掲示板小説 オーパーツ18
そう思うのは何故?
作:MUTUMI DATA:2003.11.24
毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


86

 完全重装備の黒の軍服姿で、女性はエアカーから降り立つ。緊張するSPを片手で制し、彼女は手に持っていたニードルガンをホルスターに仕舞った。
「無事でなりよりですわ、シドニー・ネルソン」
 そう言って、わずかに体をずらす。軍用使用のエアカーには他にも大勢の人影が見えたが、皆、女性に全てを任せているのか、降りて来る気配はない。
「【06】」
 中から低い男の声がする。
「待機していて」
 女性はシドニーに向かって歩いて来ながら、背後のエアカーに言い放った。エアカーはいまだにホバリング状態のままで、地表から浮いたままになっている。微かに空気が淀み、暖気が伝わって来た。
「大丈夫でしたか? お怪我は?」
「え? ……あ、あなたは!」
 シドニーは自分の前に立つ女性を見、声を上げた。
「あの時の?」
 昨日学校で襲われた時に、助けてくれた一矢の父親の同僚だという事を思い出し、シドニーは思わず縋り付く。
「私は平気です。ですけど若林君が大変なんです!」

87

「一矢が?」
「攫われたんです!」
 シドニーは必死に訴える。一矢の父親なら、何とか出来るんじゃないかと思ったからだ。自分を護衛すると言い切った、星間軍情報部。その実力の程は知らないが、実行力は全くの法螺でもないはずだ。現にいまここに、この女性が居る。
「今直ぐ追いかければ間に合うかも知れません!」
 女性、【06】ことシズカは、暫し考え込んでいたが、ふと片耳に手を当てた。右耳の奥に仕込んだ通信機が、本部から何かを伝えてくる。
「もう、聞きにくいわね……」
 などと呟きながら動きを止め、何かにじっと聞き入る。やがて彼女は、ほうっと重い吐息を付いた。
「シドニー・ネルソン、もう遅いわ。一矢の収容された船がディアーナ星系を出たわ」
「!?」
 ぎょっとしてシドニーは息を飲む。
「既に外航路ゲートに突入間近よ。今更追い付けないわ」
 軽く首を振りつつ、シズカはそう評する。
「そんな……」
 落ち込むシドニーに手を貸しつつ、SP達は訝し気にシズカを見た。じっと疑心の混じった顔で睨む。
「あんた……」
「私は【06】。今はそれ以外の名はないわ。仕事中ですもの」
 軍服に似合わない涼やかな声をさっさと聞き流し、SPの一人、棚が問う。放心状態のシドニーを支えながら、鋭く尋ねた。
「見てたな? 全部始めから知ってたな」

88

「私が?」
「ああ」
 棚は頷く。
「でなければ……、あんた達が仕組んだかだ」
 おやっという顔をし、シズカは棚を見る。シドニーも驚いた顔をして、棚の横顔を見上げた。
「ふざけるなよ。何を考えてるんだ!」
 棚は怒鳴る。
「正気なのか!? 何故助けなかった!」
 シズカは薄く笑い、棚に問いかける。
「そう思うのは何故?」
「簡単だろうが。【06】だっけ、あんたの着ているその服の胸のマーク、その徽章は桜花部隊のものだろうが!?」
 吐き捨てる様に言われ、シズカはあらら、と小声をあげる。
「特殊戦略諜報部隊! 通称桜花部隊。星間最強の闇の部隊が関わっていて、何も知りませんでしたで済むかよ」
 そう指摘され、シズカは自分の軍服の胸に刺繍されている桜の印を摘む。知らず苦笑が漏れた。
「私の単純ミス? いいえ、どちらかと言えば、……あなたの知識の勝利かしら」
 全くたかがSPの癖に、どうしてそこまで知ってるかなぁ、などとぼやき、シズカは棚と視線を合わせる。
「確かにこれは、私が桜花部隊時代に使っていた制服よ。でも今は、私は桜花部隊には関係していない。だって特殊戦略諜報部隊は、とっくの昔に解体されたのよ。ない組織には、どう頑張っても属せないわ」
 1年と少し前に統合本部の命令で、全てが消滅している。組織も、人員も。装備も。何もかも……。
 そう、全てが一度解体され、そして……新しく組み込まれたのだ。桜花部隊を飲み込み、表の機関として情報部は作られた。桜花部隊時代の全てを引き継いで、何もかもが生まれ変わった。合法的な星間軍の部局に。
 だからあながち、シズカの言っている事に間違いはない。恐ろしく曲解されてはいるけれども……。
 例え情報部イコール桜花部隊なのだとしても、表の公式見解はシズカの言葉が正しいのだ。

89

「あ? 解体?」
 棚は間抜けな声を出した。
「そうよ。私が今属しているのは星間軍情報部。このディアーナを基地とする、部隊よ」
 シズカは言い切り、棚を眺めくすりと笑う。
「あなた、知っている事が古いんじゃなくて?」
「うっ」
 棚は苦虫を噛み潰したような顔をし、ならばと、聞き返した。
「じゃあなぜ、今ここにいる? このタイミングで現われた?」
 シズカはスッと天を指差す。薄く雲がたなびく天空を、細い指でさし示した。
「このディアーナの静止軌道上には、星間軍の管理するスカイネットがあるわ。それが全てを見ている。ネズミすら、勝手には動けないのよ」
「!」
 棚は、詰めていた息をふっと吐き出す。
「ネルソン君に危険が迫っていると知ったから、私達は急いで駆けつけた。……最もちょっと遅かったようだけど」
 シズカはそう言って、肩を竦める。どこか非常に官僚的な仕草だった。
「あのっ!」
 シドニーは棚を押し退け、あくまでも冷静なシズカをイライラして睨む。
「そんな事より若林君は、どうなるんですか! 早く救出しないと、とても危険です」
「そうなんだけど……。でも、多分大丈夫よ」
 シズカは曖昧に言葉を濁す。
「え?」
「ん〜、なんて言うのかしら。一矢は運が良いから。いえ、ちょっと違うわね。私は一矢を信頼しているから。きっと自分で逃げて来るわ」
 あっけらかんとしたシズカの言葉に、シドニーは思わず固まった。それで済ますつもりなのかと、まじまじシズカを見てしまう。
「あ、あのぅ……」
「もっとも約1名、心配し過ぎて胃薬が必要な方もいるけど……」
 【02】(ボブ)のムスッとした顔を思い出し、シズカは呟く。
「どちらにしろ、対応は私達がします。ネルソン家は、傍観していて頂けるかしら?」
 微塵もこの申し出が拒否されるとは思わない口調で、シズカはシドニーに迫った。勿論拒否しようものなら即刻、翻意させる用意はある。
 これ以上のシドニーの介入を、誰も望まない。こう言われてもまだ迷うシドニーに、シズカは静かに指摘する。
「一矢の事は、一矢の父親に任せるべきでは?」
「あ……」
「私達、少なくともネルソン家よりは、専門的だと自負しているんですけど?」
 シドニーはシズカをじっと見つめた後に、信頼に足ると思ったのか、力強く頷いた。
「わかりました。お任せします」
 散乱したままの一矢の教科書を、目の端に捕らえながら、シドニーは唇をかんだ。自分がふがいなくて、泣き出しそうだった。
 一度ならず、二度までも一矢を巻き込んだ事を恐れ、後悔し、心を痛めていた。叔父ジェイルの危険性はシドニーも知っている。そんな叔父の手に一矢が落ちたのだと思うと、どうやって謝ったらいいのかわからない。
 パイさん達に、なんて言えばいいんだろう? きっと……皆心配する……。
 シドニーはそう思って、ぐっと手を握り込む。指が何時の間にか青白くなっていた。

90

 地上がそんな騒ぎの渦中にある頃、一矢はフリーダムスターの一室に閉じ込められていた。閉じこめられたとはいっても、縛られたり、拘束具を付けられたりはしていない。
 一矢がごく普通の子供だと、シルバースピアの傭兵達は信じ切っている。だから鍵のかかる小部屋に押し込まれた、という表現が一番近いか。一矢が逃げ出したり、反撃したりするとは、誰も微塵も疑っていなかった。傭兵を相手に一介の高校生が、何が出来るんだとたかをくくっているのだ。油断と言えなくもない。
 このあたりの甘さが、所詮三流の云われなんだろうなぁ。
 簡易ベットの上に寝転び、一矢はぼんやり天井を見ながら思う。この部屋は驚く程、天井パネルが低い。一矢の身長ぎりぎりしかない。フリーダムスターの規模から考えると、ありえないスペース、死んだ空間となっていた。
 この宇宙船、かなり違法に改造してあるようだな。どうせここも、密輸とかに使っていた極秘のスペースなんだろうなぁ。きっと設計図にないんだ。
 自分のいま居る場所の、先客は何だったんだろうと、一矢は首を傾げる。武器弾薬か。はたまたドラックか、それとも一矢のような人間か。
 特にすることもない一矢は、とりとめもない事をつらつら考えていた。と……。
 慣れ親しんだ感覚が一矢を襲う。ほんの一瞬、数秒間だけ体がぶれた気がしたのだ。宇宙生活の長い者なら、誰もが自然と身に付く感覚だ。
「跳んだ……か」
 恐らくディアーナ星系のゲート(移動門)を使ったのだろうと推測し、そこから先に繋がる様々な航路を思い浮かべる。宇宙の交通要所というだけあって、ゲートの出口はあちこちに伸びている。まるでタコ足のようだ。



←戻る   ↑目次   次へ→