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「ん。感じてる」
わずかに顔を強張らせ、鈴が応じる。
「……替わろうか?」
「ううん、任せて!」
言うや否、鈴は応戦に入った。途端にゴウッと音がし、一矢とグロウは背中を壁に押し付けられる。
「くっ」
「うっ」
各々短く息を吐き出し、手に力を入れた。シートに固定されていない二人は、加速をもろに受けてしまうのだ。
加圧を分散するクッションもないので、全身を万遍なく踏み付けられたかのように感じてしまう。それ程強烈なGだった。
き、きつい。鈴ちゃん、ちょっとは加減を……。
そう文句を言いかけた一矢は、ふと何かを感じる。冷ややかな予兆。チリチリと産毛が起つような感覚、頭の芯がヒヤリと凍える感覚だった。
一矢は背筋に明確な程の悪寒を感じた。アドレナリンが急激に分泌される。
ヤバイ、ヤバイ。やばいっ!!
何がどうとか考えもせず、ただ本能のままに一矢は鈴の握る操縦桿に右手を添えた。
「桜花!?」
驚く鈴を無視し、一矢は不自由な体勢のまま操縦桿を右に押し倒す。ヒュウウと唸りをあげて、オーディーンは旋回した。右に一回転し、ついでまた一回転。くるくると回りながら、機体は急激に降下して行った。夜空と暗い海が目の前で二転三転する。
そんな無茶な操縦を一矢がした途端、その直ぐ脇を、直前迄オーディーンが居た空間を、レーザービームが抉る様に薙いで行った。間一髪、際どいタイミングで一矢の操縦する機体は危機を潜り抜ける。
「きゃあっ!」
「うくっ!」
あがる悲鳴を無視し、一矢はそのまま回転しながらも海面ぎりぎりまで機体を落とした。波飛沫をあげ機体は水平に海上を滑る。
ザバッと海水が風圧で巻き上げられ、一気にオーディーンに被さった。オーディーンは図らずも全身に塩水を浴び、海水の絨毯の中に隠れる。
その一瞬だけ、五月蝿かった警報音が何故か途切れた。恐らく海水が敵の目、感知能力を削いだのだろう。
訳もわからず鈴が呆然としている隙に、一矢はもう少し鈴の方に身を寄せ、ほとんどのしかかるような体勢で左手をパネルに添わせた。
「あ」
そう漏らす暇もあらばこそ、一矢は複雑な関節ユニットコントロールをマニュアルに変更した。
通常のパイロットはそこまでは弄らない。総てをオートコントロールで済ます。なのにあえて一矢はそれを解除した。
「桜花!?」
慌てる鈴を尻目に、一矢は再び冷静に機体を立て直した。勿論右手は操縦桿を握ったまま、左手はコントロールパネルに添わせたままだ。
「鈴ちゃん、アイツ……オートの動きじゃ落ちない」
接近する敵機の光点を睨んだまま、一矢は低く唸る。
「アイツ、くずれだ」
「え?」
「な!?」
不思議がる鈴と、息を飲むグロウと。別々の反応をする二人に、一矢は恐ろしく真剣な声で短く告げた。
「星間軍くずれ、いや。スターナイツくずれだ」
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「スターナイツ?」
「鈴ちゃんは知らないかもな」
一矢は低い声でそう呟き、物憂気に応じる。
「今から8年ぐらい前だったかな。そういう名称のプロジェクトがあったんだ。僕も、もううろ覚えだけど……」
一度言葉を切り、一矢は吐き捨てる。
「でもあれは最低なプロジェクトだったよ」
一矢の中から怒りの感情が湧き出ているのを知って、鈴は驚いた。
「桜花、怒っているの?」
「普通の人間は怒ると思うよ。8年前って言えば、星間連合もまだ安定していなくて、色々とおかしい事もあった時期なんだけど」
「おかしい事?」
首を傾げる鈴に苦笑を向け、一矢は眼前の敵に意識を集中させた。もう何時攻撃がきてもおかしくはない。
「……いうなれば、派閥争いのまっただ中だった頃でさ」
この僕が閉じ込められるわ、薬漬けにされかかるわ、とんでもない事を仕出かす一派がいたんだよ。奴等には常識とか、まともな感覚が欠けていた。
だからスターナイツプロジェクトなんてものを考えた!
「優秀な兵士が欲しかったんだと思う」
僕が奴等の側につかずイクサーとつるんだから、代わりの駒が欲しかったんだろう。だけど、だからといって許されることじゃない!
「未成年の子供達を集めて部隊を作ったんだ。当時はまだ星間軍には、年齢規制条項がなかったから……」
「自分は、集められた子供のほとんどが15才未満だったと聞きましたが」
誰から聞いたのかどこから聞こえてきたのか、グロウはそんな事を言う。一矢は溜め息を一つ零してそれに同意した。
「そうだよ。僕が見た者の大半は15才未満だった。過酷なカリキュラムで精神も体もズタズタになっていた」
あんなものは許されることじゃない。幾ら子供達が志願したからといって、戦うことだけを教える、人を殺す術だけを教えるのは、どう考えても間違っている。
「スターナイツは発足から半年で解散したと聞きましたが」
「うん、その通りだよ」
僕は、僕と同年代の誰かが、僕の代わりにされるのを黙って見ていられなかった。奴等が欲しがったのは僕で、駒にならなかったのも僕で。
僕とそっくりに作られていく、他者を見るのが嫌だった。だから……潰した。
「半年しかスターナイツプロジェクトは稼動しなかった。でもその半年で、……戻れないところまで変えられた者がいる」
「変えられたって?」
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「なんて言えばいいのか……。星間戦争で実際に戦場に晒されたのは、何も大人達ばかりじゃなかった。多くの子供達もあの戦いに巻き込まれた。敵に勝つ為に多数の子供達が兵士として、両陣営に召集された。兵士の数が絶対的に不足していたから、その愚行は正義の名の元に断行された」
最もどこにも正義なんてものはなかったけどな。そんな曖昧なモノで、戦争を正当化出来る筈がないんだ。
密かな突っ込みは一矢の胸の内にしまわれる。
「ああ、その話なら知ってるわ。基礎教育で習ったもの」
「そう。……それでね、問題はスターナイツプロジェクトで集められた子供達が、そういう種類の子供達だったって事だよ。実際の戦争を体験し、人を実際に殺して生き残った戦場育ちの子供達ばかりが集められたんだ」
「それって……」
「本当なら平和を甘受しなければならないのに、一部の人間のエゴで彼らは更にそういう類いの知識を与えられた」
一矢は一度言葉を切り、物憂気に吐息を漏らした。
「ねえ、そんな経験をしてごらんよ。現実社会に対応出来ると思う? 戦場シンドロームから抜けだせると思う?」
「……」
「……」
鈴とグロウの無言の視線が一矢に突き刺さる。
「ほとんどの子供達が、人を殺すのに何の感情も持たなくなっていた。現実社会の知識じゃなく、人を殺す為の知識に特化していたよ」
そしてそんな子供達を癒す心のケアに、一体どれだけの時間がかかったことか……。
「大多数のプロジェクト要員は、感情を取り戻し自分の進むべき道を見つけた。でも中にはどうにもならなかった者もいる。それが生来の性格か、感情か……。もう判断のつかなかった子供達がいたんだ。そんな子供達は何時の間にか星間軍から姿を消した。どこに行ったのか、何をしているのか今も判らないけど……」
一矢は言いながら真正面をキッと睨んだ。
「少なくともここに何人かいるみたいだ」
「あの、奴等は本当に間違いなくスターナイツなんですか?」
どこかまだ納得出来ない表情でグロウが聞く。
「勘違いという事は?」
「生憎とないよ。スターナイツは様々な殺人技を仕込まれているけど、……機動兵器の扱いに関しては決定的な特徴が出るんだ」
「特徴?」
不思議がる鈴に一矢は端的に告げる。
「機動兵器の機体制御をオートで行わない」
「え!? まさか!?」
そんな事をして操縦ができるのか!? 鈴はそう叫びたかった。が、一矢は冗談を言った風でもなく真剣な表情をしている。
「本当に全部マニュアルだよ」
「出来るのそんな事!?」
「普通のパイロットには無理。でもスターナイツならやるよ」
……だって、スターナイツは僕のコピーだ。そういう戦い方を仕込まれている。
「機体制御を全てオートにすれば、パイロットはとても楽なんだけど、動きがやっぱりどこか画一的になるんだよ。ここでこう動くのが、想像出来るっていうか……」
「えっ!? そうなの?」
驚いて鈴は一矢を見つめた。鈴は、そんな話を聞いたことがなかったからだ。
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「本当。だからオートで動く機動兵器を仕留めるのは、コツさえわかれば意外と簡単なんだよね」
一矢の言葉に鈴は唖然となる。
「簡単な事なの?」
「うん。だって動きの予測がしやすいでしょ?」
鈴の目と鼻の先で一矢が苦笑を受かべる。寄り添う体温が互いに感じとられた。
「思わず納得しそうだけど……でも」
幾度か瞬きをして、鈴は溜め息をつく。
「何だか信じられないわ」
「鈴ちゃん」
「ねぇ桜花。桜花の言う事が真実だとしたら……、私勝てるかな?」
「……」
鈴の言葉に一矢は無言で首を横に振った。
「今の鈴ちゃんには無理だ」
「じゃあ桜花なら勝てる?」
鈴は真剣な眼差しで一矢を見つめる。触れそうな距離のまま、一矢は鈴の耳元で囁いた。
「僕が『桜花』である事を証明しようか?」
「……そうね。やってみせて」
鈴は小さく頷き、シートに身体を固定させる為の装置を解除した。鈴の身体を包み込んでいたストッパーが、シートの中に消える。その隙に、鈴はグロウとは反対方向のコックピットの窪みに滑り降りた。すかさず一矢がシートに潜り込む。
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「設定全部ばらすけど、いい?」
「他に方法がないなら」
躊躇いがちにではあったが、鈴がそう答える。
「ありがと」
応じて、一矢はスイッチを入れた。一矢の身体を固定する為に、シートの端からストッパーが迫り出して来る。下腹部や肩を中心に一矢の身体はしっかりとシートに固定された。
「本当にあなたが動かすんですか?」
今更ながら心配になったのか、グロウがそう漏らす。一矢はそれに対してフワリとした笑みを向けた。絶対の自信を抱く目をして。
「スターナイツなんてひよっこに、落とされる程下手じゃないよ」
「しかし……」
「それにねグロウ。僕は何も正面から戦うなんて一言も言ってない。必要なのは奴等を片付ける事で、方法論じゃない」
「?」
困惑するグロウを尻目に、一矢は鈴に聞いた。
「鈴ちゃん、この機体にリンク穴ある?」
「え? うん、そこにあるけど」
鈴の指が計器の一部を指す。
「それよ。……でもそんなのどうする気? 音楽でも聞くの?」
実は鈴、とことん暇な時にはリンク穴にオーディオ機器を繋ぎ、音楽を聞きながら訓練を受けているのだ。
わりと鈴と同じ事をする者は多く、外部ユニットの拡張補助の為にあるリンク穴なのだが、仲間内では音楽再生専用のものになっていたりもする。だから鈴が言った事は、あながち的外れでもないのだが……。
「音楽? 凄い平和的な発想だね」
幾分か苦笑を浮かべ、一矢はそう言った。
「まあ、わからなくもないけど……。本来の使い方のできる人間が、もう全然いないもんなぁ」
どこか寂し気に一矢は呟く。