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その力に名前はない。しいていえば純粋な殺傷力。破壊を促すためだけのエネルギーだ。
熱や光、プラズマといった反応物とは少し違う。人が操る事は凡そ不可能とされてきた、クォークレベルの素粒子の反応そのものだった。原子核を構成する陽子と中性子そのものが、一矢によって動かされる。人工的な核反応、そう呼んでも差しつかえのないエネルギーがそこに出現していた。
「なっ!?」
「……嘘!?」
グロウと鈴がゴクリと息を飲む。一矢は二人の抱いた微かな恐怖を感じながらも、それを解き放った。膨大な熱量の力が敵船に襲いかかる。
普通なら擦っただけで船が爆散するところだ。シールドといえど、そこ迄の防御力はない。ただの小型核反応なら防げても、ここまでべらぼうな力は防御不能だった。やってもシールドごと破壊される。
一矢が敵船に放った力とは、そういう類いのものだった。
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圧倒的なパワーの力が敵船に襲いかかる。暴力的な力が空間を荒れ狂った。瞬く間に敵船の姿が霞む。眩い光が視界を奪った。
さあて、どうなる?
一矢一人だけが冷静だった。凍った様に動きを止めた鈴とグロウ。額に片手を当て、とうとうやってしまったという表情をするしらね。そんな様々な反応を無視し、一矢は敵船を見つめる。
これで片がつくとは一矢も考えてはいない。それほど楽観的な性格ではない。どちらかと言えば疑り深い方だ。だから、当然その光景は予測出来た。
「やっぱり……そうなるか」
おさまりゆく光の中から、攻撃前と変わらない敵船が姿を現した。どこにも傷はなく損害も確認出来ない。敵の宇宙船には、一矢の攻撃は全く何も影響していなかった。
「避けたか? いや……」
相殺されたのか?
考え込む一矢の側で、鈴が顔色をなくす。
「お、桜花」
震える声が鈴の動揺を伝えていた。
「大丈夫だよ鈴ちゃん。今のは予測範囲内」
さらりとそんな事を告げ、一矢は太白に通信を入れる。
「どこ迄追えた?」
尋ねると直ぐに女性の声が返ってきた。【24ー05】ことセネアだ。
「直前迄は」
しらねを介する事無く、セネアが直接一矢に報告する。
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「敵船の装甲表面から距離200で、一気に消滅したようです」
「へえ」
思わず一矢が漏らす。宇宙船にとって距離200はほんの目と鼻の先だ。宇宙船の構造からいえば薄皮一枚先と言えなくもない。
「いいとこまでは行ったのか」
「隊長、感心している場合ではありません」
「分かってるよ。だが……完全に手詰まりだな」
「そのようです」
一矢の独白にセネアが同調する。
「太白のスペックでは落とせません。重火器が少な過ぎます」
「……いや、例え多くとも無理だ。あれは……」
現行の火器システムでは撃墜出来ない。例えここにいるのが『カトーバ』だとしても不可能だ。
自分の義兄の指揮する重武装戦艦を思い出しつつ、一矢はそっと唇を噛んだ。
あの宇宙船……とんでもない物だな。やばいな。嫌な予感がバンバンする。
沈黙を続ける一矢に、鈴が再び不安そうな眼差しを向けた。反対側からはグロウの緊張感が漂って来る。それを知ってか知らずか、一矢はしらねに通信を戻した。
「【08】」
「はい」
呼ばれて直ぐに返事が返る。
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「逃げよっか?」
「……桜花」
本気か冗談かわからない一矢の口調に、しらねは戸惑う。けれど直ぐに一矢の目が笑っていない事に気付いた。
「どうなさいます?」
慎重にしらねは問いかける。
「さて、どうしようかな。……まあ、まじで全力出していいのなら、何とかなるとは思うんだけど……。今のと同じ攻撃を連続で100回ぐらいぶち込めば、少しぐらい当たりそうだけど」
「けど?」
「後がなぁ。そこ迄したら根こそぎ大気バランスが崩れて、オゾンに穴開きまくりだろうし。拡散出来ない程の高濃度の放射能が飛び散るだろうし。惑星全体にハザードが引き起こりそう」
その一言でしらねは固まった。
「お、桜花……」
さすがのしらねも肝が冷えたようだ。
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「心配しなくてもやらないよ。それじゃあどっちが悪者かわからなくなるじゃないか」
その言葉にしらねは無言で吐息をついた。
「では桜花、その代案は?」
妙案でもあるのかとしらねが一矢に問うと、一矢はあっさり首を横に振った。
「ないよ。そんなもん」
「え……っ」
「あるわけないだろ。あの船、相当やばいんだよ」
ふとその断定的な口調に、しらねは目をしばだたせる。
「桜花?」
「原理なんか知らないけどさ。……たぶん中和って言っていいのかな。こっちがかけた力と同じだけの力を自らが発して、攻撃を相殺している」
「は?」
しらねは惚けた様に声をあげる。
「……どういう意味です?」
「装甲表面付近で僕の攻撃が消滅しただろう? つまりそこでエネルギーが潰されたんだよ」
「シールドによる防御ではなく?」
「シールド粒子なんてどこにもないよ。あれはね防御幕なんかじゃなくて、もっと別の物だよ」
一矢の言葉にしらねは思わず考え込む。
「別の物……」
「一番近い言葉はそうだな、中和フィールドかな。うん。それが一番近い」
「中和フィールド?」
「そう。その空間に入ると全部消える。あらゆるエネルギーが打ち消される」
一矢は言いつつ、唇の端を釣り上げた。
「今の人類にはない技術だ」