掲示板小説 オーパーツ25
そう、とても楽しみなの
作:MUTUMI DATA:2003.12.21
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 微笑んだその拍子に、結い上げた髪の一部がハラリと落ち、肩にかかった。淡い赤茶の髪を、女性は優雅な所作でくるくると巻き弄る。新緑の瞳が、男を魅惑する様に輝いた。
「……止そう。せっかく君がここにいるのに、不粋だったな」
「そうね」
 女性はワイングラスを掲げ、くすりと微笑む。それすらもとろけるよな、大輪のバラが綻ぶような笑顔だった。
「ねえ、ジェイル。私はとても楽しみだわ」
「セイラ?」
 男、ジェイルは女性の言葉に戸惑いながら聞き返す。
「そう、とても楽しみなの」
 くすくすと笑いながらセイラは、眼下のテラスの向こうへ視線を向ける。4本の塔を持つこの館の中心、広大な広さを擁する中庭では、今も快楽的な饗宴が続いていた。競り落とされた子供達の悲鳴が風に流れ、聞こえてくる。金と力に飽きた男、或いは女達の一時の戯れが、眼下では繰り広げられている。それに嫌悪感を抱くことなく、セイラは微笑む。
「本当に、楽しみ」
 うっとりと囁き、セイラは赤ワインに口をつけた。

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 セイラの目には、眼前の饗宴は映ってはいない。悲鳴すら届いてはいない。彼女が見るのは、未来の光景だ。あまねくこの地を照らす、新たな社会の構図だった。
 セイラはワインで軽く喉を潤した後、グラスを天に掲げる。グラスの中の赤ワインは光に透かされ、幾重にも重なり、淡い色彩を描き出ししていた。
「もうすぐ……終わる。そう、もうすぐ……ね」
 セイラは小声で呟きながら、瞳を細めた。ジェイルはそんな未来に夢中のセイラの髪に手をやり、こぼれ落ちた一房の髪に口付ける。赤茶の髪には、甘い花の香りが染み込んでいた。
「緋色の共和国はもうすぐ完成するわ。あなたの思惑通りに」
「……セイラ、だがそれは、君の目的でもあっただろう?」
 セイラはクルクルとグラスを回した後、まだ揺れる液面を気にも止めず、一気に赤ワインを飲み干した。トンと空のグラスをテーブルに乗せ、ジェイルの顔を正面から見つめる。
「ええ、そうよ。それが私の目的だったわ」

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「でも、まさかあなたと組むことになるとは、思わなかったけれど……」
「それはこちらも同じだよ。セイラ」
 ジェイルはセイラに微笑み返す。セイラも思わず苦笑を浮かべた。
「全く。この世は不思議なものね。邪魔でしかなかったあなたと、私がこうして向き合っているなんて。父が知ったら何と言うかしら」
 ジェイルは曖昧に微笑む。
「そうだな……きっと、君を殺すんじゃないかな?」
 セイラはぽかんと口を開け、次の瞬間吹き出した。
「ええ、そうね。あの人(父)ならそうするわ」
「でも、彼はもういない」
 ジェイルは冷笑を浮かべる。セイラも全く同じ表情を浮かべ、さらりと告げた。
「そうね。私が殺してしまったもの」

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「生きていても仕方のない人だったわ。何もしようとしない、何も生み出せない人だった。今ある地位に満足し……、緋色の将来を奪う人だった」
 ジェイルはセイラの前にあった、華奢な椅子に腰掛ける。
「だから排除したわ。この国には不要な人だったから。でもね最後の言葉が、『お前がこの国を滅ぼすだろう』なんて、酷いとは思わなくって? 私程この国を案じている者はいないというのに……」
 セイラは憂いのこもった瞳で、ジェイルを見つめる。それに対し、ジェイルは曖昧に微笑み返しただけだった。
「この星域の盟主は私達、スカーレット・ルノア共和国よ。私達が周辺国を支配下において、何が不味いというの? 何の問題があると? 何もありはしないわ。そうではなくって、ジェイル?」
「さあ? 私にはどちらでもいい事だ……」
「でも、あなたにも関係する事だわ」
 ジェイルは困った様に笑って、そっとセイラの手をとる。
「そうだね。だからこうして協力しているだろう?」
「そうね、それには感謝しているわ」
 セイラは艶やかに微笑み、ジェイルの耳元で囁く。
「でも、そのもとは十分とれたでしょう? この国を隠れ蓑に、随分甘い汁を吸っているのだから……」
「……ふ。そうかもな。ああ、それで思い出したよ。そろそろ白露が着くはずだ」
「まあ」
 セイラは可愛らしく口を手で覆った。キラキラと期待に満ちて瞳が輝く。
「楽しみだわ」
「白露は約束通り君に渡そう。おまけの方は私が預かるがね」
「おまけ?」
 セイラの怪訝な声にジェイルは笑って答える。
「久しぶりに良いものが手に入ったのだよ。極上の逸品がね。早速調教して、たっぷり時間をかけて商品として仕上げるつもりだ」
「あら、良かったわね」
 何の憐憫も抱かず、セイラはジェイルに応じる。自分以外の、他者を思いやる心はセイラにはない。どこでも何があっても、自分に関係がなければどうでもいいのだ。セイラには人として大切な物が、すっぽりと抜け落ちていた。だからこうして平然としていられる。
「仕上がったら君にも見せてあげよう。君も気に入ると思うよ」
「そうかしら? 私、人形は好きではないわ。抱き人形なんて、どこが面白いのかしら?」
 セイラの言葉にジェイルは苦笑する。
「君ぐらいだよ。そう言えるのは。でも、マネキン部隊は気にいっているのだろう?」
「ええ、あれは別。とても役に立つわ」
 セイラは朗らかに笑って、ジェイルに告げる。
「もっともっと欲しいぐらいよ」
「ああ、ではもう少し量産させよう。薬の手配が少々難しいが」

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 ジェイルはそう言って、微かに肩を竦める。
「このところ星間連合の締め付けがきつくてね、T4(脳の動きを抑制する薬物の一種)が手に入らないのだよ。あれがなくては、幾ら兵士用の素体があっても、思い通りに動かす事のできる、操り人形は出来ないからね」
「まあ、規制が? T4なら私のルートからでも手に入りますけれど……、少し用意させましょうか?」
 ジェイルはセイラの提案に、黙って首を振る。
「いや、結構。そちらから足がついては、意味がない」
「信用出来ないとおっしゃるの?」
 僅かにセイラの目付きがきつくなる。ジェイルは慌てて、宥める様にセイラの手を摩(さす)った。
「いやいや、そんな事はない。ただ少々気になる噂を聞いてね」
「噂?」
 セイラは怪訝そうにジェイルの顔を見つめた。ジェイルはセイラの方に身を乗り出す様にして、小声で囁く。セイラの純白のドレスがしゃらっと、衣擦れの音を発てた。
「星間連合が、T4の流れを追っていると、ね」
「まあ! 星間連合が?」
「あく迄噂だが、用心に越した事はない」
 ジェイルはそう言いながら、わかってくれるかね?と、セイラを見つめた。
「それでは仕方がありませんわね。そちらにお任せしますわ」
 セイラはあっさりと、前言を翻した。ジェイルは無言で、一度だけ力強く頷く。
「任せてくれ給え。最強のマネキン部隊を、君に進呈しよう」
「ふふ、……楽しみにしているわ、ジェイル」
 セイラはふわりと笑う。楽し気な表情には不釣り合いなぐらい、セイラの目は凍え、いてついていた。宿る光は、物凄く剣呑だ。
 わずかに吹く風が、セイラの首元を彩る娑羅をフワフワと煽る。テラスの向こうからは、か細い悲鳴がまだ続いていた。セイラはようやくその音を耳に拾い、鬱陶し気に思わず呟く。
「五月蝿いわね。……さっさとやってしまえばいいのよ」
 ジェイルは心持ち肩を竦めて、セイラを見た。賛否ともつかぬ曖昧な笑みが、その能面には貼りついている。
 今のところ、この二人の共闘は順調であった。そう、今のところは……。



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