掲示板小説 オーパーツ74
現在位置は判る?
作:MUTUMI DATA:2004.12.6
毎日更新している掲示板小説集です。一部訂正しています。


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「親玉?」
「うん。ずっと狙ってた獲物なんだ。爆発した船の中に居たんだけど、見事に裏をかかれちゃって。獲物には逃げられるわ、こっちは死にかけるわ。散々だったよ」
 一矢は肩を竦める。だがその言葉に、鈴は思いっきり顔を歪めた。
「鈴ちゃん?」
「桜花。私……、凄く心配したんだから! あんな所に桜花が居て、……私、私!」
「……」
「心臓が止まるかと思った! ほんとに、本当に心配したんだから!」
 泣き出しそうな鈴の表情に、一矢は軽く目を見開く。
「え? えっと、僕が爆発した船の中に居るの知ってたの?」
「うん」
 ぐすっと鼻をすすり、鈴が答える。
「勿論最初は知らなかったわ。包囲を突破した宇宙船があったから、追いかけたの。追っている内にオーディーンの射程に入ったから、プラズマ砲を何発か撃ったんだけど……。シールドに全部弾かれちゃって。そしたら……いきなり」
「いきなり?」
「桜花の映像を垂れ流し始めたの! びっくりしたんだから。船内の映像だってわかったから、攻撃を手控えたのよ」
「……そうなの?」
 ということは、僕らが通路を歩いていた時に感じた衝撃は、鈴ちゃんの攻撃だったのか。うっわ〜、かなり危ない状況だったんだな。

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 船のシールドが破られていたら、間違いなくあの世行きだったわけだ。それはちょっと勘弁してほしいな。敵に落とされるのはともかく、味方に落とされるのは洒落にならないよ。
 鈴に気付かれる事無く、深く深く嘆息する。
「ところで桜花、これからどうするの? ムーサ指揮官の所へ向かう?」
「ん」
 曖昧な声を出し、一矢は空へと視線を走らせた。肉眼では闇に浮かぶ星々しか見えない。けれど一矢は確かに感じていた。何時も身近にいる者達の気配を。
 ここにいるな。【08】か?
 半ば確信めいたものすら感じながら、一矢は鈴を振り返った。
「太白来てない?」
「太白? 太白かどうかは知らないけど、桜花の方の宇宙船団なら来てるわよ。私の尻を追いかけて来たもの」
 いやそれは鈴ちゃんが先を飛んでいただけで、太白の方は普通に僕が居た船を追っていたんだと思うけど。
 と、突っ込みそうになった一矢だが、思い止まり先を促した。
「現在位置は判る?」
「レーダーには映ってるけど……」
「けど?」
「やば気よ」
 短い応えの中の真実に思い至り、一矢は慌てて立ち上がった。
「鈴ちゃん、ちょっと見せて!」
「え、いいけど」
 一旦顔を引っ込めた鈴は、一矢が乗っていた左手を胸のハッチの横につけた。一矢は身軽に、オーディーンの手からコックピットに飛び移る。
 狭いコックピットの中、鈴と折り重なるようになりながらも居場所を確保し、互いの顔がくっつくような姿勢で、一矢はオーディーンのレーダーに見入った。丁度良い具合に、良く知る船団が攻撃を受けた所だった。

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 逸る気持ちを押さえ、一矢は急いでレーダーに映る味方の輝点を拡大する。鈴の横手から左手を延ばし、慣れた調子で幾つかのスイッチを弄る。小さかった点の輝きは、急速に拡大された。
 一定の大きさを過ぎると、レーダー上の輝点ははっきりとした船の形をとった。粗いぼんやりした形ではあったが、それは一矢の良く知るシルエットだった。
「やっぱり太白か」
 画像を見ながら一矢は小声で呟く。
 その太白を旗艦とする艦隊は、今や激しい攻撃にさらされていた。絶え間なく骨格標本のような船から、プラズマ弾が降り注ぐ。波状攻撃は途切れる事無く続いていた。

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 かなりやばいな。攻撃を受け過ぎる。シールドに負荷がかかり過ぎている。もつのか?
 眉根を寄せ太白等の細かいスペックを思い出そうと試みるが、記憶は曖昧ではっきりとは思い出せない。ただわかっている事も有る。シールドを展開している間は、太白クラスは攻撃が出来ないという事だ。プラズマ砲という大火器を抱える構造上の欠点でもあった。
 今のままじゃ叩かれるだけだ。反撃が出来ない。何とかしないと沈むな。
 一矢は唇を噛んで考え込む。その横で、何かを決意したのか鈴が低く漏らした。
「桜花、近くの岸迄送るわ」
「鈴ちゃん?」
 引っ付きそうな体勢のまま、一矢が鈴を見つめる。
「その後、あの艦隊の応援に回るわ。小回りが効くオーディーンなら、突破口の一つぐらい何とかなるでしょう?」
「……無茶だ」
「そんなの承知よ。でも他に思いつかないもの」
「あれだけ濃密な攻撃の中に、軽防御の機体が飛び込むなんて自殺行為だよ」
 睨む一矢に、鈴はあっさり言い返す。
「私、死ぬ気なんてないわよ」
「でも駄目だ」
 言外に論外だと、一矢は鈴の行動を封じた。
「桜花」
 むっとした感情を滲ませる鈴を前に、短く溜め息をつくと、一矢は一つの提案をする。
「鈴ちゃん、どうせならこの機体を貸してくれない? 鈴ちゃんが行くぐらいなら、僕が行くよ」

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「桜花が?」
「そう、僕が」
 ポカンとして一矢を見ていた鈴だったが、ハッと我に返ると慌てて言い募った。
「ええっ!? 桜花に操縦出来るの!? 宇宙船とは全く別物なのよ!?」
 それは良く知ってるさと、心の中で一矢は呟く。
「平気だと思うよ」
「思う!?」
 言葉尻を鈴がついた。一矢は思わず苦笑を漏らす。
「僕は元々パイロットだよ。こういう物の扱いには長けてるよ」
「そうなの?」
「まあね」
 一矢はにっこり笑って応じる。
 オーディーンは所詮、プロトタイプを簡略化した機体だ。出来る事は限られてくるが、そのぶん操縦は楽だ。反対に痛いのはシールド機能がないこと、それに……。
 物思いに沈みかけた一矢だったが、次に続いた鈴の言葉で急速に目覚めた。
「悪いけどそれは出来ないわ、桜花」
「え!? どうして!?」
「当たり前でしょう? パイロットが機体を他人に触らせるなんて、本気ですると思う?」
 痛い所をつかれて、一矢は思わず押し黙った。
 うわぁ、正論だ。
 一矢だって他人に頼まれたら、嫌だと言うだろう。それだけ自分固有の機体には愛着があるし、プライドを持っている。
 オーディーンは共有型の小型艇ではないのだ。個々人に合わせてカスタマイズされている。腕を動かすという動作一つをとっても、その反応速度は千差万別だ。個人個人の癖が反影されているからだ。またそうでなくては、オーディーンを手足の様に使えない。
 だから通常、パイロットが機体を他人に任せるという事は、ありえないのだ。あるとすればよほどの時だけだった。



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