掲示板小説 オーパーツ20
あの同級生は誰だ?
作:MUTUMI DATA:2003.12.8
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「大丈夫か?」
「ええ。平気です」
 棚は応じつつ、纏まらない思考に苛つく。まるで思い出させない様に、何かが邪魔をしているように感じた。顔面を左手で覆い、棚は息を詰める。
 朧げに浮かぶのは、恐怖の感情と……。物凄い怯え。
 !?
 棚は己の思考にぎょっとして、目を見開く。SPとしてネルソン家に仕えて以来、そんな感情を持った記憶はない。なのに……。自覚している。
 真の恐怖を己が知っている事を。
 な、んだ……? これは!?
「棚?」
「ああ、いえ。ちょっと嫌な事を思い出してしまって。もの凄い力を持っていた奴だったんですけど、いやもう凄過ぎて笑えないっていうか。恐いっていうか……」
 そう誤魔化していた棚は、次の瞬間、自分の言ったたことに愕然とした。
 あれ? 俺は今何を言った? 誰の事を言った?
 そう思惟を発した時、何かが脳をブロックする。それ以上の思考を止めた。
 お、おい。おい!
 棚は声にならない悲鳴をあげる。
 まてよ、まてよ!! どうして俺の記憶が、俺の思考が……ブロックされる!?

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 異常だと自覚するよりも早く、紅い映像が見えた。
 雪の様に粒子が舞う中、放射状に何もかもが抉れていた。たった一つ、それを中心に、周囲に居た人々全てが、四肢を破裂させ大地に横たわっている。否、転がっていた。
 バラバラの肉片と、服だったものの欠片。散らばる装飾具。大地も人も何もかも、惨劇の中心にあるものを除けて、破砕されている。
 紅い、深紅の濁り。流れ、落ちる血の匂い。蒸しかえるような生臭さ。赤い血液はポタポタと瓦礫の中を流れゆき、幾つもの血溜まりを形造る。
 そこは今、どこもかしこもが紅く染まっていた。深紅の大地が、ずっとどこまでも広がっていた。惨劇の中心には、細い小さな人影があった。呆然と見開かれた目が、その情景を見つめる。焦茶の瞳がゆっくりと辺りを見回した。

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 パシ、パシ、パシっと棚の脳裏で光が弾ける。シールドされていた記憶情報が、一気に溢れ出す。鮮明な惨劇の映像と、幼い声。もやもやしていた記憶の線が、棚の中でひとつに繋がった。
『駄目だ! 早く逃げろっ!』
 悲鳴にも似た少年の叫び声と、大気のうなる音がほぼ同時に耳に入った。拡散する光の粒子が、惨状の中に立つ小柄な人影を中心に立ち上がる。
『くそっ! 弾いちゃ駄目だ。……周りに弾いたら、……皆死んでしまう!』
 空に光の柱が立った。天空から地上に放たれたプラズマ砲。連続で襲い来る高密度のエネルギーを、小柄な人影が受け止める。両手を広げて抱き締める様に、かき抱いた。
 その時の小柄な人影の顔が、フラッシュバックのように、棚の脳裏に蘇る。連続写真のようにコマ割りされて、次々と表に出て来た。
 棚は思わず息を止める。
「まじ……か?」

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 そう思わず呟いた棚を、シドニーが訝し気に見た。
「棚?」
「あ、いえ。すみません、ちょっと失礼します!」
 棚は慌ただしく言いおき、バタバタと部屋を出て行く。いつもはほとんど音すら発てないが、何故か物凄く動揺しているらしく、あちこちで躓いている。
「いてっ」
 廊下でも何かに当たったらしく、小さな声が聞こえた。シドニーは訳もわからず彼を見送った。


 個人用の私室、屋敷の中の自分の部屋に飛び込むや否、棚は急いで恒星間通信を開いた。直通回線を開いて雇い主を呼び出す。
数分後。
「棚か? どうした? シドニーに何かあったのか!?」
 幾分血相を変えて、ロバートが逆に聞き返して来た。繋がった直後の第一声がこれでは、世程ロバートも動転したのだろうと思われる。SPの方から直通回線で連絡したので、何かが起こったと思われても仕方がないのだが。
「……いや、特にないぞ。こっちは平穏だ」
「そ、そうか」
 安堵したロバートの映像に、棚はずずいと顔を近付ける。
「ロバート、お前誰を動かした? 坊ちゃんの学校に居た、あの同級生は誰だ?」
「何のことだ?」
「あの子供だ! いや、子供とは呼べないのだろうが……」
 棚は頭を掻きむしりつつ、叫ぶ。脳裏には、学校でシドニーの側に控える少年の姿が、浮かんでいた。焦茶の瞳の青黒色の髪の綺麗な少年。ふわふわと笑う可愛い姿が、破砕された現場の血の中に立つ姿と重なった。
 細切れの姿が、顔が、瞳が、重なり一致していく。閉ざされていた記憶の底から、何もかもが表に出て来て、ここ数日学校に通うシドニーの側に居た少年と見事に重なっていった。

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「あの攫われた子供は一体誰だ?」
 ロバートは微かに目尻を上げ、棚を見据える。
「それをお前が知ってどうする?」
「……どうもしない。ただ驚いているだけだ。こんな所にフォースマターがいたって事に」
 ロバートは薄く笑って、興味深気にSPを観察する。元々ロバートのSPだった棚は、こういう主人の表情を良く知っていた。予想外の反応があった時に、決まって浮かべるからだ。目を見開くような、惚けた表情など、そうそう見れるものではない。
「良くわかったな」
「……昔、あの顔を見てるからな」



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