掲示板小説 オーパーツ86
良い夢を
作:MUTUMI DATA:2005.1.29
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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 全身に振動を感じながら、一矢は左手の太刀を装甲に突き刺す。硬いはずの装甲は飴の様にたやすく歪んだ。ぐにゃりと根元まで刃が飲み込まれる。
「よし!」
 短く呟くと一矢は切っ先を回転させ、そのまま一気に装甲を切り裂いた。剣を刺した所から真一文字に硬い装甲が抉られる。

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 刃の接触した部分が火花を散らし大きく歪む。返すがたなで一矢は太刀を引き抜いた。
「嘘ぉ。本当に斬っちゃった!」
 感嘆の声が鈴から上がった。丁度その時、一矢は接近するグラスコスに気付いた。
「後ろに!」
 探知装置からの警報で、敵の接近に気付いたグロウが声をあげる。
「わかってる」
 一矢は端的に応え、刀の切っ先の向きを変えた。グラスコスは右手に単分子カッターを構え、オーディーンのコックピットに向かって振り降ろす。オーディーンが半歩後ろに下がり、刃先がビュンと風を切り翳めた。
「!」
 ゾッとして背筋を震わせるグロウを左手に認識しながら、一矢がおもむろに呟く。
「腕は……まあ、悪くない。スターナイツだけのことはある。だけど如何せん実戦不足だな」
 散々実験動物の様に扱われた、戦う為だけに改造された者達を経験不足といなし、一矢が動く。
「本来軌道兵器ってのはさ、こんな風に!」
 熟練した達人が動く様に、オーディーンが柔らかな所作で起動する。直線的ではなく人間的な動作。人の感覚を持ったかのような動き。オーディーンはあっさりとグラスコスの背後に回った。
「柔らかいものだよ!」
 慌てて振り返ろうとするグラスコスの片足を切り落とし、一矢は敵機を蹴り倒した。
「良い夢を」
 呟き、明確な意思を持ったまま太刀を振り降ろす。淡く輝く剣は敵機のコックピットを貫いた。
「!」
 鈴がそっと目を背ける。自分でしたことなら全然何も感じない鈴も、一矢がそういう風に人を殺すのを見るのはなんとなく嫌だった。何か間違っているという気がするのだ。
 が、一矢の方はそんな意識には頓着をする筈もなく、だらりと動きを止めたグラスコスを蹴り落とすとさっさと次の行動に移った。
 オーディーンが片膝をつき、半身をかがめる様に動きを止める。
「行くよ」
 操縦席の固定装置を解除しながら一矢が二人に声をかける。
「僕が先に行くから、グロウは鈴ちゃんを連れて来てね」
「わかりました」
 そんなグロウの返事すら待たず、身体の固定が外れた事を知ると、一矢はコックピットのハッチを開け外に飛び出した。
「桜花!」
 慌てた鈴の声を背に聞きながら一矢の小さな身体が、宇宙船に開けられた亀裂の中に消えて行く。火花がまだ散る煙りの中へ一矢は姿を消した。
「我々も行きますか? えっと……」
 鈴に片手を差し出しつつ、グロウが困った様に言葉を濁す。
「鈴です。鈴・ビーンズ」
「ではお手をどうぞ、鈴」
「すみません……」
 お姫さまごっこをしている場合ではないのだが、鈴は大人しくグロウの手をとった。足手纏いを自覚しているので大人しいものだ。
 グロウも苦笑しつつ鈴の身体を抱き寄せると、鈴を抱き締めたまま亀裂の中に飛び下りた。互いに呼気を感じながら、あっという間に二人は煙に飲み込まれる。真っ黒な黒煙が視界を埋めた。

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 煙りを吸わない様にじっと息を止め、鈴はグロウの胸に顔を埋めた。大きな手が鈴の身体を支える。いぶる煙りを通過し視界がクリアになると、あっという間に床に到達した。グロウが鈴の身体を受け止めたまま、床に降り立つ。
「済みません。重くなかったですか?」
「いえ、別に」
 そう言って手を放しつつ、グロウは油断なく辺りを見回した。
「ねえ、桜花は?」
「あそこに」
 グロウが少し離れた場所にいる一矢を指差す。足下に倒れた人影が何人か重なっている。血が出ていないところをみると、どうやら気絶させただけらしい。

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 あたりには、他に立っている者は誰もいなかった。焦げた硫黄の臭いだけが室内に充満している。その臭気に思わず顔をしかめ、鈴は可愛らしく鼻をつまんだ。
「むー。臭う」
 そんな鈴の姿を見てグロウが微笑を浮かべる。
「まあ、金属が融解している訳ですから、多少は臭うでしょうが……」
「多少じゃないです。鼻にきます。あの、平気なんですか?」
「自分は慣れてますから」
 そういうものなのか?と思わないでもなかったが、それ以上は何も言わず鈴は一矢に近寄って行く。
「桜花」
 呼び掛けると、端末に向かっていた一矢が顔を上げた。

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 二人を振り返った際、腕から伸びるコードがゆらゆらと揺れた。一矢は何時の間にかちゃっかりと端末とリンクしていた。
 鈴達が側に近寄った時には、艦内システムの極秘のはずのデータが一矢の前に並んでいた。船の見取り図や武器等の火器システムといった重要事項が、丸裸のまま表示されている。
「素早いですね」
 呆気にとられる程の速度にグロウが目を瞬く。そう評価された一矢は、肩を竦め苦笑を浮かべるだけだった。
「制圧するのも、こんな風にシステムに潜り込むのも慣れてるからね」
 星間の裏の裏、暗黒面を覗き生きて来た一矢にとって、潜入や戦闘はお手の物だ。永らく桜花部隊の隊長をしていた事でそれに磨きがかかっている。
「昔とった杵柄じゃないけど、本当にどうしようもないぐらいリンケイジャーシステムに順応しきってるからな」
 半ば自嘲的に一矢が呟く。
「桜花?」
 自虐的な一矢に戸惑い鈴が声をかける。一矢は一度だけ目を閉じると首を振り、「なんでもないよ」と鈴に告げた。再び一矢の目が開けられた時には、もう先程迄の自虐的な面影はなかった。何時もの強い輝きがその目の中には戻っていた。



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