掲示板小説 オーパーツ24
知る必要はない
作:MUTUMI DATA:2003.12.21
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 何だか色々と考え込んでしまいそうになった一矢だったが、グロウの声にはっとして我に返った。
「聞いているのか?」
「え?」
 返された言葉に一矢は思わず、きょとんとした表情を浮かべる。
「……だから、我々もクリフの後を追って、下船すると言った。ジェイル殿がお待ちだ」
 一矢は無言でグロウを見つめる。
「何故クリフと一緒に行かないのかと、聞きたいのか? 簡単だ。空間を共有したくない」
 きっぱり言い切るグロウに、敵でありながら一矢は、妙に同調した感情を抱いてしまう。
 た、確かに。一緒にはいたくないよなぁ。変態っぽいし。いや、絶対真性の変態だと思うし。ううっ。僕絶対あいつに目を付けられてるよ。もう泣きたいかも……。
 どよんと表情の曇る一矢を、冷血に見下ろしながら、グロウは一矢について来る様にと促した。一矢は渋々グロウの指示に従う。

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 先を行くグロウの後を追い、一矢はとことこと足早に歩く。フリーダムスターの内部は雑然としていて、通路は複雑に絡み合っていた。位置関係を把握されない為に、わざとそういう造りにしているのだろうと想像しながら、一矢はグロウの大きな背を追いかける。
 先を歩くグロウは足音で、一矢がついて来ているのか、いないのかを把握しているらしく、一矢の足が止まると、グロウもまた足を止めた。その度にグロウは無言で振り返り、さっさと歩く様にと促した。
 今も足の止まった一矢を、グロウが不快そうに睨んでいる。だが一矢は、自分が目にしたものに夢中で、全然気付いてもいなかった。
「嘘……。鷲と蔓草?」
 呟き、べたっとフリーダムスターの窓に張り付く。宇宙港に入港したフリーダムスターは、指定の埠頭に接舷し、機関を停止しようとしていた。
 そんな最中に、嫌々グロウと歩いていた一矢は、通路上の窓の一つから、鷲と蔓草の描かれた円紋を発見してしまったのだ。鷲と蔓草はある星間国家の象徴である。
 鷲に蔓草って……。じゃあ、ここは!!
「緋色の共和国!?」
 まさかそんな……!
 息を飲み、その場を動こうともしない一矢の腕を掴み、グロウは一矢を引きずり歩き出す。腕を無理矢理引っ張られながら、一矢はグロウを見上げた。
「待って、ねえ。あれって……」
「知る必要はない」
 グロウは端的に一矢の質問を封じる。

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 だがそんなことで黙る一矢ではなかった。
「だって、だってあれ!」
 一矢はさっき迄自分が覗いていた窓を指差す。
「あそこから見えていたのって、……緋色の共和国のシンボルでしょう!?」
 グロウは一矢の言葉に短く舌打ちすると、腕を握る手に力を込めた。ぐぐっと、グロウの腕の筋肉が盛り上がる。血管がすじの様に浮き立った。
「ひゃっ!」
 その途端に一矢は悲鳴をあげる。グロウは冷静に、冷めた目で一矢を眺め、前方に顎をしゃくる。
「いいから黙って歩け」
「……」
 一矢は無言で唇を噛みしめると、憮然としつつも言われた通りに足を動かし始めた。グロウに掴まれたままの手は、何時の間にか痺れ、感覚がなくなって来ている。襲い来る痛みに顔をしかめながら、一矢はグロウの横顔を見上げた。そこには何の感情も、感慨もなかった。ただ必要な事をしているだけだという、認識しかなかった。
 ……これだから、このタイプは嫌いなんだよ。ドライ過ぎて、付け入る隙がない。
 自分と良く似た同類の為か、一矢はグロウに対し容赦がない。そしてまた、同時に、何故ジェイルと傭兵の契約を交わしたのだろうかと、不思議に思った。
 こういうタイプの人間は、現実的でクールだ。実益がなければ、まず味方にはならない。だからこそ余計に、ジェイルの示したであろう報酬が気になった。どうやって雇ったのか、色々想像してしまう。
 お金を積んだのかな? クリフ辺りなら、無条件で尻尾を振る理由がわかるんだけどなぁ。この男に対してはちょっとわからないや。
 一矢はそう思いながらも、進む通路をグロウと共に左に曲がった。その先に、オレンジ色の光がうっすらと見えた。外部ハッチを示す非常灯の明かりだった。

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 宇宙船には普通後部側面に、物資搬入用の大型のハッチがある。そしてそれとは別にクルー達が普段乗り降りする為の出入り口が、船の前部側面に幾つかあった。オレンジ色の非常灯が灯る中、グロウがハッチの開閉ボタンを操作する。
 一矢とグロウの二人が、無言で通路を歩く内に、何時の間にかフリーダムスターのエンジンは完全に止まっていた。宇宙港の埠頭に鎮座したフリーダムスターには、銀色のチューブが宇宙港の建造物から何本ものびている。人が通る為の簡易通路だった。これを使えば宇宙服を着なくても、真空の宇宙に肌を晒すこと無く、船から宇宙港内部に入れる。
 グロウは一矢の腕を掴んだまま、ハッチの外、この銀色のチューブの中に身を踊らせた。軽く地面を蹴り、水の様にチューブの中を流れて行く。宇宙船の内部とは違い、反重力装置が効かないチューブの中は無重力状態だ。慣れない人間なら、だらしなくあたふたと泳いでしまう。だが生憎グロウにしても一矢にしても、無重力状態は手慣れた感覚だったので、難無く泳ぎきった。
 地上と同じぐらいの、1Gの重力が効いた宇宙港の冷たい床に足を降ろしつつ、グロウは一矢を少し見直していた。バタバタと暴れるかと思っていたのだが、そうではなかったのが意外だったらしい。
「無重力には慣れているのか?」
「え? う、うん」
 短く返事を返しつつ、しまったなと、一矢は反省する。
 うわぁっ。不味かったかな? あそこは暴れて見せた方が良かったのか……。
 そんな一矢の反省など知らず、グロウは広い宇宙港の施設の中を、ズンズンと奥へ向かって歩いて行く。入港前は賑やかだろうと想像した宇宙港内部は、予想に反して静かだった。人影はまばらで寂しい。
 船の多さに反して、ここは人が少ない。何故?
 一矢は眉を寄せる。単純に考えるなら、フリーダムスターの停泊したブロックが、一般に公開されたものではなく、何らかの制約を受ける地区、或いは個人所有のブロックという事になる。どちらにしろ、一般人の目には触れない所であるということは確かだ。
 そんなだだっ広い空間を、二人は無言で横切って行った。

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 夕闇の迫る地上。空に一番星が輝く時。細い指がワイングラスを傾ける。クルクルとグラスの中の赤ワインが円を描いて揺れた。薄いルージュの唇が、ゆっくりとワインを飲み下す。
「知っているかね? 君が目的を達する為には、3つの物が必要なのだそうだ」
 低い幾分か老けた男の声が、ワインを嗜む女性に声をかける。真っ白なドレス姿の女性は、僅かに小首を傾げた。キラキラとイヤリングなどの装飾具が、光に反射して輝いた。細い首元を飾る薄い娑羅が滑らかに揺れる。
「あら、何ですの?」
「多額の金銭と優秀な兵士達。そして政治的強権」
 男の言葉に女性は目を丸くする。
「まっ」
「君はその内二つをもう手にしているね。残るのは……」
 女性は男の言葉に曖昧に微笑む。



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