掲示板小説 オーパーツ21
だから私は見ていない
作:MUTUMI DATA:2003.12.8
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


101

 思い出したくもなかった事だがと前置きし、眉間に皺を寄せたまま棚は呟く。
「ハルシェイの内乱で……、じっくり拝んだ。ロバートもその場に居なかったか?」
 確か自分はロバート達を警護していて、巻き込まれたはずだと、ようやくその事実を思い出す。
「居たな。奴とはあれ以来の付き合いだ」
 苦笑しながらロバートは返し、しみじみと漏らした。
「それにしても……記憶封鎖が解けるとはな。一矢の話だと、一生思い出すことはないと言っていたが」
 例外もあるもんだと、ロバートはどこか感心し、棚を眺める。途端に棚の眦が釣り上がった。
「それだ! 何でそんな事をした? 人の記憶を弄るのは立派な犯罪じゃないのか!?」
 不信を露にする棚に、ロバートは必死に首を横に振って伝えた。こんな事で棚に裏切られるのは、流石のロバートも遠慮したかった。自分が片腕とも思っているSPを、些細な誤解で失うつもりは毛頭もない。
「私じゃない」
「ほう……」
 一抹の信用不足だが、棚は黙ってロバートの弁明に耳を傾ける。
「一矢が勝手にしたことだ! 正確には、あの惨状を見て正気を失いかけていた者全員に、一矢は記憶の封鎖処置を施した。棚……お前も狂いかけていた一人だ」
「俺が!?」
 まさか冗談だろうと、棚は唖然として通信画面の向こうのロバートを見つめる。血生臭いことに慣れているSPが、そんな弱い精神構造をしているなどとは、馬鹿馬鹿しい冗談だと思った。

102

「人間には許容限界がある。……あの状況はそれを遥かに越えていた」
「……」
 無言で棚はロバートを睨む。
「プラズマ砲で分解煮沸されていく人間を見れば、誰だっておかしくもなるさ」
 そう言われても棚は納得しなかった。ロバートが平気だったのに、何故自分が?と、なおも不信が募る。
「棚、誤解をするな。少なくとも私は、人が溶かされる場面を直接見てはいない。惨劇の後の……血まみれの大地しか知らない。だがお前は目にしたはずだ。アーシェイアの護衛として同行していたお前は、……私の妻が溶け、弾けた場面を見ている」
「!」
 びくっとして棚は体の動きを止めた。
「あの時止めておけばよかったのだろうな。出かけると言って聞かなかったアーシェイアは、お前だけを連れて、先に宮城近くの市街に向かった。本宅で待つシドに早く土産を買いたいと言ってな。……それが……」
「ロバート」
「運がなかった。……他に言い様がないだろう。私がお前達に追いついたのは、その後だ。だから私は見ていない。……アーシェイアの最後を」
 蒼い顔をして棚は立ち尽くす。
「正直、お前迄もが居なくなるのかと思った。発狂寸前だったからな」
「俺は……」
 震える声にロバートは、なだめる様に続ける。
「だから一矢のした事は、厳密には法に触れるのだろうが、私はとても感謝しているんだ。そんな記憶はない方がいい」
 きっぱり言い切るロバートを、棚は呆然として見る。

103

「……ずっと黙っていたのか?」
「仕方ないだろう? お前が忘れていたのだから」
 ロバートは肩を竦めながら、視線を左右に彷徨わせた。
「聞きたくとも聞けなかった」
「ロバート」
「一つだけ今聞いても良いか? アーシェイアは苦しんだか?」
 棚は微かに息をのみ、押し黙る。そのまま数分、二人は睨み合った。やがて、床に視線を落とし、棚は囁く。
「……いいや。一瞬だった。……恐らく何もわからなかったはずだ」
「そうか」
 ロバートは呟き、繰り返す。
「そうか……。ならいい」
 そう言って、目を閉じる。
「ロバート……、俺を恨まないのか? あの時俺はアーシェイア様のSPだった。……何も出来なかった俺を恨まないのか?」
 棚は心の苦悩を吐き出す様に聞き返す。ロバートは、さも不思議そうに目を開け、それに返した。
「棚? 一矢が何も出来なかった状況で、何が出来たというんだ? 昔一矢が言っていたよ。出来る事より出来ない事の方が多いのだ、と」
「……」
「だからお前を責めるのは筋違いだと思っている。むしろ私が責めるべきなのは……、星間連合の方だろう」
 その言葉に驚いて、棚はロバートを見返す。棚の感覚では理解出来ない思考だ。だから驚いて聞き返していた。
「どういう意味だ?」
「あの時あの時間に何かが起こる事を、星間連合は察知していた。だが……結果的には見殺しにしたのだ。内乱の始まる気配を知っていたのに、……何もしなかった。一矢の元に情報が届けられたのも、第一撃目が終わった後だった。……その時にはアーシェイアはもう死んでいた。……この状況で、誰が一番悪いと思う?」
 棚は息を飲む。
「知っていただって?」
「そう。星間連合は知っていた。公文書にも残っている。政治家達の争いに、巻き込まれたのだよ」
 ロバートは言いながら、シニカルな笑みを浮かべる。
「私が星間連合を恨むのも、無理はなかろう?」
 思わず頷きそうになった棚は、だからフォースマスターがここに居るのかと、納得した。星間連合への貸しを、いま最大限に高く払ってもらっているのだろうと、勝手な想像をする。
 実際は星間連合の政治家達、一矢、ロバートの三者がお互いに貸しを作りあい、また踏み倒し合いをしているので、状況はもっと複雑なのだが……。そんな所迄棚は、知りようがない。

104

 混乱する頭を振りつつ、棚は呟く。
「そうか。……だから『仕方がないな。シドが無事ならそれでいい』の台詞になった訳か」
「?」
 いきなり独り納得し、激しく肯定する棚を、ロバートは訝し気に眺めた。まさか狂ったのか?という、台詞が喉迄でかかった。
「棚?」
 正気なのかと恐る恐る呼びかけると、生真面目な表情をして、棚はロバートに申し出る。
「ロバート、一度きちんと坊ちゃんと話をした方が良いぞ。完全に誤解している」
「誤解?」
 ロバートは何の話だろうと首を捻る。自分達親子のコミュニケーション不足を、全く理解していない顔だった。
「フォースマスターが攫われた時に、いや、正体が判明した上で分析すれば、彼は何らかの作戦行動をとっているのだろうが……。そんな時に、『仕方がないな。シドが無事ならそれでいい』の台詞はまずいだろう。坊ちゃんは利己的な意見の上に、彼を見捨てたと思っているぞ」
 そう棚が言ってやると、ロバートは何とも複雑な表情を浮かべた。怒っているような、悲しんでいるような、笑っているような、実に奇怪な表情だった。
「……見捨てるも何も。一矢に何の手助けがいるのだ?」
 あの少年の正体と実態を知った今、棚はロバートの意見に大賛成なのだが、それでも敢えてこう言っておく。
「忘れてるかも知れんが、坊ちゃんはまだあの子供がフォースマスターだとは知らない。同級生の一人として認識している。その状況では……誤解もするさ」
 ロバートは憮然として、呟く。
「どうして気付かないんだ、シドは?」
 いや、気付く方がどうかしているんだと、あの化けっぷりはなかなか見事な物だったと、棚は言いかけ止めた。
「ともかく、頼んだからな。誤解を解けよ」
 棚はそれだけを伝えると、さっさと通信を切った。これ以上自分の心に浮かぶ映像に耐え、ロバートと言葉を交わせなかったからだ。ロバートは恨まないと言ったが、他ならぬ棚自身が自分を呪っている。
 プツンと画像が完全に消えたのを確認し、棚は思わず頭を抱え、その場に座り込んだ。知らず涙が漏れてくる。
「アーシェイア様」
 呟く脳裏には、最後の光景が何度も何度もフラッシュバックしていた。途切れる事無く、浮かんでは消えていった。


『ねえ、棚。シドにはどちらがいいかしら?』
 両手に可愛い玩具を抱えたアーシェイアが、棚に笑いながら問いかける。SPとして同行していた棚は突然の言葉に戸惑った。
『もう、大丈夫よ。ここは安全な市場なのよ。そんなに警戒する必要はないわ』
『しかし……アーシェイア様』
『あら。まあ、見て! 向こうにも何かあるわ』
 楽しそうな表情を浮かべ、アーシェイアが身を捻った。棚とアーシェイアの間に僅かな空間が産まれる。
 その瞬間。
 空から光が降って来た。視界が焼かれ、棚は風圧に弾き飛ばされる。
『くっ。アーシェイア様!』
 飛ばされながら叫ぶ棚の目の前で、アーシェイアの肉体が融解した。一瞬で皮膚は剥がれ、髪は焼け、肉が弾ける。千切れたしゃれこうべが虚ろに棚の方を見た。やや遅れて空間に散っていた血が、地面に降り注ぐ。
 ビシャ。液体のかかる音がした。


「ううっ。アーシェイア様……」
 呟いた棚は口元を押さえ、バスルームに駆け込む。入るや否、盛大に棚は吐いた。胃の中の物を残らず吐き出し、それが無くなってからも、胃液を吐き続けた。
 痙攣を繰り返す体を丸め、棚は耐える。脳裏に浮かぶ過去の映像に耐え続けた。
 ーーそんな記憶はない方がいい。
 今ならそれに同意出来る、心の片隅で棚はそう感じた。

105

 フリーダムスターは、順調に宇宙を飛んでいた。薔薇色に広がる星雲を抜け、幾つもの惑星の側を通過し、小惑星帯を快調に抜けて行く。
 何度目かの簡単な食事も終わり、そろそろ日数計算が怪しくなりかけた頃、狭い部屋の中で一矢はぼんやりと目を開けた。エンジン音が微かに変化した気がしたのだ。半身を起こし、耳を澄ます。先程迄は高音だったエンジンが、低音に変化していた。音の間隔も短くなってきている。
「……到着か?」
 呟き、一矢はベットの上に座り直す。窓がないので外を見る事は出来ないが、かなり遠く迄来てしまった事はわかる。流石の一矢も現在位置は判断出来なかった。
「とりあえず……5つはゲートを潜ったよなぁ」
 まあ中央宇宙じゃない事は確かだと、自分を納得させる。辺境の方が星間連合の目もなく、何かとやりやすいだろうとも思った。問題は、それがどこかということだ。
 ボブ達が関与しやすい地方なら、事は簡単なのだが、そうでない場合は色々と厄介だ。いやそもそも、ちゃんと追って来ているかどうかも怪しい。途中で見失っている可能性も否定出来ないのだ。
「敵地到着。何が出てくるのか……楽しみだな」
 一矢は呟き、薄く笑みを浮かべた。



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