掲示板小説 オーパーツ19
ちなみに俺は愛用してます
作:MUTUMI DATA:2003.11.24
毎日更新している掲示板小説集です。修正はしていません。


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 その中には、一矢ですら使った事のない航路も存在する。辺境宇宙、或いは中央宇宙。自由自在に移動可能なのが、ディアーナ星系の特色の一つでもあった。
「ボブ、ちゃんと追いかけて来てるかなぁ」
 自らのプライドと意地にかけて、追跡に予断がないであろう副官の姿を思い浮かべ、一矢はこそっと笑う。
「まあ、頑張ってもらいましょうかね」
 途中で見失うなら、それはそれで仕方がないと思う。だが、出来る事なら最終目的地までカバーして欲しいと思った。信頼に足る味方がいるといないでは、大きく行動が変化するのだ。

92

 一矢一人で対処しようとすれば、相当疲れる。一人で何役もこなさなければならないからだ。やってやれない事はないが、どうせなら楽をしたいと思うのも人情だろう。
「久しぶりに……独りか」
 ごろんと体を横に反転させ、一矢は目を閉じる。しんとした空間が、たまらなく睡魔を惹き付けた。
「……あふ」
 眠いな。
 欠伸を噛み殺し、そういえばと一矢は考える。
 ここんとこまともに寝ていなかったな……。今の内に休養しておいた方が良さそうだな。
 酷く冷静に、一矢は己を分析するのだった。

93

「フリーダムスター、オーウェイ星系にゲートアウト確認。スピカ方面に移動中」
 数日に渡る追跡の末、情報部はまだフリーダムスターを見失ってはいなかった。星間中に散る構成員すら非常呼集し、綿密に情報を蓄積、分析した結果、物凄く細い線だったが、何とか糸は繋がっていた。
「スピカ? ブリアンゲートを使うつもりか?」
 アンの報告にボブは小首を傾げる。
「ユージンゲートかもしれませんよ」
 ボブの隣に陣取ったリックが、呟く様に述べた。
「ありえるな。どちらにしろ行き先は辺境だ」
 オーウェイ星系、スピカ方面には二つのゲートが存在する。ブリアンゲートとユージンゲートだ。そのどちらもが辺境宇宙と繋がっている。辺境とはいっても文明レベルは高い。中央宇宙と何ら差異はなかった。
「ユージンゲートを使われるとやっかいですね」
 巨大な航宙図を眺めつつ、リックはボブに話を振る。中央の図面の中では、赤い輝点が凄まじい速度で、宇宙を横切っていた。視線をリックと同じ航宙図に向けたまま、ボブは相槌を打つ。
「そうだな。ユージンゲートの突出先は、緋色の共和国だ。緋色とは関わりたくない」
「全くです」
 【02】(ボブ)と【03】(リック)、一矢がいないこの状況では、情報部で最も尉官の高い二人が揃って眉を潜め、そうぼやく。いや、一矢が居てもきっと同じ反応をしただろう。
 スカーレット・ルノア共和国。通称緋色の共和国。辺境という地理でありながら、軍事大国を自称する国家だった。緋色の共和国はその圧倒的な拡張思想により、周辺宇宙の数多の国家に多大な圧迫感を与えている。早い話が、緋色の共和国は周辺国家を併合したくて、したくてたまらないのだ。周りからすればいい迷惑だ。
 星間連合の手前、まだ行動は起こしてはいないが、星間連合の力が弱まれば、恐らく直ぐにでも行動に移すだろう。そう考えられている。この宇宙の火薬庫の一つだった。
 だからそういう国家とはあまり接触したくない、二人がそう思うのも無理のない事だ。
「あのう〜。お話中すみません。……フリーダムスターがユージンゲートに突入しました」
 アンの声にボブとリックは溜め息を吐き出す。
「そうか……」
 アンは頷き、尚も言い募る。
「それと……燃料の都合上、そろそろ目的地じゃないかと思うんですけど。何時までも飛び続ける訳にもいきませんし……。勿論途中で、燃料補給を行うという事も考えられますけど」
「うっ」
 リックは呻きながら、漏らす。
「じゃあなにか……緋色の領内が目的地ってオチか?」
 ボブは無言で視線をアンに合わせる。
「緋色の共和国内には、ゲートはわずか3本しかありません。ユージンゲート以外の2本は、緋色の共和国軍専用です。独占使用状態だと思われますわ。そんなゲートをフリーダムスターが使うとは、到底思えませんし」
「……決まりか」
「そうだと思います」
 コクリとアンは頷き、航宙図を見上げる。つられボブとリックも見上げた。赤い輝点は速度を緩め、じわじわと緋色の共和国の領内に移動して行く。幾つもの惑星がある中を、ゆっくりと進んで行った。
 刻一刻と変化する状況の中、ボブは思わず脇腹を押さえる。ズキズキと差し込むような痛みを、感じるような気がした。
「【02】? ……これ飲みます?」
 リックがボブの憂鬱そうな状態を察し、ポケットから小さな瓶を取り出す。
「何だ?」
「胃薬です」
 ストレスに良く効きますと、真顔で返され、ボブは憮然として呟く。
「……そこまで酷くないぞ、俺は」
「そうですか? ちなみに俺は愛用してます」
「……」
 横目でリックを眺め、ボブはどこまでが本気なのだろうと疑う。真顔で冗談を吐くのはリックの専売特許だ。迂闊に信用すると、正直後が恐い。だから、
「アン、最終目的地を絞ってくれ」
 ボブはそう言って逃げた。
「了解」
 アンの笑いを含んだ声が応じる。追跡は終わりつつあった。

94

 ジリリリリ、リリ。
 賑やかなチャイムが校舎中に響き渡る。学生達が慌ただしく動きだした。
「う〜ん、やっと終わった!」
「あ〜、頭がぐらぐらするよ」
 シグマはこきこき肩を鳴らしながら、ケンは眉間をゴリゴリ押しながら、立ち上がる。教科書を適当に鞄に突っ込み、後方の席のパイへと視線を向けた。
「パイ、帰ろ〜」
「クレープ食おうぜ〜」
 思い思いに言いながら、アイリーンと談笑しているパイを呼ぶ。顔を上げ、パイはふわっと笑った。
「いいわよ。じゃあ、アイリーンまた明日ね!」
「ええ。あ、パイ。気をつけてね。一矢君が居ないんだから、あの二人どこ迄羽目を外すか知れたもんじゃないわよ。特にケン君が!」
 笑いながらアイリーンがそう告げると、すかさずケンの野次が飛んだ。
「だぁ〜、何だよそれは。人の事遊び人みたいに言うなよなぁ」
「あれ〜。ここ最近は、夜のクラブハウスに出入りしてるって聞いたけどなぁ」
「ぶっ」
 コホコホとシグマは吹き出し、ぎろっとケンを睨む。
「ケン……してるのか? そんな事?」
「え? あはは、いや〜たまに……かな」
 視点の合わないケンの額を、パイがペチリと叩く。
「ケン君、駄目よ。そういう所に夜に遊びに行くのなら、一矢君と一緒じゃないと。絡まれても、誰も助けてくれないわよ」
「いや、あの。パイ。……そういう問題じゃなくて……。そもそも僕達高校生が、出入りしていい場所じゃないんだけど……」
 心持ち力無くシグマはぼやく。
「……あはははは。え〜、これから……慎みますです、ハイ」
 ケンはそう言って、宣誓する。その様を見ながら、こうやって遊び回っているから、ケンの成績は地を這っているんだなと、三人は思った。物凄く納得のいく理由だった。
「とりあえず、今日は普通に帰るから。明日の予習もしなくちゃいけないし」
 一応学生らしい事を言い、シグマはケンを睨む。
「ケンも今日はちゃんと勉強しろよな〜」
「了解、了解」
 調子の良い事を言いながら、ケンは扉の方へ向かう。その後をシグマとパイが追った。
 夕陽に染まる廊下を並んで歩きながら、シグマはパイにふと問う。
「そういえば一矢の具合どうだった?」
「お父さんの話だと、まだ良くないらしいよ。何だか伝染病にかかってるみたいだって」
「え!? 伝染病?」
「うん。ディアーナには無い風土病らしいんだけど。出張先からお父さんが、菌を持って帰って来ちゃって、一矢君が見事に発病したらしいわ」
 シグマとケンは顔を見合わせ、なんて運のない奴なんだと嘆く。
「一矢って、意外と体が弱いのかなぁ」
「う〜ん。割と病欠が多いよな、あいつ」
 パイはささやかに目を伏せ、同意する。
「お見舞いもね、うつると大変だから、なるべく止めて欲しいって言われちゃった」
「ああ、伝染病だからな」
 そうなのと、呟き、パイは心配気に夕陽を眺める。
「一矢君が居ないと、凄く寂しいよね」
「ん……」
「まあな」
 各々同意し、何だかんだで、味気のない日々に思いを馳せる。

95

「シドニー君も今日は午後から早退してしまうし……。色々寄り道しようって思ったのになぁ」
 ちょっと残念な口調でパイは呟く。鞄を抱え直しながら、ケンは思い出した様に二人に告げた。
「そういえばさ、何故か知らないけど、シドニーと親父さん喧嘩してるらしいぜ」
「ふえ?」
「そうなの?」
 きょとんとした表情のパイに、ケンはこそっと囁く。
「すっげ〜大喧嘩だったみたいで、親父さんが反省しない限り、金輪際家には戻らないとか、なんとか」
「?」
「反省?」
 さっぱり要領を得ないケンの話に、二人は首を傾げた。
「俺もまた聞きなんだけど、なんでもシドニーの大切な物が、盗まれたらしいんだ。で、焦りまくってたシドニーに、親父さんが一言、仕方がないって言ったとかなんとか……」
「う〜ん。よくわかんないんだけど、ケン」
「え? そうか? 要するに喧嘩中なんだよ」
 いや、そうなる過程がわからないんだよと、シグマは胸中で突っ込み返す。パイは理解する事を諦めたらしく、
「ともかく早く仲直りするといいわね」
と、宣った。シグマもその意見には大賛成なので、黙って頷く。
 茜色の夕焼けが、そんな三人を包んで、沈んで行った。



 豪華な調度品。複雑な紋様を刻まれた品々。1級の物品に囲まれる中、榛色の瞳の少年はクッションを片手に暴れていた。
「信じられない、信じられない! 何を考えてるんだよ、父上は!!」
 馬鹿やろう!と、普段ならまず言葉にしない事を叫び、ボフッとソファーにクッションを投げ付ける。肩を怒らし、少年、シドニーは怒っていた。
「仕方がないって、そんな……。そんな言葉で終わらせて欲しくない!」
 ぐっと滲む涙を拭い、シドニーは床を睨む。
 自分達のせいで一矢が攫われ、行方不明になっているというのに、平然と顔色一つ変えないで、
「仕方がないな。シドが無事ならそれでいい」
 父親はそんな一言で片付けたのだ。到底、それで済む問題ではないというのに! 父上にとっても知人ではないかと、思うのにだ。シドニーはそれを聞いて愕然とした。この時程、自分の父親の正気を疑ったことはない。
「若林君のお父さんは、きっととても心配している。きっと……今頃必死で捜している……」
 ぎゅっと唇を噛み、シドニーは項垂(うなだ)れる。涙が出て来て、胸が苦しかった。自分に出来る事は何もないのだと知っていても、シドニーはとても苦しかった。心が張り裂けそうだった。
「坊ちゃん」
 端に控えていたSPの棚が、心配気にシドニーを見つめる。
「棚……。父上は……酷い」
「いや、その。あの」
 宥めようと言葉を捜しながら、棚はとつとつと語る。
「ロバート様は、何も冷血感って訳じゃないんですから、きっと深い意味があるんですよ」
「深い意味だって?」
 じと〜っと、睨むシドニーの目線にやや身を引きながら、棚は答える。
「いや、あの。気のせいかも知れませんが、俺はあの攫われた子供を、以前どこかで見てるんですよ」
「!?」
 目を剥くシドニーに棚は苦笑を向ける。
「ロバート様の警護で……、確かにどこかで……」
 絶対に会っているはずと呟き、棚は考え込む。
「棚?」
「ずっと、ずっと昔。まだ坊ちゃんが子供の頃……」
 棚の意識に朧げな影が写る。赤い、紅い深紅の紋様。それを背に立つ小柄な少年。爛々と輝く二つの瞳。
 揺るぎない意志を宿して、その少年は宮城に立っていた。誰もが平伏する気を放ち、少年は光り輝く何かを手にし、真直ぐに歩き出す。
 光と……気概。全てを退け、全てを従え……。少年は歩く。風にパラパラと揺れる、青黒色の髪。細い肢体に纏わり付いただけの服が煽られ、なびいた。細い腕には極彩色の花の入れ墨が、ちらちらと見え隠れする。
「棚?」
 シドニーに名を呼ばれ、棚は我に返った。ブンブンと頭を振り、そのイメージを追い出す。
「何でも、ない、です」
 そう答えつつも、今のは何だったのだろうかと自問する。纏まりそうで、思い出さない。もどかしい想いが棚の中に溢れた。



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