掲示板小説 オーパーツ22
前進許可を求める
作:MUTUMI DATA:2003.12.8
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


106

「出ろ」
 短く命令され、一矢は廊下の明かりに目を細めながら、部屋の外へと足を踏み出す。飾り気のない床は、ここが客船ではない事を嫌でも実感させてくれた。
 乱雑なまま、掃除をされた気配もない通路を、一矢は腕を引っ張られる様に、連れて行かれる。
 がっちりと上腕を掴まれているので、男の指が肉に食い込んで痛くて仕方ない。思わず一矢は顔を歪めた。
「いっつう。あの……痛い……んですけど」
 一矢の腕を掴んでいた男は、無言で一矢を見下ろすと手を離した。一矢はほっとして、ジンジンと痛む腕を擦る。
「行け」
 また無表情な顔で、短く命令される。一矢は男を横目で睨んだ後、言われるままに歩き出した。

107

 幾つものブロックを潜り隔壁を抜け、一矢はフリーダムスターの艦首へと連れて行かれる。通る道すがら素早く外界の様子をチェックすると、一瞬だったが、一矢の目に連なる3つの軌道エレベーターが見えた。
 軌道エレベーターがあるのか……。
 かなり意外な思いを一矢は抱く。普通は辺境の惑星系に、軌道エレベーターなんてものはない。維持費だって馬鹿にならないのだ。

108

 軌道上にそんなものを造る前に、地上の宇宙船の繋留用の港を拡張するだろう。その方が遥かに安上がりだ。最も軌道エレベータがあるとないとでは、物流や人の流れに大きな差が出る。
 軌道エレベーターがあるという事は、当然宇宙空間に宇宙船用の港、宇宙港があるという事だ。一々惑星に降りずとも、荷物の積みおろしを行えるし、超大型、メガトンクラスの貨物船も寄港出来る。惑星の大気を乱す為、普通は大気圏内に進入する事が許されていない超大型貨物船だが、宇宙港を使える航路であれば、辺境だろうと自由に運行する事は出来た。
 逆にいえば軌道エレベーターが三基もあるという事は、相当な量の物資がこの惑星で動いているという証にもなる。少なくとも物流に関しては、中央宇宙と大差がないのかも知れない。
 惑星の大地に向かって伸びる、シルバーの3本の管を横目に、一矢は暫し考え込む。
 辺境宇宙で軌道エレベーターが三基……。どこかで聞いたような……聞かないような……。
 眉間に皺を寄せ一矢は唸った。喉迄でかかっているのだが、上手く思い出せない。
 この広い宇宙で実際に一矢が目にした有人惑星や、衛星は数千にも及ぶ。普通の人間なら一生かかっても見て回れない程の数だ。だがそれでも、一矢がまだ行った事のない惑星は、この宇宙にはまだまだ無数に存在した。
 この星もそういった、行った事のない惑星の一つだった。ちらちらと窓から見える惑星の地上の紋様が、いまだかつて見たことのないモノだったからだ。蒼のキャンバスに赤い渦が幾つも蜷局(とぐろ)を巻いている。
 蒼は海。でも、赤は何だろう? 大地なのかな?
 一矢は男に促されてブリッジに着く迄の間に、そんな些細なことを考えていた。

109

 フリーダムスターのブリッジは、ドッキング前の緊張に包まれていた。思い思いの服を着たクルー達が、宇宙港の管制室とやり取りをしている。
「こちらはフリーダムスター。ルート13ー45、航路確認完了。前進許可を求める」
『管制室、確認。フリーダムスターに承認を与える』
「了解」
 声と共にほんの少し船が揺れた。大きく右に軌跡をとり、フリーダムスターはブリッジの巨大な窓から見える、宇宙港の一部へとゆっくり進んで行く。
 宇宙港からはチカチカと目的の埠頭への進入灯が灯り、自動で離発着の為の誘導波が射出された。フリーダムスターの管制システムがそれを受け、微少な船体制御を行う。光の波に乗る様に、船は港へと入っていった。

110

 居並ぶ他の宇宙船の側を通り、フリーダムスターはどんどん奥へと進んで行く。様々な形の宇宙船が埠頭には停泊していた。
 ポピュラーな大量生産品の涙的型の船、個人使用の飾りの付いた電色型タイプ。貨物専用の扇形の船。様々な目的と用途によって、宇宙船は千差万別の形状を与えられる。フリーダムスターの様に武装に特化した鋭角的な民間船もちらほら見えた。
 それら様々な船を横目に、一矢は微かに眉を寄せる。ある事に気付いたからだ。
 ……星間連合の船が一隻もない。
 そう思い、一矢は小さく拳を握り込む。
 辺境でも普通は一隻ぐらいは、星間連合の息のかかった船がありそうなのものなのに……。ここには全然ない。
 きょろきょろと流石に外の景色を眺める訳にはいかないので、自分が見えた範囲内でしか推測出来ないが、まず間違いなくこの宇宙港にはいないだろうと見当をつける。
 星間連合の使用する宇宙船は、基本的には涙的型の物が多い。それが最も効率の良い船だからだ。ただし、前部外観は民間船と非常に近いが、後部の形が全く違う。エンジンが強力で、民間船よりも大きくなっているのだ。スピードに特化した船が多いせいだった。ハイパードライブの連続使用にも耐えれる設計になっている。
 ……あの鈍ガメ型の船がない!
 一矢はもう少しで、そう叫ぶ所だった。
 星間連合の中でも、一矢は機構ではなく軍部に属している。そんな一矢からすれば、通常的にあちこちで使われているスピード重視の星間連合の船でも、鈍足にうつるのだ。スピード対比が出来ない程、のろく感じる。
 安全性や人間性を最も重視した理念と、それらを全く考慮しない上で産まれた船との違い。そういえなくもないが、ともかく一矢が普段慣れ親しんでいる性能からすれば、エンジンだけが大きい船は、鈍ガメとしか呼びようがなかった。



←戻る   ↑目次   次へ→