掲示板小説 オーパーツ23
覚悟するんだな
作:MUTUMI DATA:2003.12.21
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 まあ普段、一矢の使っている船が特殊過ぎるという説もあるが。どちらにしろこの事実から導きだされる事は一つだ。
 この星は、星間連合の力の弱い星域にある!
 一矢は内心、舌打ちをする。色々と面倒な事になりそうな予感に、もうこのまま逃げてしまおうかとも思った。けれど……。
 ブラックマーケットは今潰しておかないと、大変な事になる。これ以上大きくなれば、政治の世界にも手を延ばしてくるだろう。星間連合の議会の連中全てが、聖人君子じゃない。……奴等に同調して甘い汁を吸う輩も出てくるだろう。そうなったら、潰すのにも一苦労だ……。
 先々の事を考えると、どうしても今逃げる訳にはいかなかった。一矢は諦め気分で、フリーダムスターのブリッジに立つ。



「どんな気分だ? この船から降りれば、お前は人として扱われなくなる……」
 額に十字傷を持つ男が、一矢の隣で腕を組みながら尋ねて来た。一矢はちらりと男を見る。男はニヤニヤと卑猥に笑っていた。
 どんな気分だって? お前達をぶち殺して制圧して、さっさと帰りたい気分だよっ。
 一矢はそう思うが表情には微塵も出さず、黙って下を向く。そして、ぎゅっと両手を握りしめた。それを見て男は増々愉快そうに、口の端を釣り上げる。
「ふん。言葉もないか?」
 そう言いながら、男は一矢の肩に手を置いた。
「お前が幾らで売れるのか、実に楽しみだ」
 嘯きながらも手を動かし、一矢の首筋を何度も何度も撫でる。一矢は黙って床を見、硬直した身体を僅かに震わせた。
「楽しみだ。お前の泣きわめく顔が……」
 楽しそうに呟き、男はねっとりとした口調で続ける。
「お前程の上玉は最近見たことがないからな。さぞや皆喜ぶだろう。……ああ、そうだ。良い知らせがある。ジェイル殿たっての希望で、お前が売られるのは最後と決まった」
 最後?
 訝し気に一矢は男を見上げる。男は愉快そうに笑って、漏らす。
「そう最後だ。お前の心と身体がボロボロになった、その後だ。くくくっ。楽しませてくれるんだろう? なあ?」
 男はクツクツと笑う。手が出せないのは百も承知だったが、一矢は沸き上がる殺意を押さえるのに必死だった。目の裏が怒りで赤く染まって行く。
「覚悟するんだな。この船を降りた時点で、お前は全てを失う。名前も、今迄の暮らしも、自由も」
 耳元で囁く様に言った後、ペロリと首筋を舐める。瞬間、一矢は男を突き飛ばした。男の体に当たった手の平が伝える、人間独特の肉体の柔らかい感触に、このままぶつ切りにしてやろうかと、頭の隅で妙に冷めた感覚が夢想した。
「おっと。突っかかるなよ」
 男は体勢を立て直すと、逃げようとする一矢の腕を掴み引き寄せた。
「ふん。何様のつもりだ?」
 一矢は顔を上げ、見開かれた怯えた目に男を映す。
「やっ……」
 怯える一矢に男は楽しそうに伝える。
「諦めな、誰もお前を助けない。観念してこの現実を受け入れるんだな」
 ……受け入れたくないわい!
 泣きそうな表情を浮かべながら、一矢は心の中で誓った。
 絶対絶対……、いつかぶち殺す!!!
 それは一矢流の殲滅宣言に他ならなかった。

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「いい加減にしておけ、クリフ」
 腕を掴まれても逃げようとする一矢と、十字傷の男の間に、一矢をブリッジ迄連れて来た男が割り込んだ。うんざりした口調で、クリフの手を解く。
「そういうことは、白露を届けた後にしてくれ」
「邪魔をするのか、グロウ?」
 グロウと呼ばれた男は、邪魔くさそうに応じた。
「言っただろう? 仕事が先だ」
「ふん」
 不機嫌な調子で十字傷の男、クリフはグロウに視線を合わす。互いに同じような身長の男二人は、どちらからともなく睨み合った。不穏な空気がブリッジに立ち篭める。
「調子に乗るなよ、グロウ。この新入りが!」
 その怒声に平然と応じ、グロウは淡々と言い返す。一切の感情が欠落した声音は、むしろクリフの怒声よりも恐ろしく感じた。
「その新入りより、ジェイル殿に信頼されていないお前は、哀れだな」
「何だと!?」
 いきり立つクリフを尻目に、グロウは一矢の肩を持ち、自分の方に引き寄せる。似たような事をクリフからもされているが、何故かグロウには逆らおうとも思わなかった。
 えせ傭兵のクリフにはない匂いを、一矢が感じ取ったからだ。きびきびとした動作と無駄のない所作。その発する匂いと思考に、一矢は目を丸くしてグロウを見る。
 うわっ。……ホンモノだ! この人からは本物の人殺しの匂いがする!
 所詮一矢も同じ穴のむじなだ。同類の事は良くわかる。笑いながら、必要なら子供でも殺せるタイプの人間だと、はっきりとわかった。クリフの様に煽ったり、虐めたり、自己満足を優先させたりはしない。あく迄もドライに、ビジネスライクに全てをこなす。最も手強いタイプの敵だった。
 ……こいつはまずい。……立ち塞がれるとやっかいだ。
 グロウに縋り付きながら、一矢は冷静に思考を重ねる。震え、怯えた表情の奥の一矢は、酷く冷静だった。

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「もう一度言ってみろ、グロウ!」
 いきり立つクリフの威勢に、ブリッジは更に緊張に包まれる。もうすぐ船が埠頭に着くというのに、クルー達はやはり仕事よりも気になるのか、チラチラと二人を交互に盗み見ていた。
「何を言えと? ああ、お前が哀れだという話か?」
「なっ、てめえ!」
 殺気立つクリフをグロウは鼻先でいなす。
「いいかクリフ。このガキをいたぶりたいのなら、白露を届け終わってからにしろ。依頼が完了して初めて、傭兵の仕事が終わる。その後はプライベートだ。お前がこのガキを殺そうが、壊そうが知ったことか!」
 クリフはグロウの言葉に詰まり、苛立たし気にグロウを睨む。グロウはわかったなら、さっさと白露をジェイル殿に渡しに行けと、態度でドアを示した。クリフは唾を吐き出し、憎々しげに睨むと、ぱっと身を翻す。見事にどこかの三文劇、つまり嵐のような展開だった。
 何だかなぁ〜。あんた達、どっちもいい性格してるよ。
 クリフが居なくなったので、グロウから体を離しながら、一矢はそう思った。

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クリフが消えてしまったブリッジには、幾分かほっとした気配が漂う。そしてクルー達は何事もなかったかの様に、フリーダムスターの着艦作業に戻った。
 横目でそれを確認しながら、グロウは怯えた表情のままの一矢に視線を戻す。さっき迄縋り付いていた一矢は真っ青な顔色のまま、おどおどしながらグロウを見ていた。
 グロウは無言で、攫われ訳のわからない内に、ここに連れてこられたであろう少年を眺める。ブリッジに連れてくる時には、じっくりと見なかったのだが、今しっかりと視界の中に入れ、正面から顔を見て初めて、なるほど、と思った。
 この美貌なら、ジェイル殿が指輪のついでに攫えと命じ、クリフが執着するのも納得が出来る。この子供は少年というより、まるで少女だ。それもとびきり極上の部類の。成長期特有の伸びやかな肢体も、まだ男臭さがなく、どこか中性的なままだしな……。
 ふとそんな、背徳的かつ肯定的な感情が起こる。グロウは自己の分析に苦笑しつつ、一矢に告げた。
「お前も腹を括るんだな」
「え?」
「感情を捨てろ。そうすればここでも生きていけるだろう」
 グロウは一矢の旋毛を見下ろしながら、続ける。
「生きていたければ、誰にも逆らうな。お前はここでは使い捨ての人形だ」
「!」
 ビクンと一矢の体が跳ねる。
「替えのきく便利な道具でしかない。それを自覚しておけ」
 奈落の底に突き落とす様に、グロウは一矢に告げる。一矢の顔色はそれを聞き、増々青くなった。もう今は真っ白に近い。焦げ茶の瞳が虚ろに辺りを彷徨った。

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 最低な事を言うなぁ。確かにそうならなければ、生きてはいけない環境なんだろうが……。道具である事を自覚し、感情を捨て去った人間が、果たして生きていると言えるのか?
 一矢はそう思い、ぎゅっと唇を噛む。
 ……その上、誰にも逆らうなか。ふん、安心しろ。まだ逆らうつもりはないさ。ブラックマーケットの全貌と構成員、拠点を割り出す迄は、大人しくしておいてやるさ。
 だが……、その後は好きにさせてもらう。人形扱いされるのは、星間戦争の時だけで十分だ。
 一矢の中に例えようのない嫌悪感が広がる。それはドロドロのシミのように、一矢の中に巣食い、全身に広がっていった。毛穴という毛穴が、粟立つ。
 思い返すだけでも虫酸の走る過去を、一矢は小さく頭を振りながら、記憶領域の片隅に閉じ込める。だがそれでも自分が殺した神の言葉が、浮かんで来ては泡の様に弾けて、一矢の感情を刺激した。


『人形に感情は必要ない。だからお前の心を壊そう。お前の記憶を壊そう。お前の全てを、我が支配する』



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