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「奴はどんな照準装置を積んでいるんだ!」
射程ギリギリ、外してもおかしくない距離から一撃でグラスコスを落としてしまった。とてつもない命中率だ。
「……グラスコス全機、交戦中の機体を除きあのオーディーンに向かいます」
オペレーターから報告が入る。だがそれでもジェイルの悪寒は止まらなかった。
おかしい。……あれは違う。断じて違うぞ! 普通ではない!
膝の上にのせた拳を握り締め、ここにきて初めてジェイルはその目に僅かな恐怖を浮かべる。
スターナイツという星間連合が作り出した化け物の様なパイロット達を、こうもあっさり沈めるとは誰が予想しただろう。キャリアの長いエース級のパイロットでも、スターナイツには手こずるのだ。なのに……。
これでは猫に与えた玩具ではないか!
ほとんど一撃で落とされたスターナイツ達を振り返り、ジェイルは奥歯を噛み締めた。
問題のオーディーンは、眼前からの攻撃と背面にまわったグラスコスからの攻撃を巧みに避けていた。信じられない程軽やかに回避している。まるで弾が見えているかのようだ。
「オーディーン……尚も接近! 距離700!」
「ちいっ」
顔を歪めてジェイルは舌打ちする。最早目と鼻の先と言ってもいい距離だ。
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「攻撃、かけているのか!?」
たまらずジェイルが砲撃担当のクルーに問う。震える声で直ぐさま答えが返ってきた。
「勿論です! ですが……!」
蒼白な顔色でクルーが静かに首を振る。
「奴には全く当たりません」
「ジェイル様、それについて一言!」
オーディーンを分析していたクルーが、どこか慌てた口調で割り込んできた。
「何だ?」
「オーディーンの周囲からシールド粒子を検知しました。あの機体にはシールドによる防御機能があるようです!」
「なっ!? シールドだと!?」
目を見開きジェイルはオーディーンを見つめる。星間連合の専用機体に、そんな物があるとは聞いたこともなかった。
馬鹿な! シールド発生装置は、あんな小型機にはとても載せられないはずだ! 小型化されたとも思えん!
それもそのはず、シールド発生装置は最小の物でもオーディーンの機体より大きい。当然搭載出来るはずがないのだ。
「……馬鹿な。では……」
呟きは震えている。
機体に搭載出来ないのにシールドが張れるという事は……。機体ではなく、中に搭乗しているパイロットが普通ではないということだ。
「奴は、……中のパイロットは高位能力者か!」
オーディーンという機体をコントロールするのと同時に、自身の持つ力を放出して防御を行う。被弾しそうな際どい弾丸は全てシールドで弾いているのだ。
「何という……」
オーディーンのコントロールですら相当難しいのに、あの化け物の様な動きをしつつ力の放出だと!? 信じられん!
「……誰だ、あれは?」
気紛れに星間連合の作戦に混ざったパイロットとは到底思えない。エース級どころか伝説とすら呼べる腕に近い。スターナイツなど足下にも及ばないだろう。
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現にほぼ一撃で4機が墜とされている。
「……貴様は一体誰だ?」
戦慄さえ覚えながら、ジェイルは舌先に言葉をのせる。その問いに答える者は誰もいなかった。
ピピピピとせわしなく警告音が走り、コックピットに次々と迫り来る砲弾が表示される。それら全てを認識し、経路を割り出し、一矢は当たらないように機体を動かした。
硬いコックピットの脇を、オーディーンの装甲を擦ってレーザーが闇夜に消えていく。自分に向かって放たれる数百の光を一矢は躊躇う事無く処理していた。その目はどこか楽し気ですらある。
「ひゃあ」
際どい所を擦ったレーザーに鈴がたまらず悲鳴をあげた。反対側に控える、もとい押し込まれているグロウも同様に短い擦れた声をあげる。
「……大丈夫、二人とも?」
躱せなかった1発をシールドで弾き、一矢が二人に問いかける。
「ぜ、全然大丈夫じゃない……」
鈴は気弱に呟いた。グロウも無言で頷く。
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「吐きそうなぐらい気持ち悪いよ」
「……え。……あの、その……我慢出来る?」
ここで吐かれるのは嫌だなぁ、などと失礼な事を考えて一矢が返す。青白い顔をして鈴はぼそりと零した。
「気持ち悪いけど恐くて吐けない……」
横G縦Gを絶え間なく受けながら、鈴は気丈にもそう返す。
「これだけ敵から攻撃があると、心臓が縮み上がって吐くどころじゃないわよ」
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鈴の文句にグロウも激しく同意した。
「自分も同感です」
「ええっ! グロウまで!?」
「……より正確には、自分で好き勝手に動けない状態では、不安で心が凝り固まって仕方がないんです!」
要は際ど過ぎるこの状態に、激しい恐怖を抱いているという事だ。なんとかしろと二人から交互に責められ、一矢は肩を竦める。
「あと少しだけ我慢して。そうしたらケリをつけるから」
「ケリってどうするの? あの敵船は手強いわよ」
「わかってるけど、まあ見ててよ」
ニッと笑って一矢は続ける。
「方法がないわけじゃないから」