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「ねぇ、それでどんな感じなの?」
気分を入れ替えるかの様に鈴が一矢の見ている画面を覗き込む。
「ん、そうだなぁ……。見る?」
小首を傾けながら聞くと、
「うん!」
勿論と勢い良く答えが返って来た。一矢は少し右に寄り鈴とグロウの為に場所を空けた。
「これがこの船の断面図だよ。こことここ、それとここにもだけどプラズマ砲の砲門が集中している」
言いながら一矢の指が順に幾つかの場所を指し示す。中央にある円の周りがぐるりと呼応するかの様に黄色く染まった。一矢が意識的にしたマーキングだ。
「それからレーザー砲はこの辺で、レールガンはこの辺り」
同じく指が幾つかの箇所を指し、前者はピンクに、後者はブルーに変わる。
「今僕らがいるのはここ」
断面図の中央の円、その右端が赤に染まる。
「やはりここはサブブリッジですか?」
整然と並ぶ室内の機器類を眺め、グロウが素朴な疑問を口にした。
「いや、少し違う」
「違う?」
「うん。リンクした時に気付いたんだけど、この船にはサブもメインも関係ない。全体で一つのシステムになってる」
「?」
「現状の宇宙船と発想が違っていて、物理的にメイン、サブって区分けがないんだ。システムの論理思考上では別れているみたいだけど……。一つが潰れてもどこからでも派生させられるっていうか……」
言葉を捜しつつ一矢が説明する。自分の感じた事をどう語ったら良いのか、いまいちはっきりしないようだ。
「今の宇宙船は潰れた部分が生き返る事はないだろう? それじゃまずいってんでサブブリッジなんて物があるんだけど……。この船の場合潰れても生き返るんだ。一定の条件があるみたいだけど」
「?」
「えっと……?」
ますます疑問を膨らませる二人を前に、一矢がガシガシと自分の髪を掻き回す。
「うー、だっから! 船全体が一つの生き物の様な感じで、多少潰れても壊れても別の部分がその機能を補うんだよ」
そう言われ初めて二人は声を漏らした。
「ああ、そういう意味なの」
「なる程」
わかったのかわかっていないのか、二人はしきりに頷く。少々胡乱な目で二人を見つめた後、一矢は説明を再開した。
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「僕らが抱いている宇宙船のイメージは、この際とことん忘れた方が良いみたいだ」
「それ程違うんですか?」
「ああ。全然」
きっぱりと一矢は言い切る。
「僕ですら初めて見る物も多いんだ。例えばこれ」
ツイと一矢の指が動く。中央の円形部分を貫く様に、右から左に1本の太い管があった。何かの導管の様にも見える。
「これは?」
「重力ブラスト発生装置」
耳なれない言葉を一矢が発する。
「何?」
鈴が目をぱちくりと動かした。
「重力……ブラスト?」
グロウも小声で呟き、はてと首を捻る。
「聞き慣れない言葉なのですが?」
「僕だって始めて聞くよ。でもほら」
その部分の艦内マニュアルを示し、物凄く長い文章を一矢は要約する。
「重力ブラスト発生装置及び重力波放出導管。この一連のシステムは重力気化弾を外部に放出する事で、硬度3万迄のシールドを含む物質を破壊する事が出来る……」
そこ迄読み、一矢はポンと両手を叩いた。
「ああそうか。さっきの攻撃はこれか!」
一矢の張った硬度2万のシールドを容易く破壊した攻撃。その正体がたった今はっきりとわかった。
「重力派ねぇ。……なる程」
冷めた眼差しをし、一矢が呟く。
確かにそんな物を喰らったら一撃だよ。目の前に急にブラックホールが出るようなものだ。吸い込まれる訳じゃないけど、物体を潰す力はあれと同じだよな。
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全く! よくもこんな物を造ったな。
ガシガシと髪をかきむしり、一矢は虚空を睨む。
どうするかな? 放置する訳にもいかないだろうし、かといって破壊するといっても……。
「ううっ、面倒臭い」
どこをどう壊せばいいんだよ!? こんな馬鹿でかい物! どこかに弱点はないのかよ!?
宇宙船の断面図だけでもその巨大さは伝わる。この中をうろうろと潜入し破壊活動をする気には、流石の一矢もなれなかった。
第一やろうとしても、させては貰えないだろう。ジェイルの屋敷や途中で侵入した小型の脱出船とは、規模も保安員の数も違う。少し出歩いただけで取り囲まれてしまうだろう。そうなれば一矢やグロウはともかく鈴では対抗出来ない。非常にまずい展開になるのは明白だった。
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かといって鈴を切り捨てるのもなんだか嫌だ。複雑な心境の一矢だった。
ここからどうにかするしかないか。この場を確保するぐらいなら三人でもなんとかなりそうだし。そうと決まれば……。
善は急げとばかりに一矢がグロウを見る。
「はい? 何でしょう?」
見つめられてグロウが困惑気に聞き返した。
「この場を確保したいんだけど何か武器は持ってる?」
「そうですね」
一矢の足下に倒れた人影に目をやり、中の一人が持っていたレーザー銃を奪い取る。
「これぐらいなら落ちていそうですが」
「じゃあ集めて。扉はロックしておくけど、焼き切られないとも限らないから」
「この場を動かないつもりですか?」
「……動けないんだよ」
ポツリと呟くと、一矢は正面を向き作業を開始した。
「この船に攻撃をかける。メインコンピューターを殺す迄少し時間がかかると思う。その間頼む。この場を確保しろ」
唐突な一矢の命令にグロウはニヤリと微笑む。
「了解です。一人も通しませんよ」
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そう応じ、凄みの増す顔でグロウは続けた。
「自分が死ぬ迄にはカタをつけて下さると嬉しいんですが」
一矢は一瞬、柳眉を寄せる。
「……何それ」
「絶対的に不利な状況ですから」
チラリとグロウに視線を流した後、一矢は不遜な表情を浮かべた。
「僕がいて不利なはずないだろう? 見てろよ。リンケイジャーに堕とせない物はないってことを証明してやる」
その言葉と共にディスプレイの表示が変わる。一瞬にしてシステム内部のログイン画面にかわった。宇宙船のシステム管理者しか入り込めないはずの空間に、一矢の意識が滑り込む。
目まぐるしい速度で文字や数字がスクロールしていった。一矢の焦げ茶の瞳が、感情を殺した目がその字列を追う。その瞬間から一つの端末として、一矢は機能し始めた。そうメドブレインとして……。