掲示板小説 オーパーツ89
駆逐しろ!
作:MUTUMI DATA:2005.1.29
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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”管理者権限により火器管制システム強制停止”
 何故ここでその表示が!という声を飲み込み、男は慌てて自分専用の端末に取って返した。指紋認識装置に指先を通し身分照合を行わせると、男は端末にパスワードを打ち込んだ。男の指先が目まぐるしく動く。16桁の文字を打ち込み男は祈るような思いでディスプレイを見つめた。
「頼む。……ログインしてくれ」
 かすれる声で男は呟く。だが生憎、1秒後には男の願いは虚しくついえていた。
”パスワード不一致”
「何っ!?」
 入力を間違えたのかと思い、男は慌てて再度入力する。だが結果は変わらなかった。
「パスワード不一致だと? 一体何故?」
 慌てた男に答えるかの様にディスプレイに新たな一文が加わった。
”現在本システムは全ての処理を凍結中 管理者ナンバー0023以外の操作は不能”
「管理者ナンバー0023? それは誰だ!?」
 男は狼狽えて叫ぶ。
「0023などいないぞ!」
 男は知っていた。管理者権限を持った人間が自分を含めて22人しかいないという事実を。

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 だがコンピューター、この船の管理頭脳は23人目を認識している。いもしない23人目を。
「どうなっているんだ?」
 訳が判らず男は呟く。その声を横から聞いていた別の管理者権限を持つ男が、ハッとして声を荒げた。
「もしかしたら奴が!」
「奴?」
「ああそうだ。この船に侵入したオーディーンのパイロットだよ! 侵入者の人影は1人では無かった。侵入した者の中にハッカーがいれば!」
 皆迄言う事無く、クルーの全員が言いたい事を理解した。侵入者の中にハッカーが混じっており、この船の管理頭脳、メインコンピューターが攻撃を受けているのだと。
「……おおいにあり得る話だな」
 クルー達の会話を黙って聞いていたジェイルが、顎に手を当て呟く。
「システムを乗っ取るつもりか」
「ジェイル様」
 流石に、想定外の事態にクルーの声が上擦る。ジェイルは燃えるような瞳で中央ディスプレイに映る星間連合の船を睨んだ。
 もしかすると星間連合は……。この船の真価を知っているのか?
 半ば自問の様に問いかける。その可能性が皆無ではない事を、ジェイルも薄々気付いていた。どこ迄知っているのかはともかく、迂闊に手は出せない事は理解しているらしい。その証拠にプラズマ砲の一斉掃射が無効化されて以来、敵艦隊はただの1発も砲撃して来ない。頭の良い指揮官のようだ。
 奴等は……。
「侵入者の排除を最優先にする! 駆逐しろ!」
 待っているのか? 侵入したハッカーがこの船のシステムを掌握するのを。
「ハッカーに対抗出来るな?」
 クルーに問うと、
「やってみます!」
 パスワード不一致と返された男が、敵愾心も露に返して来た。どうやら対抗意識を刺激されたらしい。男は次の瞬間には己の仕事に取りかかった。侵入者からシステムを取り返すべく、端末を叩き始める。

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 その様を見ながらジェイルは苦い思いを噛み締めていた。どうにもならない苛立ちが胸の内に沸き起こる。思い通りにならない事に、いい加減うんざりして来ていた。
 星間連合め! どんなシナリオを描いたのかは知らないが、思い通りに幕は降ろさせんぞ!
 心の奥底で焦りを抱いたまま、その感情に封をしてジェイルが胸の内で叫ぶ。
 もしその声が一矢に聞こえていたなら、一矢は即座に否定しこう言っただろう。「穿ち過ぎだ」と。
 実際一矢の方は、完璧に行き当たりばったりの行動しかとっていない。シナリオも何も、完全に出たとこまかせでギャンブル的な行動ばかりだ。全ては偶然の産物。
 穿ち、考え過ぎるジェイルには想像も出来ない事だが、それが事態をより複雑にしていくなど、この時誰が予測出来ただろう? 死神の引き金は、人の意識し得ない場所でもうとっくに引かれていたのだ。
 ひたひたとその暗い影が双方の宇宙船に忍び寄ろうとしていた。

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「敵、全兵装沈黙」
 緊張感に包まれたままのブリッジでセネアが短く報告する。カラカラの喉を鳴らし、ロンジーがほっと安堵の息をついた。
 先程迄の激しかった攻撃が嘘の様に、敵艦は沈黙している。シールドにボコボコと当たっていたプラズマもレーザーも、もう飛んでは来ない。一切合切全てが停止し、敵艦からの攻撃が止まっていた。
「あっぶねーなぁ。もう少しで死ぬとこだったぜ」
 じっとりと張り付いた前髪を煩わしそうにかきあげ、ロンジーは上座で沈黙したまま微動だにしないしらねを見上げる。
「【08】」
 報復攻撃をするのかと見やれば、その意図を察したしらねがゆっくりと首を左右に振った。
「まだだ。【桜花】の指示を待つ」

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「いいんっすか? 今が絶好のチャンスなのに……」
 指をくわえて見ているだけなんて勿体無いと、ロンジーが唇を尖らせた。
「【30ー30】敵艦からの攻撃は確かに止まったが、あの船の周囲に張り巡らされている防御機能はまだ生きているんだぞ。今プラズマ砲を放っても何にもならない。却って桜花を危険に晒すだけだ」
「そうっすけど……」
 正論なのにどこか納得がいかない。何故だろうと思って、先程の一矢の攻撃を思い出した。
 一矢の乗ったオーディーンが敵船の装甲に剣を突き立て、いとも容易くバターの様に切り裂いていた事を。
「【08】……」
「何だ?」
「さっきの桜花、いえオーディーンの攻撃なんっすけど……、どうして通用したんです? プラズマは無効化されたのに?」
 ロンジーにとっては至極真っ当な疑問。だがそれに対するしらねの回答は素っ気なかった。



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