掲示板小説 オーパーツ26
ようこそ、私の城へ
作:MUTUMI DATA:2004.1.24
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


126

 宇宙港から、軌道エレベーターを利用し、地上に降ろされた一矢は直ぐさまエアカーに押し込まれた。5人乗りのエアカーの後部座席で、先に地上に降りていたクリフと、グロウに左右を挟まれ、一矢は憂鬱な気分を味わう。
 クリフと同席した事でグロウは無言で怒っていたし、クリフはクリフでグロウなど目にも入らないのか、一矢を見るや否、直ぐにちょっかいをかけきたのだ。今もさっきからずっと一矢の耳を齧っている。一矢はきが気じゃなかった。
 うわぁ〜、耳は許す。だけど、ピアスには触るなぁ! それは高性能爆薬なんだよぅ。
 強いショックを与えれば、爆発する様に設定されている、潜入捜査用の特殊なアイテムだ。噛まれた瞬間に爆発したら、一矢の身体はおろか、周囲一帯は全て瓦礫の山になる。
 人間が噛んだ程度では爆発しないとは思うが、何しろそんな例は聞いた事がないのだが、大丈夫だとは思うのだが、……確たる自信はない。……そんな馬鹿な事をした奴はまだいないから。
 ううっ。……持ってくるんじゃなかった。
 閉じ込められた時の物理的な脱出用にと思い、持って来たのが完全に裏目に出ていた。一矢は本気で硬直したまま、時の過ぎるのを待つ。クリフが早くその行為から飽きてくれる事を願った。
 じっと動かずに、置き物のような反応を示す一矢を、時々視界に捕らえては、グロウは興味なさ気に、エアカーの車窓の景色へと視線を戻す。助け舟を出す気は、はなっからないらしい。
 狭い車の中で言い合う気力もないのか、移動途中だからと大目に見ているのか知らないが、その冷めた態度に内心一矢は傷付く。
 どうして平気でいられるんだろう? どうしてこういう人達は、他人の痛みを理解出来ないんだろう?
 真面目に考え込んだ一矢は、次の瞬間馬鹿馬鹿しくなって止めた。痛みを理解出来る人間なら、今ここにいる訳がないと悟ったからだ。

127

 荒んだ心ばかりだ……。
 そう思い、ふと自分を振り返る。
 人の事は言えないか。所詮同じ穴のムジナ。いや、僕はこいつらより遥かに罪深い……か。
 自嘲気味に一矢はそんな事を考えた。ざらざらしたクリフの舌が、耳元を何度も這う。肌が粟立つような吐息が、途切れる事無く続いた。
 その行為を黙って受けるうち、一矢は徐々に苛立って来る。潜入捜査中とわかってはいても、理解してはいるんだけれども、クリフの喉笛を引き裂きたくなってしまう。
 丁度上手い具合にクリフが密着しているものだから、ちょっと手を伸ばせば届く先に首の頸動脈があるものだから、頸動脈をかき切るという誘惑に抵抗するのは、なかなか骨が折れた。
 ……我慢だ、我慢! 頑張れ、僕! 敵のアジトに着く迄の辛抱だぞ〜。今ブチきれても、全然意味はないんだぞ! 冷静に、冷静に!
 一矢はそんな事を、必死で自分に言い聞かせていた。

128

 一矢が連れて行かれた場所は、郊外の森の外れにあった。外界の風景は秋の初めに近い。
 ここに至る迄のルートを、あまり一矢は把握出来ていない。何より緋色の共和国、その主星に一矢は一度も降り立った事がないし、星間連合に反発ないしは、あまり良い感情を抱いていない星の趨勢など、流石の一矢も耳にはしない。
 一矢が現時点で知り得る情報は、余りにも少ない。今自分が緋色の領内、それも外惑星地帯ではなく、主星にいる事は、三機の軌道エレベーターを確認した為わかる事なのだが、それ以外となるとてんで駄目だった。
 エアカーで移動した程度なので、市街地からは近いと想像は出来る。が、地理に詳しくないので、どの大陸にいるのか、或いは島にいるのかすらわからない。歩く人間マップ、他の誰よりも星間に詳しいと自負する一矢ですら、両手を上げてギブアップしたい程だ。
 ここがどこなのか、その確認が最優先事項だな。
 エアカーの車窓からは、あまり有益な情報は得られなかった。ただ一矢が利用した軌道エレベーターよりは、ずっと北にあるということぐらいしか。
 腕にはめたオリーブ色の文字盤の時計を、一矢はチラリと眺める。秒針の下の小さな針がずっと12時の方を向いて止まっていた。時々一矢の歩みに合わせて揺れる。
 エアカーの中とずっと同じか。軌道エレベーターの真北ってことか。
 針は方位磁石になっているので、東西南北はすぐにわかった。そして。
 軌道エレベーターからの時間はざっと4時間。エアカーの速度から割り出すと……。ほとんど高速走行だったから、大凡200km以内か。
 そう考え、うげっと思う。
 滅茶苦茶広いじゃないか〜!
 やはりというか、いやわかっていた事態なのに、一矢はげんなりしてしまう。
 ……はぁ。まあいいか。誰かから聞き出そう。無理なら吐かせればいいし。
 巨大な門を見上げ、一矢はそんな事を考えた。美しいレリーフに飾られた門は、音もなく開いて行く。エアカーから降ろされた一矢は、グロウ、クリフと共に門を潜った。
 ちらりと背後を振り返ると、有機的に配置された木々や花々が見えた。その中を石が敷き詰められた小道が遠く迄伸びている。先の方は森の中に消えていた。
 ふん。この辺り一帯全てが私有地か。
「何を見ている?」
「……別に」
 グロウに答え返し、小さく首を振る。
「何でもないよ」
 そっと目を伏せると、一矢はグロウに近寄って行った。クリフに近付くよりは、ましな選択と自分では考えている。

129

「こっちだ」
 ついて来いと指示するグロウの後を歩きながら、一矢は油断なく周囲を観察する。ざっと見ただけでも、尋常でない警備体制が見てとれた。美しいレリーフの施された門の内部、この館の中は牢獄よりも厳しい監視が施されているのだ。
 壁面に並ぶ一見優雅な窓には、漆黒の鉄のレリーフが覆い被さっていた。その周辺はステンドグラスになっているのか、赤や黄色、青といった様々な色が迫る夕闇の中に浮かんでいる。全ての窓が、それとは気付かないようにではあるが、鉄によって塞がれている。芸術的な価値すらあるレリーフが、窓からの進入、脱出を防ぐ造りになっているのだ。
 窓はバツと。
 では床は?と見ると。これまた巧妙に各種のセンサーがはり巡らされている。毛足の長い深紅の絨毯に隠れる様に、各所にセンサーの目があった。鳥の様に空中を飛ばない限り、人間は地に足をつく。その動く、行動全てがデータとして管理されているようだ。
 床もバツと。
 全てではないだろうが、少なくとも脱出が可能な場所は、センサー網があると見た方がいいな、と一矢は考える。
 長い絨毯に吸い込まれ、足音はあまりしない。そんな廊下を三人は黙々と歩いた。どんどん館の中に、中にと進んで行く。


 どれほど歩いたのだろうか、ふと一矢は廊下の脇の窓から、外に何本かの塔がある事に気付いた。闇の中に、塔の先端がチカッと光る。一定の間隔で光は瞬き続けた。
 あれは……?
 小首を傾げた一矢は、闇夜の中、その塔の下に広がる庭で、何かが動くのを確認する。目をこらすと数十人の人間がいる事がわかった。闇が落ちようとする中で、何かをしている。
 不審に思いじっと見ていると、光が照らす範囲で、チラリと何かが見えた。肌色をしたもの。複数の人の身体。
 なっ!?
 一矢は思わず息を飲む。絡み合う肉体に、良く耳を澄ませば、時々聞こえてくる短い悲鳴。そこで何が起こっているのか、言われなくてもわかる。性的な意味での暴力行為に、頭が真っ白になる。次いで物凄い怒りが沸き起こってきた。ブルブルと一矢の肩が揺れる。
 ……許せない、こんな事! 幾ら潜入中でも見逃せるかよ!
 グロウの後を無言で、今迄と同じ様に歩きながらも、一矢は自分の持つ力を練った。殺意すら抱きながら、それを塔の下にある中庭に送り込む。
 次の瞬間、中庭にあった全ての照明器具が火を吹いた。ゴウウっと一気に燃え上がる。炎は配線を這い、中庭一帯へと広がった。途端に悲鳴が上がり、人々が右往左往しはじめる。
「うおっ」
 それに気付き、クリフが声をあげる。一矢とグロウも中庭へ視線を向けた。
「えっ!? 火?」
 わざとらしくも驚いた表情を浮かべる一矢に、グロウは視線を向けると、何でもないかの様に、
「すぐ消える」
と言い残し、再び歩き出した。一矢にも後に続くように促す。
「でも、火が……」
「消えるさ」
 グロウが再び呟くと同時に、庭に設置されていたスプリンクラー等の消化設備が稼動する。瞬く間に火は鎮火された。
 ふうん。防火面も完璧ってこと? 中庭にまで消化設備があるとはねぇ。
 直ぐに消える火を撒き、混乱を招くだけのつもりだった一矢は、意外にも早い鎮火に内心驚く。
 思ったよりやるな。……要塞並みなのか?
 やっかいなと、思いつつ先を歩くグロウを追いかける。クリフと仲良く並んで歩く気は一矢にはない。
 中庭の混乱は少しずつ静まっていった。所在な気に人々が立ち尽くしているのが見える。恐らく事態が沈静化しても、先程一矢が見たのと同じ光景は、再現しないであろう、そう思われた。
 身を寄せあう様にして、庭の一画にかたまっている子供達を痛ましそうに見、一矢はそっと詫びる。
 ごめん。まだ助けだせない。……これで勘弁して。でも、きっとここから出してあげるから。
 一矢は決意を新たにし、顔を上げると、廊下の先に見えた白磁の扉を睨む。

130

 扉は音もなく開いた。一矢達はゆっくりと中に入って行く。室内は輝くばかりの豪華さを誇っていた。繊細な幾何学模様の絨毯を敷き詰められた床、その上に配置された豪華な調度品。飾られた金銀の細工物。優雅、典雅。そんな光景が広がっていた。その様は、まるでどこかの宮城の様だった。
 そんな中に、その男はいた。皮張りのゆったりしたソファーに腰掛け、微笑みを浮かべて男は呼び掛ける。
「ようこそ、私の城へ」
 一矢は傲然と男を見た。しっかりと顔を上げ、男を視界の中に捕らえる。写真で見た、目的の人物がそこにいた。ロバートに良く似た初老の男性が、微笑みすら浮かべて座っていた。
 ジェイル・L・リーゼ。……ようやく会えたな。
 一矢は薄く笑みを漏らす。



←戻る   ↑目次   次へ→