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「方法?」
些か不審そうに鈴が一矢を見る。先程から一矢のとんでもない行動ばかりを見ているせいか、何故か素直にはとれない。色々と勘繰ってしまう。
「鈴ちゃんならこんな時は、どこを攻撃する?」
「え? それは、セオリー通りならまずプラズマ砲を潰して、推進機関を狙うけど……。でもこの宇宙船って船全体が武器の塊、ハリネズミ武装をしているようなものだし、やっても意味なさそうよね。機関部だってどこにあるのか見当もつかない構造をしているし。あ、そもそもこっちの攻撃が通用するかどうかも怪しかったんだわ!」
一気にそう言うと鈴は首を捻った。
「……ねえ、逆に聞いていい? こんな時はどうするの?」
鈴の素朴なけれど困惑した声に、反対側のグロウが小声で「まさか……」と呟いた。
「あ、グロウは気付いたの?」
「直接ブリッジを狙うつもりですか!?」
「正解。それもサブをね」
一矢は迷いのない目をして続ける。
「メインブリッジは装甲も厚いし、どうせ外郭にはない。だからサブを狙う。それならなんとかなるだろう?」
「しかしサブブリッジを潰した程度では、どうにもなりません! 攻撃が止まる訳でもないし。メインが生きていれば意味がない」
その反応を聞き、一矢は苦笑しつつ答える。
「違うよグロウ。方法が間違っている。僕の特技知ってるだろう?」
「特技? あ! そっちですか?」
一矢の腕から伸びているコードに目をやり、グロウは納得した様に頷く。
「外から攻撃するのではなく、中から仕留めるつもりですか」
「当たり。こんなやばいのはそれに限るだろ?」
「確かにそうですが……」
やれやれと首を振り、グロウは一矢を見つめた。
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「普通誰もそんなことは考えませんよ」
「そう?」
「ええ。わざわざオーディーンを捨てるような真似なんて……」
「え!? ちょ、ちょっと待って!」
グロウの台詞に慌てた声で鈴が割り込む。
「私の愛機をどうするって!?」
「どうって、乗り捨て」
あっさりと一矢が答える。
「え!? え? ええーーーーーっ!? なんでどうしてぇ!?」
たまらず鈴が悲鳴を上げた。
「どうしてって、だって僕が敵船の中に突入するんだよ。誰がこの機体を操縦するの?」
「はい? 桜花が敵船に突入? 今さっきは、確かサブブリッジを攻撃するって言ってなかった?」
「だから装甲に穴を開けて、サブブリッジの中に入って、船の運行システムをクラッシュさせるんじゃないか」
さも当然の様に一矢は言い、グロウも短く同意を返す。
「……何それ?」
一矢の言葉に鈴は目を点にする。オーディーンを乗り捨てにし、わざわざ敵船の中に入ってシステムを攻撃しようという一矢の神経が信じられなかった。どこか1本狂っているとしか思えない。
「な、なんでそうなるのーーーっ!! 他にも方法があるでしょう!?」
鈴が一矢に詰め寄る。大事な機体を捨てて、たった3人で敵船の中に飛び込もうなんて、無謀を通り過ぎて自殺行為だ。
「他に方法って言われても……。プラズマ砲も僕の攻撃も打ち消されたんだよ。外からどうこうするより、中に入って船の運行システムを壊す方がきっと早いって」
「で、でも」
「大丈夫。システムを壊すのは得意だからあっという間だよ」
得意の二文字を強調し、一矢はさも当然の様に付け足す。
「でもこれが大戦中なら、問答無用で惑星ごと破壊出来たんだけどなぁ。ちょっと残念」
にっこりと笑いつつ、その言葉はブリザードよりも冷たい。
「……お、桜花」
思わず鈴は一矢の言葉に喘いだ。
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「なんか今、凄い台詞を聞いたような……」
「空耳じゃない?」
白々しくも一矢が応じる。鈴とグロウは奇しくも同時に思った。先の桜花部隊が闇の部隊だの、戦乱を運ぶ部隊だの、死神の様に言われていたのは、一矢の性格も関係していたのではなかろうかと。
「ともかくそういうことで、二人ともいいね?」
半ば確認、半ば強制的に一矢が二人に確認する。
「う。……うん」
鈴は嫌々ながらも頷いた。オーディーンと別れるのが辛いのだろう。名残惜しそうに自機を見ている。
一矢に操縦を預けたとはいえ、やはり鈴もパイロットだ。自機に対する愛着はある。長年連れ添ってきた相手だ。出来得るなら一緒にいたい。
だがそれは夢物語なのだ。一矢が操縦から離れれば、この機体はまず間違いなく撃墜される。鈴の操縦では敵からの攻撃を避けきれない。それを自覚するだけに、愛機を捨てて一矢について行くしかないのだ。例えその先に白兵戦が待っているとしても。
慣れない事をしなければならない事態に、鈴の口から溜め息がもれる。パイロットである鈴の銃の腕などたかが知れている。精々足手纏いにならない事を祈るのみだ。
「それはそうと本当に破れるんですか? あの船の装甲を」
グロウが徐々に大きくなる敵船を見つめながら言う。既に肉眼でも捕らえられる距離だ。
「勿論」
一矢は軽く口ずさみ、唇の端を釣り上げた。
「きっちり抉ってやるさ」
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徐々に大きくなる宇宙船の姿を中央に捉え、オーディーンが接近して行く。それを阻止しようと敵船からの攻撃は一層激しくなった。
避けるのもいい加減馬鹿馬鹿しくなった一矢が、全てをシールドで弾き返す。反則技に近い方法だが、シールドを展開する一矢にも多少の負担はある。恐ろしい程特殊能力指数の高い一矢だからこそ平然としていられるが、一般の能力者ならとっくの昔に負荷でシールドは破られ、殺されているだろう。
敵船との距離カウンターが500をきった時、過密な攻撃は一層の苛烈さを極めた。久しくなりを潜めていたプラズマ砲の砲門が一斉に開く。円形をした中央の物体、おそらくそこがメインとサブのブリッジだろうと一矢が見当をつけていたあたりを囲む砲門が、火を吹いた。
光の刃の軍団が、一斉に向かって来る。
「桜花、プラズマが!」
一矢の腕を掴んで鈴が悲鳴を飲み込む。
「エネルギーの補充が終わって、復活したようですな」
暫くとはいっても十分程でしかないが、沈黙していたプラズマ砲が息を吹き返していた。避けるつもりもなく一矢が突進する。
「ますます回り道している暇がなくなったな!」
「桜花」
揺れる鈴の視線と一矢の瞳がかち合う。
「大丈夫、プラズマ砲なら平気」
あの訳の判らない、一矢の展開した硬度二万のシールドを破る攻撃でない限り、ちょっとやそっとのものでは一矢を阻止する事は不可能だ。
コックピットの正面に宇宙船の装甲が広がった。距離カウンタは300をきっている。プラズマの直撃を振り払い、オーディーンが左手を掲げる。
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出ろ。
短く念じ、一矢はオーディーンの指を開いた。
ここに……サフィン!
一矢の焦げ茶の瞳の中に奇妙な印が浮かぶ。摩訶不思議な、文字の様な記号の様な印章だった。印は直ぐに消え、代わりにオーディーンの手の中に光が集まる。小さな小さな雪の様な輝き。
その粒をオーディーンが握りしめる。オーディーンと繋がっている一矢は確かにそれを感じていた。自分の中に封じられたモノ。自分と同化していた物体が出現した事を。
オーディーンの無骨な指がゆっくりと閉じた時、その手の中には一振りの剣があった。細身の優美な太刀、闇夜に輝く光を纏った剣が。
「な!?」
「桜花? それ……どこから?」
グロウと鈴の驚愕を無視し一矢は剣を構える。敵船との距離カウンタが200をきり、オーディーンは無効化空間に突入した。そこは太白のプラズマ砲が打ち消され、一矢の攻撃が潰されたところだ。
あらゆる攻撃が否定れるはずの空間。なのに一矢は確信を持ち、輝く大剣を振りかぶる。
そっちがオーパーツなら、こっちもオーパーツだ! 潰せるものならやってみな!
心の中で叫びつつ、一矢は敵船に取り付く。ガクンと膝から接触した揺れが返って来た。