしろ勘弁してくれ。
 異常人格、性格破綻者、変態。そんな単語がぐるぐる一矢の頭を巡る。さっさと殴り倒して、逃げ出したくなってきた。 
「お前は売られる。せいぜい稼げ」
 その言葉に、一矢はこいつにだけは言われたくないと思った。

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「フリーダムスター、ドックから動き出しました」
 赤の輝点を示しつつ、アンはボブの方を伺う。宇宙港から外洋に向け、ゆっくりと船は移動していく。
「バトルシップは?」
「現在も移動中。双方の予想航路出します」
 【166】の声と共に、弾き出された予想航路が薄く軌道図に重ねられる。フリーダムスターとバトルシップの航跡が、ディアーナの外軌道上で重なった。
「途中で合流ですか? まあ、自分達が非合法な事をしている自覚はあるようですね。残念だな。……今なら宇宙港に被害も出ないんだけどなぁ」
 リックの小声に、ボブは眉をしかめる。
 いっそ今落としてしまった方が、後腐れがなくていいんじゃないかと、そう唆されている気がした。そしてある意味、その提案にのりたいとボブが思っているのも、また事実だった。
「【03】(リック)口を閉じていろ」
 憮然としたボブの声にリックは肩を竦める。気を取り直し、ボブはアンに命じる。
「追跡準備は出来ているな? では、始めろ」
「了解」
 アンは軽く頷いた。一瞬で部屋中のあらゆる場所の端末にデータが流れはじめる。オペレーター達が慌ただしく動き始めた。
 管制室の中央に航宙図、全宇宙、つまり星間連合の支配区域の全てを示す図面が、再び出現する。そしてその中の極僅かな一部地域、ディアーナ星系を示す部分のみが拡大表示された。【桜花】と書かれた文字が、ゆっくりと右から左へ移動していく。
「見失うな」
「わかっています」
 アンは何時になく真剣な顔をして頷く。
 地下にある第十世代型コンピューターがフル稼動を始める。様々な情報、航宙管制システム、星間軍の宇宙監視網、民間のネットワーク通信、それらあらゆる追跡システムから情報を得、推論しながらフリーダムスターを追跡するのだ。
 今回の一矢は、発信装置の類いを携帯していない。身分がばれる恐れのある物を、持つ訳にはいかなかったのだ。非常時のように、一矢が自分から連絡をして来ない限り、一度見失えばこの広い宇宙から一矢を探し出すのは困難を極める。下手をすれば見つからない可能性の方が高い。
 決して失敗は出来ないのだ。だから管制室は、緊張の極みにあった。ボブはきびきびと動くオペレーター達を無視し、【桜花】と書かれた文字を目で追った。
 文字は急速に速度を上げる。

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 一方その頃、放置された感のあるシドニーはというと……。真っ青な顔をして辺りを見回していた。
「若林君!」
 必死に叫ぶが答える声はない。道路には一矢の鞄と教科書が、散乱するのみ。震えるシドニーをSPの腕が必死に支える。
「坊ちゃん!」
「……っ。どうしよう、棚(ほう)! 若林君が……。若林君が……!」
 シドニーは戦慄きながら、呟く。
「僕のせいだ。白露が叔父に狙われているのを、知っていたのに……。若林君が持つのを止められなかった。止めさせるべきだったのに! 僕が迂闊だったせいで、若林君が攫われた!」
 先程、自分達の方に突っ込んで来たバトルシップが、一矢を攫って行ったのだと、シドニーは断言する。はっきりと、その目で見てはいないが、これ以外に考えられない。一矢が勝手に消える理由がどこにもないのだ。
 SPの一人棚(ほう)・ライデムが、狼狽するシドニーを思わず諌めた。
「しっかりなさって下さい! 過ぎた事は幾ら後悔しても遅いんです。それよりも、これからどう対応するかが大事なんです!」
「あ」
 動転していたシドニーは、その言葉にはっとなる。
「ネルソン家の情報網を使うんです。上手くいけば行方を探れるかもしれません」
「そ、そうか!」
 棚の言葉にシドニーは慌てて頷く。
「じゃあ急いで……」
 捜す手配を!と、言おうとしたシドニーは、突然突っ込んで来た物体に驚いて言葉を飲み込んだ。上空からエアカーが急接近して来たのだ。
 漆黒のエアカーは、急制動のまま、シドニー達の直ぐ側を掠める様に通過し、くるりと反転すると制止した。良く見ると普通のエアカーではなく、軍用使用の大型のエアカーだった。
 漆黒のエアカーの開閉部から、ヌっとニードルガンが突き出される。
「坊ちゃん!」
 たまらず棚がシドニーを背に庇う。これら一連の動きを無視するかのように、涼やかな女性の声が謎のエアカーから漏れた。
「止めて下さいます? ここで同士打ちは勘弁願いますわ」
 言い放ち、大口径のニードルガンを片手に、女性がエアカーから降り立つ。スラリとした美しい女性だった。



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