掲示板小説 オーパーツ78
ほら、当たる
作:MUTUMI DATA:2005.1.9
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「本来の使い方?」
 怪訝そうに鈴が呟いた。その声を聞き、グロウがハッとして一矢を見る。
「まさか……」
「そういうこと。それが最初の機能、星間戦争中の使われ方だったんだよ」
 答えながら一矢は左の袖を一気にまくった。露になった鮮やかな紋様が二人の目を引く。
「桜の入れ墨?」
「……正確には焼き印。後でね、色をつけたんだ」
 あまり触れて欲しくない話題だけに、一矢の口調は素っ気ない。
「え!?」
「焼き印……ですか?」
 鈴とグロウがなんだか変な事を聞いたという風に、一矢越しに顔を見合わせた。色々と言いたそうな二人を無視し、一矢は腕につけていた時計のネジを2、3度弄くり、そっと引いた。シュルシュルと細い糸のようなコードが1メートル余り一気に伸びる。
 糸の端の一方のプラグをオーディーンのリンク穴に差し込み、もう片方を、一矢は自分の腕の受け口に差し込んだ。鮮やかな紋様の中心にある小さな穴に、コードが埋め込まれる。
「お、桜花!?」
 吃驚する鈴を宥める様に見た後、一矢は直ぐさま作業を開始した。オーディーンのコックピットに、各種設定の変更が表示される。流れるような速度で、オーディーンの環境は一変していった。

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 ゆっくりと静かにオーディーンは変質する。鈴の機体でありながら、もう既に、鈴には操縦する事も出来ないモノに成り替わる。機体の重心を制御するバランサーですら正常値ではない。
 そんな厄介な物を平然と操り、一矢は顔を上げると近付く敵機の輝点を見つめた。ごたごたしている間に直ぐ側迄近付かれていた。そろそろグラスコス側の攻撃圏内に入る頃だ。
「行くよ」
 短く呟き、一矢はオーディーンの背の翼を広げた。一矢の脳が発する命令が、信号となって直接オーディーンに伝わる。速力も、翼の傾斜角も、全てが一矢の頭の中で処理され実行にうつされた。
 なめらからな滑るような所作で、オーディーンは動き出す。右手を操縦桿に添え、方向の指示だけはそれで出しながら、一矢は敵機へと一気に肉迫した。
 一矢の接近に気付いた敵機が、激しく砲撃して来る。飛行するオーディーンを翳める様に、レーザーが飛び交った。2機のグラスコスの緻密な砲撃を悉く避けながら、一矢はプラズマ砲を持つ右手を前へと突き出した。オーディーンの指が立て続けに引き金を引く。

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 鈴の目から見ればそれは外れ弾だった。自動照準の補正もない、前方の敵機を翳めてもいない闇雲に撃っただけの攻撃。外れる事がはっきりしている無駄弾だった。
「桜花! 早過ぎるよ!」
 鈴はそう言って悲鳴をあげる。案の定、一矢の攻撃は眼前のグラスコスからは離れていて、攻撃は余裕で回避されていた。
「ちゃんと狙ってるの!?」
「そりゃ一応ね。でもこれでいいんじゃない? ほら、当たる」
 悲鳴モードの鈴に、一矢は冷静にそう返した。
「え? 当たる?」
 訝しく思う側から、レーダー上の敵機の輝点が2つ消える。今一矢がデッドヒートを演じている相手ではなく、遠く離れたマリの尻に張り付いていたグラスコスだった。
「……っな!?」
 吃驚して、鈴は一矢の横顔をまじまじと見上げた。意識の全てを戦闘へと移しながら、その片手間に一矢は言う。
「プラズマ砲の欠点は接近戦には向かないということ。今回みたいにグラスコスにここ迄接近されてしまうと、発射の挙動だけで察知されてしまう。だからマリの後ろに付いていたのを狙った」

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「ね、狙ったって……」
 尚も鈴は唖然として一矢を見ていた。心持ち惚けている様にも見える。
「ニノンでも良かったんだけど、ニノンって結構腕いいでしょ?」
「え、うん、まあ」
「マリの方がやばそうだったから、そっちを優先した」
 眼前に迫ったグラスコスと巴戦をしながら、一矢はそう嘯く。せわしなく右手の操舵レバーが動き、目は常に敵機の機影を追っていた。一矢の五感がフル稼動している。
「……すいません、素朴な疑問ですが」
「何、グロウ?」
「先程の攻撃で、照準の自動補正は入れたんですか?」

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「補正? 入れないよ、そんなもの」
 グロウの疑問にあっさりと一矢が即答した。鈴が唖然とした表情をし、グロウは予測していたのか渋い顔をしている。
「どうしてそれで当たるのよ!?」
 平然と戦闘を続行する一矢を前に、鈴が思わず問いつめる。
「どうしてって……。だって、弾丸の軌道予測ぐらい頭の中で出来るし、実際僕はほとんどそうしてるし。まともに補正が効く機体に触れる保障も、作戦中はほとんどないし……。生き残るには必要な技術だと思うけど?」
 つとめてあっさりした回答に、鈴は肩を落とす。
「桜花、それ普通じゃないよ」
「そう? 鈴ちゃんも慣れればそのうち出来るよ」
「……無理……かも」
 一矢の慰めに鈴は気弱に返した。反対側ではグロウが苦笑を浮かべている。
「ですが、確かに生き残る為には役立つスキルですね。敵機はロックオンされた事も気付かなかった」
 自動照準を入れないという事は、誘導派も出ないということだ。誘導派がなければ、システムがロックオンを検知する事もない。明らかに不意打ちの攻撃が可能なのだ。
「信じられない程鮮やかな手並みです」
「誉めてくれてありがとう。でもその言葉は、目の前の奴等を始末してから言ってくれる? ……揺れるよ」
 一言いいおき、一矢は機体を捻った。左右をグラスコスのレーザービームが通過する。心臓を圧迫されそうな恐怖をグロウは感じた。
 そんな時、オーディーンのコックピットに警報が響き渡った。機体がロックオンされた事を示す警告だった。
「桜花、ロックされてるわ!」
「わかってる」



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